王宮に薬を届けに行ったなら

あぁ、夢だったのか。

目が覚めた時にホッとした。

変な夢を見たな……。カザヤ様の部屋に閉じ込められて、黒ずくめの男たちが侵入してきて……。

凄く怖かった。でも、カザヤ様が助けてくれて。格好良かったな。

そもそも、あのカザヤ様が健康体だったなんてあり得ないんだ。ずっと寝付いているんだから。

それなのに、夢の中のカザヤ様ってば筋肉も体力もあって男らしくて……。
怖かったけど、ずっとドキドキしっぱなしで困ってしまった。

ありえないのにね。

「ちょっと残念……」
「何がだ?」

少しかすれた声がすぐ横で聞こえ、私はハッと目を開けた。
まさかと顔をゆっくりと横に向ける。そして、私はピシッと固まった。

「おはよう、ラナ」

カザヤ様が寝起きのなんとも色っぽい顔で私のことを微笑みながら見ている。

ど、どうして……?

その声はいつも薬を届けに行ったカザヤ様の穏やかな声。でも視線は真っすぐ私をとらえて離さない。力強い男の目だ。

「ゆ、夢……?」

そうか、私は目が覚めた夢を見たのか。カザヤ様が隣に寝ているはずないじゃないか。

うんうん、夢だ。あぁ、それにしても最高の夢だわ。

そう思って再び目を閉じる。

しかし――……。

「さっきから何しているんだ? しかし、昨日はよく寝ていたな。俺、ベッドから落とされるかと思ったぞ」

苦笑気味の声にパチッと目を開けると、やはり隣にはカザヤ様が横になっていた。

ということは、つまり……。

「夢じゃなかった!」

慌てて布団をかぶってカザヤ様から距離を取る。顔から火を噴きそうだ。

嘘でしょう? なんで、どうして!

私の様子にクククと笑うカザヤ様に、昨日のことは夢でなかったと思い知らされた。
しかも、あんなにショックなことが連続だったのに、よく寝ていたなんて恥ずかしすぎる。

さらには、ボサボサの髪に寝起きの間抜けな顔を見られてしまった。

みっともないところ見られてしまったわ。それに比べて……。

私は布団の隙間から目だけを出してカザヤ様を見る。私の視線に気が付くと、ふっと微笑んだ。

嘘でしょう? 寝起きでもこんなに格好いい人いる?

私はどこを見ていいのかわからず、目をきょろきょろ。でも、胸はドキドキと高鳴っていた。
この高鳴りはカザヤ様から醸し出される色気だけではない。

待って……。なんでカザヤ様が隣で寝てるの?
そうだ。私、昨日、あの後このベッドで寝てしまった。
それで? こうしてカザヤ様が隣で起きるということは……、つまり、私と一緒に寝ていたということで……。

どんどんと冷静になると、自分のしでかしたことに冷や汗が流れてくる。

「お、おはようございます! あ、あのっ!」

慌てて飛び起きてベッドから降りようとする。
すると、カザヤ様が右腕をベッドにつく体勢で半身を起こし、私の腕をつかんだ。

大きな手はいとも簡単に私を捕まえる。そして、その手は私の頭を優しく撫でた。

胸が高鳴りギュッと締め付けられた。

「もう頭痛はいいのか?」
「え? あ、はい! もう痛くはありません」
「そうか、それは良かった」

カザヤ様は満足したかのように微笑むと、起き上がって大きく伸びをし、ピョンと勢いをつけてベッドから飛び降りた。

「さて起きようか。今日から朝議に出席しなければならない」

隣の部屋へ向かうカザヤ様の背中を見つめる。

やっぱりカザヤ様は健康体だったんだ。

驚きと安堵とドキドキとで感情がわけわからない。

というか、何あの色気!? 朝から心臓に悪い。

思わず胸を押さえてハッとする。
服も乱れて髪もぼさぼさのままだと気が付いたのだ。慌ててそれらの身だしなみを整える。

「お目覚めですか」

カザヤ様を追って隣に部屋へ行くと、バルガがテーブルに朝食を並べていた。

部屋が綺麗。まるで何もなかったかのようだわ。

部屋の中は昨日の荒れた状態が嘘のように元通りになっている。血の匂いも汚れも一つもない。
バルガもカザヤ様も何事もなかったかのような振る舞いだ。

「陛下、朝食でございます」
「あぁ、ありがとう」

陛下……? そうだ! カザヤ様は昨日、国王陛下になることが正式に決まったんだわ!

