「これまで黙っていて申し訳ありませんでした」

 彼女達を前に、自分が異世界から来た『時空の迷い子』であること、レイゼン様と取引をして期間限定の花嫁となっていたこと、そして明日元の世界に帰ることを告げる。
 これまで彼女達を騙していた罪悪感から、顔を上げられないでいれば、とんと肩を叩かれた。

「あの」

 側で聞こえたココさんの声に顔を上ると、柔らかな笑みを向けられる。

「私達、気付いてました」
「亜人であることを隠していなかった私達に対してあまりに友好的だったので、恐らくそうではないのかなと予想しておりましたわ」

 ココさんに続くように、クランさんの淡々とした声が耳に届く。

「けれど、陛下とのお約束については意外でしたわ」
「あの陛下が、ハルカ様を手放すとは思えませんけどねぇ」

 考え込むようなココさんの様子に、買い被り過ぎだと思いながらも、いつも通りなその発言に笑みが零れた。

「私の幸せを願ってくれると陛下は言ってくれました。だから、それが一番いいんだと思います」

 この世界にとって、私は世界の異分子でしかない。
 レイゼン様にとっても、私は最後まで暇つぶしの『身代わり花嫁』であり、特別な何かにはなれなかったのだろう。

 ――もう、終わったことだわ。

 この世界に来て、たった五日しか経っていないはずなのに、この地を離れることを寂しく感じている自分がいる。
 それほどにここは、私にとって居心地のいい場所だった。

「クランさん、ココさん。これまでありがとうございました」

 感謝を口にした私に、二人は顔を見合わせた。
 たった数日だったが、ずっと傍にいて身の回りのお世話をしてくれた二人に対して、気付けば姉のような親しみを感じていた。

「……ハルカ様は、それでよいのですか?」

 クランさんが、ぽつりと呟く。

「元の世界に戻れば、恐らく二度とこちらに渡ることは叶いません。陛下とも二度と会えなくなりますわ」

 彼女の言葉が、胸の奥に刺さった。
 想像してはいたものの、目を逸らしていた事実を目の当たりにして思わず唇を噛む。

 ――大丈夫だって言わなきゃ。

 レイゼン様は、私を元の世界に帰してくれると言ってくれた。
 それは彼の優しさで、感謝しなければいけないことなのだから。

「私は――」
「おい。なんだ、このしみったれた空気は」

 部屋に響いたその声に、全員が振り返る。
 雨模様の仕切り布の向こうから、見覚えのある赤褐色の髪の人物が顔を覗かせていた。

「……ガルファン、貴方今度こそ陛下の許可を取ってきたんでしょうね」
「あ? 俺はクランに用があってここに来ただけだ。お前が花嫁の側にいたから、俺だってここに来ざるを得ないだろうが」
「その用とはなんですの?」
「……忘れた」

 ガルファンさんの返事に、クランさんから明らかな舌打ちが響く。

「人を口実に利用しないでくださる?」
「あぁ!?」

 冷ややかな眼差しを向けるクランさんに、噛みつくような声を上げるガルファンさん。
 一触即発な二人がにらみ合う姿を目で追いながらも、クランさんを睨み付けるガルファンさんを見て、ふと昨日のレイゼン様の傷を思い出した。

「……ガルファンさんが、昨日陛下を傷つけたというのは本当ですか?」

 私の声に、その場の全員の視線が集まってくる。
 気まずい空気に頭を掻いたガルファンさんは、派手な足音を立てながら部屋の中に入ってくると腰を下ろした。

「ちゃんと娶る気がないんなら俺に譲れっつっただけだ」
「私は第四夫人になることを了承したつもりはないんですが」

 勝手に部屋に入ってきていることを咎めるべきかと思いながらも、全ての事情を話してしまっている今、二人きりでないのならば、もうどちらでもいいかと思えてくる。

「そんなん時間かけて説得すりゃどうにでもなんだろ。昨日だって、とりあえず今後も会わせろっつったのに、あの石頭は断るだの元の世界に帰すだのそればっかりで埒が明かねえからぶん殴っただけだ」

 まるで当然のように口にしているが、彼の背中にあった傷は下手をすれば致命傷にもなり得そうな深いものだった。

「……かなり深い傷に見えましたけど」
「あんなん神龍族からすれば、かすり傷だろ。アイツはほぼ不死なんだからな」

 ハッと吐き捨てるように口にした彼は、己の脚に肘をつくようにして頬杖をつく。

「……で? あんだけ身体張って守ったアンタを、アイツはやっぱり元の世界に帰そうとしてるって?」

 小馬鹿にするような声音に、ついむっとしながらも、それが事実なのだから仕方がない。
 彼の花嫁になれなかった私は、明後日元の世界に帰るのだ。
 それは彼の優しさで、感謝しなければならない温情でもある。

「レイゼン様は、私の幸福のために、元の世界に帰すとおっしゃってくださいました」
「は? なんで」

 理由を問われて言葉に詰まった。
 それこそ本人に聞いてほしいと思いながらも、昨日の彼の言葉を反芻する。

『そなたに辛い思いをさせたくはない。愛しい者にこそ、同じ苦しみを与えたくないのだ』
『私は十分な幸せをもらった。私にとってそなたが幸福であることが、何よりの喜びだ』

 レイゼン様の優しさに、胸が締め付けられる。
 思わず胸元を押さえながら、ゆっくりと口を開いた。

「……私に辛い思いをさせたくないから、だそうです」