「私は過去に一度、そなたと会っているからな」
「え」

 思わぬ回答に、つい声が漏れてしまう。

「それは一体いつ――」
「はは、いつだろうな」

 まるでこちらを煙に巻くような回答に、もしかして彼なりの冗談だったのだろうかと思いつつ眺めていれば、彼の手がぽんと私の頭に置かれた。

「もしそなたが思い出せたなら、全てを話すことにしよう」

 楽しげな声を上げた彼が「それに」と言葉を続ける。

「謎が多い男のほうが、魅力的だと聞いたものでな」
「それは一体誰に――」
「はは、狐のと狸のよ。あれらは毎日のようにそなたのことを語ってくるのでな。私も妬けてくる」

 そう口にした彼の指先が頬を撫でた。

「私の花嫁でいる間は、そなたの全てを独占させておくれ」

 黄金色の瞳に間近で見つめられ、つい呼吸の仕方さえも忘れてしまいそうになる。

「それは、もちろんです!」

 彼の花嫁としてここにいるのだから、彼以外のものになりようもない。
 あまりに近い距離にひっくり返りそうな声で返事をすれば、頬を撫でていた彼の指先が顎先に触れた。

「ふむ、いい返事をもらえたことだし、先程のガルファンとの密会は見過ごしてやるか」
「み、密会っ!?」

 全く心当たりのない発言に目を見開けば、向かいの彼がふっとその目を細める。

「二人きりで部屋に籠ったのだろう?」
「そ、それは――」
「そなたを奪われるのではないかと気が気ではなかった」

 そう口にした彼がにこりと笑みを浮かべた瞬間、頬に柔らかいものが当たる。
 離れていく彼の姿を見て、頬に口付けられたのだと気付き、全身の血が沸騰しているかのように熱くなった。

「な、なっ――!?」
「夫たる者、愛情表現をしなくてはな」
「か、からかわないでください!」

 楽しそうな笑い声を立てる彼に、抗議の声を上げながら火照る頬を押さえる。
 彼が口にした言葉が、じわじわと心の中を温めていく。

 ――この関係は、期間限定だってわかってるのに。

 理解していながらも、彼の言葉や行動に一喜一憂してしまう。
 暇つぶしだと明言されているのに。
 数日後には元の世界に帰ってしまうのに。
 そうわかっていながらも、自分の心が彼に傾きはじめていることは、もう目を背けることのできない事実だった。