「じゃぁお先に。ラナが最後だから室内点検してから帰ってね」
「はい。お疲れ様でした」
退勤していく先輩や上司を見送り、私も仕事のキリがいい所で帰りの支度を始める。
外はすっかり真っ暗だ。
お腹が空いたな。今日は忙しくてお昼を少ししか食べられていない。夕飯は何を食べようか。
そんなことを考えながら、最後に薬棚を点検をしてハッとした。
「え、これ、なんで……」
薬棚の奥から、カザヤ様に渡すはずだった解熱薬が出てくる。
処方の日付は今日だ。
つまり、今日渡すはずだったもの。これがここにあるということは、カザヤ様に持っていくのを忘れていたらしい。
あの時慌ててたから……!
薬を持つ手が震えて顔が青くなる。
「嘘、どうしよう……。すぐに持っていかなきゃ!」
専属医師に処方されいつも持って行っていた薬だ。当然、カザヤ様には必要な物だろう。
そんな大切な物を忘れるなんて! すぐに届けなきゃ!
私は薬を持って薬師室を飛び出した。
「あっ……!」
走る足がもつれ転ぶが、気にしてなんかいられない。
カザヤ様への薬を渡し忘れるなんて、あってはならないミス。何らかの処罰は覚悟しなけらばならないだろう。
どうしよう……! 薬師失格だ! もう、どんな処罰も覚悟しなければならない。
そう考えながら、とにかく急いでカザヤ様の居室へ向かう。
日が暮れて薄暗い中、カザヤ様がいる宮殿の中を進んだ。
時々護衛の衛兵に会うが、事情を説明して薬を届けに行くと伝えるとすんなりと通してくれた。
薬師の身分証パスも持っているし、カザヤ様の居室への許可証も持っている。なにより、カザヤ様の居室へと向かう通りの護衛らはみな顔見知りだ。
「カザヤ様にまず謝罪をしなければ……。あぁ、どう謝っても許されることではないけれど……」
もしかしたら薬を届ける任を解かれるかもしれない。
それは少し……、いや結構嫌だった。
若くしてカザヤ様付き薬師になれたというプライドがある。自信にもなっていた。
それだけではない。私自身、カザヤ様と会える時間は楽しみでもあった。
相手が王子様だからなどではなくて……。
日々の忙しい業務の中でカザヤ様との時間は、私の中で楽しみになっていた。
カザヤ様と会うのは一瞬だけど、声を聞いてお姿を見てその日の体調を観察する。それは薬師として、ひとつのやりがいでもあったのだ。
「もう、無理かも……」
それもきっと無くなるだろう。強く叱責されても仕方がない。
いや、もしかしたら王宮薬師をクビになるかも……。ああ、せっかく苦労して就職出来たのに。
いや、それよりもカザヤ様の体調が第一よ。薬がないことで体調崩されて悪化していなければ良いけれど……。
とにかく急ごう! 一刻も早く渡すんだ。私の処分なんてどうでもいい!
焦りながら足早にカザヤ様の部屋に向かっていたので、着いたときはすでに息が上がっていた。
着いた! 早く……!
肩で息をしながら整える間もなく、その扉をドンドンと叩く。
「ラナ殿! お待ち下さい!」
扉の前の衛兵の制止も耳に入らない。
急がなきゃ! 早く渡さなきゃ!
「カザヤ様、ラナです! 失礼いたします!」
私は返事も聞かずにガチャッと部屋を開けた。
「カザヤ様、あの……!」
勢いよく入ると、中にいたカザヤ様とバルガがハッとこちらを振り向いた。
「え……?」
一瞬、目に映った光景に言葉を失う。
なに……? これは一体……?
呆然としていると、すぐにその目を大きな手で覆われた。
「ラナ! 返事がないのに入ってはいけません!」
鋭い声で叱責したのは私の目を塞ぐバルガだ。
「バ、バルガ様! 申し訳ありません!」
目を塞がれたまま青くなって謝罪をするが動揺は隠せない。目は覆われていても、この瞳に焼き付けられた光景が離れなかった。
信じられない……。今のはどういうこと?