私は青ざめてその場で平伏した。

「カザヤ様! 昨日は申し訳ありませんでした。陛下のベッドで寝てしまうなんて……。ご無礼をお許しください!」

改めて思い返すととんでもないことをした。カザヤ様は国王陛下になられたお方。

そのお方とベッドを共にしてしまうなんて! しかも隣で熟睡してしまった!
いやいや、国王陛下でなくても良くはないけど! そもそも男の人とベッドを共にするとか、顔から火が出そうだ。

やっと頭がクリアになった私は自分のしでかしたことに青ざめた。

「顔をあげろ、ラナ。謝る事など何一つないだろう」
「いえ!」
「ラナ」

尚も顔をあげない私の前に、カザヤ様がふぅと息を吐いてしゃがみ込む。そして私の頭をポンと触った。

「ラナ、君を部屋から出さなかったのは俺だ。そしてあそこで眠れと言ったのも俺だ。ラナは何も気にすることはない」
「そういうわけには参りません!」
「いいんだって。それに、ラナが隣で寝たことは俺にとっては……」

え? 俺にとっては?

不自然に言葉が切れたことで顔を上げると、カザヤ様がニヤッと嬉しそうに笑った。

バルガが「カザヤ様!」と制止をかける。

「それ以上は……。朝食が遅くなりますよ」

カザヤ様は肩をすくめて「はいはい」と言って立ち上がった。

俺にとっては、の後に何を言おうとしたんだろう。満足そうな笑みに見えたが……。

カザヤ様は私に微笑みかけると手招きをした。

「朝食を一緒に食べよう」
「えっ、いえ、私は…」
「遠慮するな。バルガもそのつもりでラナの分を用意しているぞ」

見るとバルガは手慣れた手つきで、二人分の朝食をテーブルに並べていた。

困惑した目でバルガを見るが、私をチラッと見るだけで何も言ってはくれない。

「ほら」

促されるまま恐縮しつつ、カザヤ様の向かい側の椅子へ腰を下ろした。

「昨日は怖い思いをさせてすまなかったな」
「いえ……、あのカザヤ様」
「なんだ?」
「国王陛下はお亡くなりになられたのですか……?」

昨日の戦闘よりも、私は気になっていたことがある。

カザヤ様が国王に就任したということは、やはり陛下は……。

失礼かとは思ったが、ちゃんと確かめたかった。
私の問いかけに怒る風でもなく、カザヤ様は軽く頷いた。

「そうだ。親父は昨晩、息を引き取った。その直後、司教が親父が残した遺言を元に、正式に俺の次期国王就任を宣言したんだ」
「そうでしたか……」

国王陛下が崩御されたことに、やはりショックは隠せない。
息子であるカザヤ様もそうだろうと思うのだが、その顔と口調は淡々としている。

「その場は騒然となったらしいな。当然だ、俺は体が弱くて公務もままならないはずなんだからな。国王なんて務まるはずがない。暗殺者たちも簡単に俺を殺せると思っただろう」

しかしカザヤ様の病弱は仮の姿。

やっぱり、これが本来のカザヤ様なんだわ。

凛々しく男らしい姿に見惚れてしまう。
健康で良かった。でも、なんだか知らない人のようで少し違和感はある。

昨日の黒ずくめの暗殺者たちはさぞ驚いただろう。カザヤ様の弱々しい演技に騙されて、返り討ちにあった暗殺者もいたほどだ。

「戴冠式はまた後日だが、もう俺の就任は発表されている。この後の朝議で家臣たちの顔が見ものだな」
「そうですね。みなさん、相当戸惑われていると聞いています」

バルガの言葉にカザヤ様が「だろうな」と頷く。私は首をかしげて聞いた。

「カザヤ様はこうなることが分かっていたのですか?」
「あぁ。昨日も話したが、表に出ないだけでここ最近の政務はほぼ俺がやっていたんだ。親父も俺に継がせるつもりで昔からあれこれ教え込んでいる。でも、他の家臣たちはその姿を知らないからな。混乱するのは予想済みだ」

だったらどうして病弱のふりなんて……。
前国王がカザヤ様を次期国王にと考えていたなら、そこまでする必要はないのでは?

