「そなたとの約束を違えることはない」

 声と共に手の甲に触れた柔らかな感触に、びくりと肩を揺らしてしまう。
 その様子を見た彼は、くっと喉を鳴らして笑った。

「紅国の花嫁は私が選んだと周知されているから、他の亜人が手を出すことはないだろう。鼠達は、近いうちに箱庭の中に放しておく」

 言い方は置いておくとしても、ヨナ姫が無事に人の国に戻れると聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
 箱庭の中にも沢山の国があると聞いたから、彼女達も愛する者同士二人で暮らしていくことだってできるだろう。
 ふと視線を上げれば、私の手を握ったままの彼の姿が映った。
 青みがかった黒髪に黄金色の瞳。
 白い肌にくっきりとした目鼻立ちと、人としては随分と整った容姿をしているのに、これまで彼は捧げられてきた花嫁達に脅えられ続けていたという。
 見た目だけで言えば、よほどガルファンさんのほうが恐怖を感じると思うが、そんな彼は既に三人もの花嫁を娶っている。
 つまり、レイゼン様もいつか、脅えられてでも花嫁を妻に迎えたいと思う日が来るのだろうか。

「……レイゼン様の元には、また十年後に花嫁が捧げられるのですか?」
「はは、このまま王の椅子に座っている限りそうなるだろうな」

 至極当然のように告げられたその言葉に、胸の奥がささくれ立つ。
 何千年と生きるはずの彼の元には、これからも多くの花嫁が捧げられるのだろう。
 その中から、レイゼン様はいつか誰かを選ぶ。
 彼の愛を注がれるだろう見知らぬ花嫁に、妙に心が騒いでしまう。

「どうした? 話を聞いて、亜人の私が怖くなったか?」
「いえ! そんなことはありません」

 どちらの世界で生きるかも決めかねている自分が、レイゼン様の花嫁に嫉妬をしている事実に気付き、慌てて心に蓋をする。
 真っ直ぐにこちらを見つめる黄金色の瞳に、心の内を見透かされているようで落ち着かなかった。
 動揺のまま、必死に話題を探す。

「そ、そういえば! ガルファンさんは、私のココさんクランさんに対する態度で『時空の迷い子』じゃないかと気付いたそうですが、レイゼン様もそうだったんですか?」

 誤魔化すように笑顔を浮かべた私を見て、レイゼン様はふっと口端を緩めると、小さく首を振った。

「少し違うな。私はそなたを一目見て、すぐに分かった」

 静かに告げられたその言葉に、つい首を傾げそうになる。
 確かに、あの日彼に『時空の迷い子』であることを言い当てられたのは出会ってすぐの出来事だった。
 それならば、どうして私がこの世界の人間ではないと見抜けたのか。
 考え込んでいれば、彼はふっとその目を細めた。

「私は過去に一度、そなたと会っているからな」