私の動揺を感じたバルガが低い声で問いかけた。
「ラナ。今、何か見ましたか?」
「……いいえ」
バルガに問われ、小さく首を横に振る。
本当は見た。でも、正直に答えることが怖かった。
だって……、あれは……。
「本当に? 嘘はいけません。正直に言いなさい」
バルガの冷たい低い声に身を震わせる。
嘘をついたら、バルガの腰に下げてある剣で切られてしまうかと思うほど空気は緊迫していた。
一瞬だけど脳裏に焼き付いて離れない。バルガと共にいたカザヤ様の姿に……。
「……見ました。申し訳ありません」
かすれた声で、やっとのこと答えるとバルガが小さく息を飲んだ。
「ラナ……。あなた……」
「もういい、バルガ。ラナがおびえているだろう。そもそも部屋の鍵をかけ忘れた俺の責任だ。お前を迎え入れた後、閉め忘れてしまったらしい」
殺気すら感じる緊迫した空気の中で、どこか面白がるようなカザヤ様の声が聞こえた。
「しかし……!」
「いいから」
バルガが渋々と言った感じで、私の目元を覆っていた手を離した。
眩しさに一瞬目がくらむ。ゆっくりと目を開けると、バルカの代わりにカザヤ様の姿が目の前に映った。
「カザヤ様……、あの……」
何をどう言ったらいいかわからない。
だって、軽く微笑みながらこちらを見ているかカザヤ様はズボン姿に上半身は裸だ。その上にガウンを羽織っている。
立っているカザヤ様を初めて見たな……。結構背が高いのね。
頭の隅で冷静にそう思いつつ、目はその体から離れなかった。
カザヤ様の肉体はよく鍛え抜かれていて、胸板も厚く筋肉質だ。ところどころ切り傷の跡があり、そこには私が調剤した湿布薬が貼られている。
目の前にいるカザヤ様は精悍な凛とした顔つきをしており、どこをどうみても病弱な雰囲気がない。
ベッドの中で青白い顔をしているあのカザヤ様とは違う人物のように見えた。
……もしかして、本当に別人とか? もしかしたら双子なのかしら?
私がひたすら唖然としていると、カザヤ様はスッと目を細めて言った。
「ラナ、君は見てしまった。俺の秘密を」
「カ、カザヤ様の秘密……?」
「そう。俺の秘密」
と、言うことはまさか本当に……。
「双子……なのですか?」
「違う」
カザヤ様は吹き出して笑うと、「これ」とでも言うように両手を軽く広げて自分の体を私によく見せた。
「この体が俺の秘密」
「カザヤ様……、どういうことですか……?」
自分の目を疑う。この体でカザヤ様が病弱だというのは信じられない。目の前のカザヤ様の顔色は良く、はつらつとした様子さえ感じる。
どうみてもこれは……。
「カザヤ様は健康なのですか……?」
私の呟きに、カザヤ様はニッと口角を上げた。
「とりあえず、秘密を知ったからには部屋から出すわけにはいきませんね。どうしましょうか」
バルガは少し考える様な仕草をしてからカザヤ様にそう聞いた。
「まぁ、そういうことになるな。仕方ない。ラナ、君には一晩この部屋で過ごしてもらう」
カザヤ様の提案に、私は目を丸くした。
一晩!? ここってこのカザヤ様の部屋で!? なんで!?
「ど、どういうことですか? どうして私が……」
「君は俺の秘密を知った。だから部屋から出すわけにはいかないんだ。特に今夜はね」
カザヤ様の言っていることが分からず、ただひたすら混乱する。
秘密ってカザヤ様のこの健康そうな体のこと……? だから部屋から出れないの?
ますます意味が分からない。
「食事と着替えの手配をしてきましょう。カザヤ様、私が出たら必ず扉に鍵をおかけくださいね。外に衛兵がいるとはいえ、うっかりではすみませんよ。危機感をお持ち下さい」
まるで小舅の様な口調にカザヤ様は肩をすくめる。
「あぁ、わかっている。悪かった」
「え、ちょっと待ってください、バルガ様!」
バルガは私の制止を無視して部屋を出る。カザヤ様は姿勢よくすたすたと歩き、ガチャンと部屋の鍵を閉めた。
完全に室内は二人きりだ。
え、どういう事? というか、待ってよ、二人で話を進めないで! 私がここに泊まることは決定事項なの? どうしてこうなった?
ああ、カザヤ様の体を見てしまったからか……。というか、カザヤ様の健康体が秘密なの? どうして秘密にしているの? そもそもなんで健康体なの!?
カザヤ様が居るにも関わらず、思わず頭を抱えた。
いや、その前に! さすがに王子の部屋に泊まることは避けたいわ。なんとしてでも避けたい。
だってあり得ないでしょう? 一般の薬師が王子の部屋に泊まるなんて! あってはならない事なのよ!
