しとしとと春の雨が、庭園の桜を濡らしている。
 部屋の中、いつもの支度をしてもらいながら仕切り布の向こうの雨模様を眺めていた。
 ぼんやりとしていれば、不意に昨日の彼の言葉が蘇ってくる。

『私はそなたを花嫁とするわけにはいかぬ』
『明後日、そなたを望む世界に帰す。最後に、私にそなたの花嫁姿を見せておくれ』

 ――断られたのよね。

 その事実を前に、ついため息を漏らしてしまう。
 こちらを気遣ってくれたのか随分遠回しな言い方ではあったが、結局彼は私を本当に花嫁として迎えるつもりはなかったのだろう。
 はっきりと拒絶を示されたことを思い出し、こみ上げてくる苦い物を吐き出すように再び息を吐けば、髪を梳いてくれていたココさんが顔を覗かせた。

「ハルカ様、どうかしましたか?」
「いえ! 大丈夫、です」

 昨日の出来事をそのまま伝えるわけにもいかず言葉を濁せば、ココさんは不思議そうに首を傾げる。

「陛下に会いに行ってから、なんだか様子がおかしいなと思っていたのですが、何かありましたか? クランは何も教えてくれませんし……」

 名前を呼ばれた彼女はチラリと顔を向けるものの、手元の縫い物に針を刺しながら表情を変えることなく頷くだけだ。
 あの日、レイゼン様の飛び去った方向を呆然と見つめていた私に声をかけ、部屋に連れ帰ってくれたのはクランさんだった。
 きっと私の様子から、なにがあったのか薄々感じ取ってくれたのだろう。
 深く尋ねることなく、普段通りに側にいてくれたことが何よりも嬉しかった。
 そんな彼女に、レイゼン様との取引をはじめ私が『時空の迷い子』であること、そして明後日には元の世界に帰ってしまうことも何も話せていないことが心苦しくなってくる。
 こうして心配してくれているココさんも、きっと驚かせてしまうだろう。
 膝に置いていた手をぐっと握った。

「……二人に隠していたことがあるんです」

 明後日には、この世界から去ってしまう身だ。
 それまでに、お世話になった彼女達にちゃんと御礼を伝えたかった。