ガルファンさんが去った部屋には、私達二人だけになる。
 静けさを取り戻した室内で、レイゼン様はゆっくりと正面に座った。
 
「……レイゼン様は、どうしてここに?」
「狸のが呼びに来たのでな」

 レイゼン様がそう口にすると、渡り廊下から顔を覗かせたココさんがぺこりと頭を下げる。
 どうやらガルファンさんと二人になっている間に、彼女達が気をきかせてくれたらしい。
 部屋に戻ってきたクランさんとココさんは、開けっ放しになった板格子戸と仕切り布を元に戻し、お茶と茶菓子を用意して頭を下げるとその場を去って行った。
 二人きりになった部屋には、急に温度が戻ってきたかのように暖かな風が吹き込んでくる。
 穏やかな笑みを浮かべるレイゼン様を前にしているのに、先程気付いてしまった自身の気持ちのせいで、胸中はどうにも落ち着かないままだった。

「手を」

 その声と同時に、レイゼン様は私の手を取ると、しげしげと眺めはじめた。

「外傷はなさそうで安心した。あやつは馬鹿力だからな。そなたに傷がなくてよかった」

 心配されているだけなのに、触れている個所から伝わってくるひんやりとした彼の体温が心地いい。
 相手は何気なく触れているだけなのに、自分ばかりが意識してしまっていることが心苦しくなってくる。

「……ガルファンさんが、この世界のことをいろいろと教えてくれました」
「そうか」

 短く返事した彼は興味を示すことなく、その指の腹で私の手の甲を撫でた。

「先程の話、詳しく伺ってもいいですか?」
「そなたは何が聞きたい?」

 私の質問に顔を上げた彼は、その目を細めて柔らかく微笑む。

「ガルファンさんがおっしゃっていたことは、私には初耳なことばかりで……何から聞いていいか正直迷っています」

 視線を彷徨わせていれば、正面からふっと笑うような気配がして視線を向けた。
 そこには、静かに視線を伏せるレイゼン様の姿がある。

「では、昔話をしようか」