「カ、カザヤ様、お願いです。そのお体のこと……、秘密にされていたことは誰にも言いません。ですから自分の部屋に返してください」
理由はともかく、一刻も早くこの状況から抜け出したい。
「それはできない。今夜はとても大切な日なんだ。その日に秘密を知った君を野放しにはできない」
「大切な日ならなおさらここにいてはならないと思うのです! 誓って秘密のことは言いません! お約束いたします! ですから……」
懇願するが、カザヤ様はチラッと冷めた目で私を見るだけだった。そんな目で見られたのは初めてだ。
この人は本当にカザヤ様なのだろうか……。
いつもベッドの中にいたカザヤ様しか見ていないから動くカザヤ様を初めてみる。
こんなに背が高いなんて知らなかった。体つきも想像とは違う。弱々しい雰囲気など一つもない。
それに口調もいつもの弱々しく静かな感じではなく、ハキハキとした力のある口調だ。
本当に同一人物なの?
唖然としている私に、カザヤ様はソファーへ座るよう指示した。躊躇したが私が座るまでカザヤ様は口を開かない様子だ。
仕方なくそっとソファーに腰かける。凄いフカフカ。
「君を部屋から出すことはできない。それ以外は何でも答えよう。ラナ、何が知りたい?」
部屋からはやはり出られないのかと落胆する。
肩を落とした私は、仕方なく他に気になっていることを恐る恐る聞いてみた。
「カザヤ様……。ご病気ではなかったのですね?」
「ああ、それが俺の秘密。王宮内でもバルガと専属医師、王宮騎士団隊長と隊員数人、国王しか知らないことだ。俺はもともと病弱なんかではない」
「病弱ではない? では今までの薬は……?」
週に一度、痛み止めと湿布薬を届けていた。病気ではないのならどうして必要だったのだろうか。
「身分を隠して王宮騎士団の練習に紛れていた。騎士団隊長のワサトだけは俺が紛れて鍛えていることは知っていたが、決して他の騎士と差別することなくしごいてくるからな。毎日傷だらけ。痛み止めも湿布もそのために必要だったんだ」
苦笑するカザヤ様に納得がいった。
そうだったのか……。薬はそのために必要だったのね。
思い返せば、いつも痛み止めと湿布薬を所望していた。寝たきりだったから体が痛く、湿布や痛み止めを飲んでいると思っていたし、カザヤ様の王宮医師の主治医からもそう言われていた。
だが実際は、傷の手当や治癒に必要だったのだろう。まさかそんなことに使っているなんて思いもしなかった。
「しかし、どうして嘘をつく必要が……?」
「気になるか?」
フッと微笑むカザヤ様にドキッとしてしまい目線をそらす。
いつものベッドの中から話しかけてくるカザヤ様とギャップがあって、どう接したらいいのかわからない。
いつもと違う、男らしい色気のある雰囲気は戸惑いを増すだけだ。
「だって、何年もあんな風に装うなんて……」
「俺は生まれつき、命を狙われる立場にいたからだ」
その言葉にハッとする。
命を狙われる立場。
確かにカザヤ様は第一王子。普通なら次期国王となるべくお方だ。そのお方の命を狙うものがいるのだとしたら、それは……。
私が口を開こうとした時、部屋の扉が不規則に数回叩かれた。
カザヤ様はその音を聞いて扉を開ける。すると、バルガが食事と着替えを持って入ってきた。
なるほど、合図だったのだろう。
「カザヤ様の分のお食事もお持ちしました。すでに毒見済みですので安心して食べられます。あと、これはラナの着替えです」
「あ、ありがとうございます」
洗いたての綺麗な夜着をやや強引に手渡される。
バルガはテーブルに手早く食事の支度をすると、時計を見てからカザヤ様に言った。
「隣の部屋に控えております。何かあれば合図してお呼びください」
「わかった。よろしくな」
バルガは一礼すると部屋を出て行ってしまった。もちろん、カザヤ様はきちんと鍵を閉める。
なんだかいつにも増して、ピリピリとしている? まるで何かを警戒しているようだわ……。
カザヤ様はリビングのテーブル席に着くと、軽く頬杖を突いて私に手招きをした。
「さぁ、食事にしよう」
「え、一緒にですか!?」
「もちろん一緒にだ。俺との食事は嫌か?」
「いえ、とんでもない!」
慌ててカザヤ様の前に座るが、正直緊張でどうしたらいいのかわからないくらいだ。
ただの薬師が王子殿下と共に食事をとるだなんて、一生に一度もない。緊張するなという方が無理がある。
それにまだ聞きたいことだってあるのに……。
ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
ぎこちない形になりつつも、用意された食事は使用人食堂の食事よりもはるかに洗練されて、当然ながら一流の美味しい味がした。
美味しい〜!
