「それで、お互いを知り合うとはどうするのだ?」 
「ええと……」

 にこにこと楽しげな笑みを浮かべる相手は、まるで御馳走を前にした子供のように見える。
 見た目だけで言えば同世代の青年にしか見えない彼が、人ではなく更に二百年も生きている亜人だと言われても、なんだかピンと来なかった。

「陛下が人間ではないというのは本当ですか?」

 私の質問に、陛下は嬉しそうに首を縦に振る。

「ああ、そうだな。人間からは亜人と呼ばれている」

 あっさりと肯定されるものの、目の前の男性はどこからどう見ても人にしか見えなかった。

「ええと、私には陛下も他の方も人と変わらないように見えるのですが、どこか見た目の違いはあるのでしょうか?」
「ああ。この邸にいる者達は、大体変化(へんげ)のできる先祖返りばかりだからな。邸を出れば、人以外の特徴を持つ者もいるだろう。今ここで私が本来の姿に戻ってみてもいいが、そうするとこの屋根を突き抜けてしまうかもしれないな」
「け、結構です! そのままでお願いします」

 慌てて彼の提案を却下する。
 半信半疑ではあるが、龍帝陛下と呼ばれるくらいなのだから、恐らく彼の本来の姿は龍なのだろう。
 龍と聞いてなんとなくイメージする姿はあるが、その大きさがどれくらいなのかは想像もつかない。
 広いとはいえ人用に建てられた邸の一室では、さすがに収まりきらないだろう。
 そんなことを考えていれば、ふと昼間のクランさん達の会話が蘇ってきた。

「龍帝陛下は二百歳くらいだとお伺いしたのですが、それも本当ですか?」
「年齢か? ああ、恐らくそのくらいだろうな」

 あっさりと肯定されて、呆然と相手を見つめてしまう。
 種族が違うといえばそれまでなのだが、少し年上くらいに思っていた相手が自分の十倍近く生きているという事実は、なかなか現実味がなかった。

「クランさんとココさんは、陛下の年齢でも『若造』や『赤子』くらいだとおっしゃっていたのですが……」

 私の言葉にきょとんと目を丸くした彼は、くっと咽喉を鳴らすような笑い声を上げる。

「はは、あながち間違ってはいないな。神龍族は際だって寿命の長い種族でもある。たかが二百年生きた程度では、まだ成熟しているとは言えぬだろうな」

 彼女達の言葉を肯定した彼に、ふと疑問が浮かんだ。

「あの」
「どうした?」

 こちらを見つめる瞳に、ごくりと生唾を呑み込む。

「……二百歳の陛下からすれば、二十四歳の私は『赤子』のようなものですか?」

 私の言葉に目を丸くした彼に、慌てて言葉を続ける。

「あのっ年が離れすぎていると、もしかしたらそういう対象に見られないということもあるのかな、と思いまして!」

 早口になる私を前に、しばらく目を瞠っていた殿下は、次の瞬間くっと笑い声を漏らした。

「そうだな。同族であれば二十四歳と聞けば幼子のように思うかもしれぬ。しかし、そなたは私の花嫁だろう? 赤子とは思わぬよ」
「あ、あはは。それはよかった、です」

 乾いた笑いを漏らしながらも、ちゃんと成人女性として見てもらえているらしいことに小さく胸を撫で下ろす。
 昨日提案された条件は不可能ではないということだろう。
 そんなことを考えていれば、ふと相手がこちらを覗き込んだ。

「そのように考えるということは、そなたにとって、二百歳を越える私は老いさらばえた老人のようなものか?」
「へっ? い、いえ。そんなことは……」

 予想外の問いに、思わず上半身を逸らしてしまう。
 目の前に覗く黄金の瞳も整った顔立ちも、どれをとっても、とても老人のようには思えなかった。

「確かに年齢には驚きましたが種族的なものだと聞きましたし、それに……見た目があまりにもお若いので、老人とは思えないです」

 まるで言い訳をするように口の中でもごもごと呟く。

「それに、羨ましいなと思ってしまいます」
「私が、羨ましい?」

 ぽつりと漏らした彼は、どこか呆然としたような表情を浮かべていた。

「たくさん時間があれば、もっとやりたいことに打ち込んだり好きなことや楽しいことに時間を使えますよね?」
「……なるほどな」
「それに、老いることなく二百年を過ごせるなんて、人からすると夢みたいな話だなと」

 向かいの彼は柔らかな笑みを浮かべると、ぽんと私の頭にその手を置いた。

「そなたの考え方はおもしろいな」

 心当たりのないその言葉に、思わず首を傾げる。

「普通だと思いますが……もしかしたら世界や種族の違いなのかもしれませんね」
「はは、そうかもしれないな。種族が違えば時間の感じ方も違う。それは、どちらが優れ、どちらが劣っているというものでもない」

 そう口にした彼は、その手に砂糖菓子を摘まんだ。