——————————————

とうとうやってきた鈴原くんのコンクール本選。



また4人で応援に来た。



「桜さぁ、入試終わったからって羽伸ばし過ぎじゃない?」

「足立に言われたくないわ。あんた、先に合格まで決めてさ!」


そう。
桜ちゃんの入試がひとまず無事に終わり、今は結果待ち。



そして、足立くんは無事希望大学に合格した。



「みんなでお祝いしたいですね」


「ありがと♪みんな無事決まったらしよっか」


ほら、こうしてみんなの事を想える人。





ホールの中に入ると、予選とはなんだか全然違う雰囲気に感じる。



「空気…なんか張り詰めてるなぁ」


本当に。
加藤くんの言う通り。




心臓がドクドクうるさい。







鈴原くんは7番目。
ブラームスのパガニーニの主題による変奏曲を弾くらしい。


事前に調べていたら、はじまりのメロディーがヴァイオリン?の曲で聴いた事あるなぁと思った曲だった。



「なんか長いタイトルだな」

プログラムを見て足立くんがまじまじと言った。


「はじめのところ、絶対知ってると思いますよ」

「…そっか」




もちろん、また曲についても勝手に調べた。
そしてブラームスについても少し…


ヴーーーーー



開演のベルが鳴る。





鈴原くん、頑張って‼︎‼︎






———————————


1番の方から、もうすごい演奏過ぎて圧巻。


やっぱり……すごい世界だ。




手が汗で滲む。



そんな私を知ってか知らずか、私の手にそっと足立くんが手を重ねてくれた。


“悠なら絶対大丈夫”

そう言われた気がする。



あっという間に鈴原くんの番。



出てきた!!
あー、私心臓の鼓動がうるさい。


一礼をして、椅子に座る。



少ししてから、力強い音で演奏が始まった。



なんだろう…この感覚……

心が全部持っていかれるような


そんな感覚なのかな。



正直、ピアノの曲の難易度とかわからない。

だけどね、そんな私でもわかるの。


すごい曲だって。




バラード3番とは違った、また違う情熱?的なものを感じる。



名ヴァイオリニスト、そして作曲家だったパガニーニの曲を元に作られた曲らしい。


なんか、もともとは【練習曲】とも書かれていた?みたいで、私はこの曲を練習曲??と思ってしまった。

指が魔法のように動いていて、もはや練習に感じないのですが。。




あ…ここすごい好き。

鈴原くんの音色にピッタリな気がする。



無我夢中で、まるで息をするのも忘れてしまうかのように見て、そして聴き入ってしまう。




そして、堂々とした音で締めくくられた。



ボロッ

大きな涙の粒が流れた。



「…鈴原…くん……」

無意識に出た声。


そして、客席からは大きな拍手が起こった。






—————————————


本選が終わった。
私たちは結果が出るまで、また近くのカフェで待つ事にした。


「私ちょっとトイレに行ってきますね」

足立くんにそう言って、会場のお手洗いに向かう。




グイッ


えっ!!??


お手洗いの近くで急に後ろから腕を引っ張られた。



バランスを崩しそうになった私は支えられ、近くにあった非常扉の中に連れていかれた。




「す…鈴原くん!?」


そこには正装をした、鈴原くん。



「ごめん、どうしても会いたかったから」

 

少し息切れしている。

探してくれていたのかな。




どっどうしよう。

たくさん伝えたい事はあるのに、うまく言葉が出てこない。



「聴きに来てくれてありがとう」


優しく笑う鈴原くん。




「あっあのね」

その表情を見たら、自然と言葉が出てきた。



「ブラームス…かっこよすぎだったよ。力強くて、だけどやっぱり鈴原くんらしい温かな優しい音色で、感動でいっぱいになっちゃった」



なんて語彙力がない私。

もっと伝えたい言葉があるのに。



「えっとね、、また勝手にだけどCDで聴いたりして勉強してみたんだけど鈴原くんのブラームスが1番だったよ!!あっ、こんな曲だよねってすごく思えたの!!」


私ごときが、何を偉そうに…
だけど、本当にそう思ったの。



「あっ!!偉そうにごめんね!!しかも私ばかり喋って…」



ぎゅっ!!


気付けば鈴原くんの腕の中。



「ありがとう…ほんまにありがとう」


掠れるような声。

もしかして



「鈴原くん…泣いてるの?」


「…アホ。男にそんなん言うな」



泣いてるんだ。



離れなきゃいけない。
わかってるけど、神様ごめんなさい。


今だけは、少しこうさせてください。


肩が小さく震えるこの人を、私は離せません。



いや、言い訳にしてるよね。




「緊張やばかった。吐くかと思った」


だよね。。



「やけど…日和の事だけ想って弾いた」



ドクンッ



「日和に届きますようにって」



うん


「届いたよ、鈴原くん。幸せな時間をありがとう」




スッと鈴原くんが離れる。


「ごめん。取り乱した」


「…近くのカフェでみんなで待ってます」



私は非常扉のノブに手をかけた。




「なぁ、ブラームスについて知ってる?」


「え?」


ブラームス…




「シューマンとシューマンの奥さんのクララと仲良かった…」


鈴原くんはニコッと笑って


「正解♪」


そう言って、私を扉の外に見送った。



バタンと閉まる扉。



この扉1つ向こうには鈴原くんがいる。



私は何故か足を動かせない。





「日和!?」


「足立くん」



「迷ってるのかと思って…」


遅いから心配をかけてしまった。



ズキッ…


胸がズキッと痛みを感じた。




「ごめんなさい、待たせてしまって」


「ううん、行こっか」


私はみんなの元へ向かった。