しかしそこまで考えてそうだったと思い返す。

そうだ、カザヤ様が国王になると面白くない人たちがいるんだった。その人たちがカザヤ様を狙っている。だからこそ、偽る必要があった。

確か昨日の話では……。

話を思い出してサッと顔色を変えた。それをカザヤ様は見逃さなかった。

「お前が何を考えているかわかるぞ。まぁその考えはほぼ当たりだな」
「そんな……」

カザヤ様は弟君がいる。

第二王子オウガ様。
第二王妃の息子で、カザヤ様とは異母兄弟だ。みんなオウガ様が次期国王になると思っていた。

オウガ様は豪快な性格で、はっきり言えば強欲、自己中心。第二王子という権力を振りかざしているような人だった。

きっともちろん、オウガ様は自分が国王になると思っていただろう。いや、国王になると信じていたからこそ、そのあと邪魔になる人物を早々に消し去りたかったのだ。

「病弱の兄など放っておいても死ぬと思っていただろうな。念のため殺そうとしたか、あるいは他の者の命か……」

済ました顔で言うカザヤ様に私は青ざめた。

「他の者の……命令……」

そんなの、考えられるとしたらあと一人……。

「それって……」

第二妃シュウ様?

私の問いかけにカザヤ様は言葉で否定も肯定もしない。ただ何も言わないということは、カザヤ様自身もそう思っているのだろう。

今さらながら、とんでもない話を聞いてしまったと焦ってくる。

「そ、そんな重大な話、私が聞いてしまって良かったのでしょうか……?」

恐る恐る聞くと、カザヤ様は微笑んだ。

「駄目だろうな」
「では、なぜ聞かせたのです?」

まさか、全部聞かせた後に私を始末するつもりじゃぁ……。

とんでもない考えに行きついて目を丸くすると、カザヤ様は吹き出して笑った。

「安心しろ。ラナを消したりはしない」
「本当ですか? 良かった……。ではなぜ?」
「この話を聞いたということは、ラナは王宮の大切な話を聞いてしまったということだ」

確かにそうだ。

私はぎこちなく頷く。すると、カザヤ様はニヤリと笑った。

「ということで、これからラナは俺の監視下に置く」
「えぇっ?」

テーブルに頬杖を突きながらカザヤ様はどこか面白がるような表情で言い放った。

監視下ってどういうこと?

戸惑う私に、カザヤ様はとんでもない命令をした。

「これからは毎日、ここに顔を出すように」
「毎日ここに?」
「驚くことじゃないだろう。今までだって毎週来ていたじゃないか。それが毎日になるだけだ」

そんな簡単に言われても……。今までとは事情が違う。

「しかし、それは薬を届けるためであって……」
「同じようなものだろう?」

いやいや、不思議そうに言われても全く違うから!

そう言いたかったが、カザヤ様は立ち上がって支度を始めた。

「夜、仕事が終わったら来い。いいな」
「し、しかしカザヤ様もお忙しいのでは……?」
「夜はここで執務をするから大丈夫だ」

忙しいことは否定しないのね。そうよね、これから前国王陛下の葬儀の手配もあるし、他にもやることは山積みだ。

そんな時に私がここにきてどうするのだろう。何をするというのだろうか。
というか、なんで? 監視ってカザヤ様が直接することなの?

訳がわからず、理由を聞こうと口を開きかけた時。

「ラナ、カザヤ様はこれから朝議です。あなたも仕事でしょう? 行かなくていいのですか?」

バルガに制しされてしまった。

「でも……」
「行きなさい」

困惑しているとバルガに出るよう促される。

まだ話は終わってないのに。

チラッと助けを求める様にカザヤ様を見るが、素知らぬ顔をされてしまった。

仕方ない。

大人しくカザヤ様の部屋から退出することにした。

「では、失礼致します」
「あぁ。またな」

爽やかな笑顔で見送られ、つい顔が引きつってしまった。



数時間ぶりに部屋から出て、ほっと息を吐く。やはり、自分でも知らないうちに緊張していたみたいだ。

しかし……。

カザヤ様の監視下に置くってどういうことだろう。

昨晩の出来事や今朝の話を聞いたからと言って、命令で口止めをすればいいことだ。わざわざ監視下に置く必要はない。

いや、置いたとしても普通は別の者たちがすることだろう。

カザヤ様の部屋に来る必要って?

