太陽が沈み、橙から紫に変化していく空が、やがて深い濃紺に染まる。
 日が沈んだ時刻になっても春の陽気はそのまま残っており、湿り気を帯びた温かな風は仕切り布を優しく揺らしていた。

「龍帝陛下は、もうじきこちらに来られるはずですわ」
「我々は下がることになるでしょうから、どうぞお気張りくださいませ!」

 二人に見守られながら昨日と同じ場所に腰を下ろせば、遠くからリーンと鈴の音が鳴った。
 遠くの渡り廊下にその姿が見えるが、昨日と違うのは同行している付き人が一人になっていることくらいだろう。
 ゆっくりと龍帝陛下が近づいてくる緊張感の中で、ふと日中の会話を思い出す。

『セジュン……? ああ、紅国からお連れになった従者のことでしょうか?』

 セジュンさんについて尋ねた際、二人は顔を見合わせた後、特に変わった様子もなく笑顔で応えてくれた。

『我々の同胞が丁重にもてなしておりますので、どうぞご安心ください』

 柔和な笑みでそう告げたココさんに会うことはできないのかと尋ねると、困ったような笑みを浮かべてそっと顔を寄せた。

『実はここだけの話、ハルカ様には会わせないようにと陛下から仰せつかっているのです。彼をこちらにお通しすることは難しいかと』
『そんな――』
『己の花嫁を他の男に近付けたくないという男心でございますわ。どうぞご理解くださいまし』

 ココさんは嬉しそうにそう口にしていたが、事情を知っている立場としては意味合いが違ってくる。
 私をセジュンさんに会わせない限り、龍帝陛下がヨナ姫達の動きを把握していることを知られることはない。
 ヨナ姫達を泳がせるために、私と彼との接触を断つことは当然のことのように思えた。
 二人の様子を見るに、ヨナ姫様を逃した罪で彼が収監されているというわけではないようだが、私がこの取引に失敗すればあり得る未来でもある。

 ――セジュンさんも人質同然ということよね。

 追加された一人分の命の重みを感じて、二人に気取られぬよう静かに息を吐く。
 気付けば、遠くに響いていた鈴の音はすぐ近くまで迫ってきていた。

 ――少しでも満足してもらって取引を成功させなくちゃ。

 どうすればいいのかなんてわからない。
 しかし私にできることは、とにかく龍帝陛下に気に入ってもらえるよう努力することのみだった。