王宮に薬を届けに行ったなら


自害も考えられたが、前王妃が言う責任の取り方ではないと思われた。
詳しい検視の結果、シュウ前王妃は病死だった。

「これは……」

カザヤ様の執務室に呼ばれた私は、カザヤ様と共にバルガから1枚の手紙を渡された。

それは前王妃が書いたと思われる手紙。前王妃の自室の机の上に置いてあったらしい。

カザヤ様はその手紙を手に取って中を読む。そして辛そうに顔を歪めた。

手紙には、全身を病に侵され、以前から余命を宣告されていたこと、もう手を尽くしても無駄で、痛み止めだけでしのいでいたこと。
そして、母親として最後にオウガの強行を止められたことへの安堵が、残されたその遺書につづられていた。

「……自分の死期を悟っていたのか」

カザヤ様は大きなため息をつきながら、机の上に遺書を置いた。シュウ前王妃は、自分がいつどうなってもいいようにと書いておいたようだ。

それほど、病状は良くなかったのだろう。

額に手を当てて俯くカザヤ様の姿に、私は声をかけられないでいた。

悔しさと、後悔と、悲しさと……。複雑な思いが渦を巻いているようだ。
義理の母親と息子としての関係はない。しかし、国が滅ぶと言いながら、シュウ前王妃はカザヤ様を守ろうとした。
その心をカザヤ様はよく理解しているのだろう。

死期を悟っていたから、シュウ前王妃は命など惜しくはないと言っていたのかと今更気が付いても遅い。

私も悔しかった。自分が情けなかった。

どうして見抜けなかったのだろう。とうしてもっと薬師として踏み込まなかったのだろう。
医師に言われた通り痛み止めを処方していたが、そこで足を止めた。

その病状までを知ろうとはしなかった。

専属薬師として、医師にシュウ前王妃の体調を尋ねたことはあったが、教えてもらえなかったのだ。
前王妃が主治医以外には伏せていたからというのもあるが、やはり見抜けなかったこと、気が付かなかったこと、深く知ろうとしなかったことは薬師として失格な気がしていた。

いや、心の何処かで前王妃の行いをよく思わず、カザヤ様の脅威になると思っていたから、とこか手を抜いていたんだ。

「シュウ前王妃様……、申し訳ありません」

泣いてはいけない。後悔してももう遅いのだから。
でも、もっと私が動いていたら、何か出来たのではないかと思う。

本当に未熟だ、私は。

ポロッと溢れた涙を、カザヤ様に見られないようにそっと拭う。
しかしカザヤ様にはバレてしまったようで優しく肩を抱かれた。

「これで良かったんだ。前王妃は自分の病状を人に知られたくなかった。ラナが気付かなかったことにホッとしていたんじゃないだろうか」
「でも、私は薬師です。病状を伺い、もっと様子を観察していれば……」

薬師として職務を全うする前に、シュウ前王妃に対してカザヤ様の脅威としての恐れと疑いが常に邪魔をしていたのだ。

正しい見方が出来ていなかった。

薬師、失格。

悔しくて唇を噛む。すると、控えていたバルガが口を開いた。

「いえ、違うと思います」
「え?」

違うって、どういうこと?

「きっと、ラナが病状に気が付かなかったからこそ、あのように毎日部屋に呼んで気兼ねなく話が出来たのでしょう。気を遣われたくなかったのだと思います。前王妃様はプライドが高いお方ですから。だから、これで良かったのですよ」
「そう……でしょうか」
「はい」

慰めでもなく、バルガのいつもと同じ淡々と、きっぱりとした言葉は自然と「そうなのかな」と思わせてくる。
カザヤ様を見上げると、優しく微笑んで頷かれた。

「薬師として後悔はあるだろうが、前王妃の望み通りになったのならそれで良いんだろう」
「はい……」

私は素直に頷いた。
前王妃の気持ちはもうわからない。ただ、2人の言う事は間違ってはいない気がした。

「では、私は手続き諸々を済ませてまいります」

切り替えるように、書類を手にしたバルガが部屋から出て行った。執務室にはカザヤ様と私の二人きりになった。

カザヤ様はため息をつきながら、重い口を開いた。

「今朝の閣議で、オウガの処刑が決まった」
「処刑……」
「国王暗殺未遂。しかも1回だけではなく余罪はたっぷりだ。それだけで十分な罪だからな。オウガだけ見逃すわけにはいかない。それに伴い、オウガ派一味を全て捕らえた」
「そう……ですか」

納得だ。身内だからこそ、甘い判断は出来ない。さらに、オウガ派も残しておくと火種になりかねない。この機に一気に捉えなければならないのだ。

それが出来たことはすごく大きい。カザヤ様の身の安全が保証されたということなのたから。

「王妃の葬儀は近日中に執り行われる。それまでの間……、ラナには少し辛いことがおこるな」
「どういうことですか?」

まだ何か狙われるようなことが!?

眉を顰めると、カザヤ様は少し言いにくそうにした後、ゆっくりと口を開いた。

「ディア薬師長を国外追放処分とする」
「え……?」

思いもよらない人の名前に目を見開いた。

ディア薬師長が国外追放!? 