そもそも、部屋に置いて話を聞かせたのはカザヤ様だ。ということは、それはわざと? いったいなぜ?

「もしかして、危険人物だと思われているのかなぁ……」

周囲にぺらぺらと話したり、オウガ様側に付くかもしれないと思われたのだろうか。

だから内情を話し、あえて監視下に置くことで行動を制限しようとしているのだろうか。

そんなに私って信用ない?

「そんな……」

この一年、毎週のように薬を届け、ある程度は信頼関係が出来ていたと思っていたのだが、それは私だけなのかな。

ショックで胸が苦しい。

なんだか気が沈み、一度寮に戻ってだらだらと着替えをしていたせいで、仕事にはぎりぎりになってしまった。

「おはようございます……」
「ねぇ、聞いた!? 昨晩、国王陛下が崩御され、次期国王にはなんと、あのカザヤ様が就任されるらしいわよ!」

薬師室へ行くと、マリア先輩が興奮した様子で話しかけてきた。朝議に出た薬師長のディアから聞いたのだろう。

マリア先輩だけでなく、薬師室内みんながざわざわとその話題をしていた。私がぎりぎりだったことを気に留める人はいない。

「カザヤ様ってお体が悪かったんじゃないの!? ラナ、あなた何か知っていたの? カザヤ様に何か聞いていた?」
「い、いえ……。私もさっき知ったばかりです」

さっき、と言うか昨晩なんだけど似たようなものだろう。

「カザヤ様は国王になって大丈夫なのかしら?」
「お体が回復されたってことなのか?」

薬師室のみんなが私に注目してくる。
そりゃそうだろう。この一年、毎日のように薬を届けに行っていた。私が何か知っていると思うのが普通だ。

しかし、詳しい内情を私の口から話すわけにはいかない。

「私も何も知らなかったんです。カザヤ様はいつもベッドの中で寝込んでいました。専属医師の診断だと体調の変化も特にはないようで、指定された薬をただ届けていただけですから……。いつのまにかご回復されていたんですね」

アハハと笑う私の言葉はどこか白々しく聞こえてしまう。

でも本当に知らなかったんだし、その通りだったんだからこれ以上は何も言えない。

そもそも、本当は病弱も身を守るために偽っていたことだったとして、誰がそれを信じるんだろう?

私でさえもいまだに嘘かと思うほどなのに。

本当のあの病弱なカザヤ様はどこかに居て、今朝のカザヤ様は別の人だったとか……。それこそ双子だったとか……。

まぁ、そんなことはあり得ないんだけど。

「本当に何も知らなかったの?」
「知らないですよ。薬届ける時に軽く雑談する程度で、ほとんどお話をしたことがないんですから」
「髪飾り、貰っていたでしょう?」
「あれは日ごろのお礼ということで、別に何も……」

マリア先輩はどこか探るような目をしていたが、私が否定していると「そっか」とどこかつまらなそうな顔をした。

ゴシップ好きだから何かあるかと思ったんだろうな。

……絶対に、言えない。
カザヤ様の監視下に置かれて、毎日カザヤ様の部屋へ通うことになったなんて。

「さぁ、仕事しましょう」

ディア薬師長の声掛けにみんなが「はい」と持ち場へ戻る。

「ラナ、ちょっと」

ディア薬師長は長くて綺麗な足を組みながら、私を引き留めた。

「カザヤ様の件、本当に何も聞いていなかったのね?」
「はい……。カザヤ様が健康だなんて初めて知りました。お加減が良くなったようで、担当薬師として安堵しています」
「そう……。ならいいわ。カザヤ様から、ラナは引き続き薬師担当する様にと話があったわ。これからもカザヤ様のことは専属医師とあなたに任せます」
「承知いたしました」

深く礼をして席に戻る。思わず深いため息が出て、机の上の薬袋が小さく舞った。

「夢なら良かったのに……」