大通りを進めば、周囲は徐々に賑やかになっていく。
 往来を行き交う人々の姿は様々で、獣耳と尻尾が付いていたり、毛皮の上に浴衣を着た子狐が走っていたりしているが、皆一様に楽しそうに微笑み合っていた。
 屋台や出店もちらほらと出ており、何かを焼いたような香ばしい匂いも漂っている。

「色々なものがありますね」
「この季節の祭りは、花を愛でながら腹を満たすためのものだからな。そなたも気になるものがあれば口にしてみるといい」

 その言葉に周囲を見回せば、確かに出店には飴細工のようなものから串団子に似たようなものなど食べ物が多くならんでいた。
 まるで元の世界を思い出すような光景に、つい心が緩んでしまう。
 夕闇の中に沢山の行燈が飾られているせいか、日が落ちて随分経つというのに温かみのある空間には、緩やかな風に乗って桜が舞っている。
 この世界に迷い込んだ日も、こうして夜の桜並木を歩いていた。
 たった数日前のことを懐かしく感じていれば、遠くから微かに祭囃子が聞こえてきた。
 その賑やかな音楽に顔を上げれば、随分と人の多い場所に足を踏み入れていたことに気づく。

「あっ陛下おめでとうございます!」
「お祭りの許可をありがとうございます!」

 レイゼン様に気がついた何人かが声を上げ、それに彼が手を上げて応える。

「せっかくの祭りだ。存分に楽しむがよい」
「はい!」

 元気のいい返事を口にしながら去って行った彼等の後姿を見つめながら、先程の言葉に首を傾げる。
 こちらの視線に気付いた彼は、にこりとその目を細めた。

「どうかしたか?」
「……あの、お祭りの許可ってレイゼン様が出されるのですか?」

 私の質問に、彼は楽しそうな笑い声を溢す。

「ああ、そうだな。今回は早くそなたと『デート』をしてみたくて少々予定を早めてもらった」

 その言葉に目を見張りながらも、つられるように頬が緩んでしまった。

「ふふ、日中ココさんも同じようなことを言っていました」
「はは、狸のと同じことをしておったか」

 楽しそうな陛下の笑顔に、つい笑みが溢れる。
 私が彼の花嫁となっているのは取引のためではあるが、彼が今夜のデートを楽しみにしてくれていたことは事実だろう。
 利害関係ではあるものの、こうしてまるで私に気があるようなそぶりを見せられてしまうと、ついつい心絆されてしまいそうになる。
 ふと天を仰げば、いつの間にか月が昇っている夜空の中に色とりどりの炎が幻想的に揺らめいていた。

「あれは一体……」
「ああ、あれは狐族の幻術だな」

 レイゼン様の答えに思わず顔を向ければ、彼はとんと私の背中を叩く。

「そなた、狐のにも好かれておるのだな」
「狐……クランさんですか?」
「ああ。奴等が一族に声をかけたからこその、この歓待ぶりだろう。狐族の幻術もなかなかお目にかかれるものでもないし、狸族の祭囃子も今日は一段と気合が入っていたようだしな」

 くくっと笑いを漏らした彼は、再び幻術の炎を見上げた。

「亜人は情に厚いからな、一旦懐にいれればとことん甘やかしたがる」
「……それは、初耳です」
「はは、自分から教える亜人もおらぬだろう」

 楽しそうな声を上げた彼の隣で、幻術の揺らめく空を見上げる。
 こんなに素敵なお祭りにしてくれるなんて、帰ったら一番に御礼を伝えなければと心に決めていれば、トンと足元に何かがぶつかった。

「ご、ごめんなさい!」

 声の元を見てみれば、浴衣のようなものを着た子狸が立っていた。