「な、なぜですか?」

驚きのあまり言葉が震えながら聞き返すと、カザヤ様が説明してくれた。

ディア薬師長は以前からオウガに、私の事や城の内部情報を調べては渡していた。オウガ派の一味だったらしい。

さらには薬の不正入手や横流しまで……。中には毒となる成分もオウガに渡していたようだ。

ディア薬師長自身は、決してオウガを好き好んではいなかったらしいが、オウガ派になった理由はカザヤ様にひそかに思いを寄せていたこと。

カザヤ様が国王になると遠い存在になる。しかしオウガの毒によってカザヤ様が臥せったままなら、いつしか責任ある立場の自分が専属薬師になれるだろう。

だからオウガに加担した。
もしかしたら、そそのかされてのかもしれないが……。

どちらにしろ、ディア薬師長はそう考えていたようだ。
オウガが私も消そうとしていたことも気が付いていたが、それはそれで都合がいいと思ったらしい。
カザヤ様が気にかける私のことが内心邪魔で仕方なかったから、いっそのこと死んでくれたほうがまだ良いと思っていたという。

「え……、本当ですか? ディア薬師長がそんなことを?」

厳しいが優しい上司だった。まさか、そんな風に思われていたなんて……。いっそのこと死んでくれたほうがいいとまで思われていたなんて……。

「そんな……」

ショックで頭が真っ白になる。
いつから? 何も気が付かなかった。

「そういえば……」

以前、シュウ前王妃がカザヤ様のことについて、「あなたも好きなの?」と聞いてきたことがあった。
あなたも、の言い方に引っ掛かりを感じたが、あれはディア薬師長もカザヤ様に気持ちを向けていたから……。

「そんなことって……」

カザヤ様の専属薬師になっていた私は、とても恨まれていただろう。私は憎まれて嫌われていたのかもしれない。
虎視眈々と私が死ぬのを待っていたのか。

「こんなことって……」

ショックを隠せず思わず顔を覆って涙を流すと、カザヤ様が隣に座って抱きしめてくれた。

「すまない」
「カザヤ様が謝ることではありません」

カザヤ様は私の涙を拭い、優しく頭を撫でてくれた。
私が落ち着いたのを見て、カザヤ様が少し微笑んだ。

「新しい薬師長だが、マリア・クルネイを就任させる」
「マリア先輩が?」

意外な人事に少し驚いた。マリア先輩は中堅だが年齢的には少し若い。

だがしかし実はとても仕事が出来るし、人をまとめる力も判断力もある。頭の回転も早い。少しお喋り好きだけれど、なにより責任感があるため薬師長に向いている気がした。

マリア先輩なら安心出来るかも。

私はホッと胸を撫で下ろす。

「それと、ラナ。来月、俺の部屋に来れないか? 話がある」
「話……ですか?」

なんだろう。今話してくれれば良いのに。今回の件に関連した話だろうか。
それに、来月にはあと半月以上も先である。
なんで来月なのだろう? 
首を傾げると困ったように微笑まれた。

「すぐにでも来てほしい所だが、しばらくは前王妃の葬儀や処罰関連で終始忙しい。たぶん来月まで会えないだろうから」

そうか……。
そうよね。今回の件、やるべき事は山積みなはず。私への話はそれからで良い。

「わかりました」

本音を言えば、来月なんてまた先だから会えないのはとても寂しい。
でも、それは贅沢なんだ。相手は国王陛下。私のような平民が気軽に会える人ではない。そもそも、今までが頻繁に会いすぎたのだ。
私も今回の件について気持ちの整理をつけるいいタイミングだろう。

「諸々落ち着きましたら、またご連絡ください」
「わかった」

カザヤ様は軽く私を抱き寄せた。それに胸がドキンと跳ねた。



赤い顔を隠しながら執務室から出ると、廊下の奥からバルガが戻ってくるところだった。

「バルガ様。お邪魔いたしました。仕事に戻ります」
「あぁ。そうだ、ラナ」

通り過ぎようとした時、声をかけられる。振り返ると少し気まずそうなバルガがこちらを見ていた。

「何でしょうか?」
「以前、私が言ったことを覚えていますか?」

そう聞かれて首をかしげる。

言われたこと? なんだっけ? あ……。

そこでハッとした。私の顔を見てバルガが済まなそうな表情になる。

「あなたにカザヤ様への思いに不純物はないかと尋ねました。……あれは聞き方が悪かったですね。あなたの思いを否定したかったわけではありません」
「いえ……。私もあの時、咄嗟に嘘をつきましたから……」
「嘘?」
「カザヤ様への気持ちに不純物はありました。ああ、でもだからと言って変な期待はしていません。身分とか、そもそも平民の私が釣り合うわけがないですから」

早口になりながら空笑いすると、バルガは小さく首を振った。

「私はあの時、好きになってはいけないとは言いませんでした。ただあなたの気持ちを聞きたかっただけです。言葉の選択が悪かっただけで……。でもあなたの気持ちが今聞けて良かった。それにあなたがどんな人物なのか見極めたくて観察もしていました。不躾でしたね、すみません」

言うだけ言うとバルガは執務室の方へと去っていった。

「聞けて良かった……か」

聞いたところでどうなるのだろう。

確かに、好きになってはいけないとは言われていない。
でも、好きになったところでどうだっていうの?

カザヤ様は少なからず、私を想ってくれているだろう。でもこの先の未来を期待できないのなら、このままでいいわけがない。
思いは通じ合っていても進めないことはあるのだ。

私もいい加減、気持ちの整理をつけないとな……。