この状況でも、食事を美味しく食べられてしまう自分が恨めしい。
あ、まだだ。また外を見ている。
一緒に食事をしながらもカザヤ様は時々、窓の外や周囲の気配を探るような様子を見せることがあった。
やっぱり何かに警戒している? どうして?
「あの……、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ今日は大切な日なのでしょうか? カザヤ様は一体何に、そんなに警戒されているのですか?」
さっきからずっと気になっていたことだ。
命を狙われるから、ずっと健康なことは隠して病弱ということにして身を守っていた、というのはわかる。
こっそり鍛えていたというのも、もしもの時を考えて体を作っていたのだろう。
では、なぜ今日は私までも部屋に閉じこもり外へ出てはいけないのか。
秘密は漏らさないと言っているのに……。どうして出してもらえないのだろう? 大切な日とは一体?
「今日、国王が崩御されるからだ」
「……え?」
まるで、たいしたことではないとでも言うような口ぶりで、カザヤ様はとんでもないことを言い出した。
私は言われた言葉を飲み込めず、ぽかんと口を開ける。
「国王陛下が……、崩御される……?」
確かにずっと体調が悪く、危篤状態にあるとは聞いていた。もう長くはないだろうと。
しかしなぜそれが今日?
「昨日から無理やり延命はしているが今夜が峠だ。もう保たない」
「そ、そんな……」
何でもないような言い方だが、一国の王が崩御されるのは重大なことだ。
私は青ざめながら呆然とするしかなかった。
「俺は親父に次期国王になるべく育てられた」
「え……?」
「表向きは病弱を装って身を守り、裏では体を鍛えて政務も勉強していた。ここ最近では、国王の政務はほぼ俺がこなしている」
まさかの発言に私は言葉をなくす。
嘘でしょう? あのベッドに寝付いていたカザヤ様がそんなことをしていたなんて……。いや、出来ていたなんて……!
「遺言にも俺が正式に国王になると書かれてあるし、裏では一部の人間がそのようにもう動いている。本来は俺は第一王子なのだから当たり前なのだが、中にはどうしてもそれが気に入らないやつがいるんだ。だからこそ、秘密裏に動いていかなければならない」
カザヤ様は自嘲気味に笑った。
「そうしないと、いくら命があっても足りないからな」
そこで私はハッと気がついた。
カザヤ様は生まれた時から命を狙われていた。
誰に? どうして? まさかその相手って……。
「第二王子オウガ様のお母上……、第二妃のシュウ様ですか?」
私が青くなって聞くと、カザヤ様は片眉を起用にあげた。
「どうしてそう思った?」
「お妃様はオウガ様のお母上なので……、ご自分のご子息を国王にすべくカザヤ様を……」
口に出して自分の行ったことの恐ろしさを感じる。
カザヤ様の実母は既に他界され、側室だった第二妃が現在王妃として即位されている。
通称、第二妃が自分の子供であるオウガ様を即位させたいと思うのは当然である。
幼い頃から狙われていたなら尚更。
私の考えに、カザヤ様は否定も肯定もしなかった。
「さてな。オウガなのか第二妃なのか……。どっちにしろ、国王が崩御したら今夜、俺を殺そうとするやつらがいるだろう。病弱だから継ぐことはないと言われた俺でも、目の上のたんこぶで邪魔に思うだろうしな。いっそのこと殺してしまえと画策するかもしれない。そんな大事な日に、君は俺の秘密を知ってしまったんだ」
カザヤ様はニッと笑いながら「就任発表までは健康体だとバレるわけにはいかないんだよ」と言った。
やっと納得がいった。それで私を部屋から出せないと言ったのか。秘密が漏れるかもしれないから……。
「私が誰にも言わないと誓ってもですか?」
「誓ってもだ。ラナが話さなくても、そぶりやぎこちなさから何か感づかれる可能性だってある。それにこんな時間に俺の部屋から出て行くのを見られたら、怪しまれてラナも消されるかもしれないぞ」
「えっ!?」
「冗談だ」
カザヤ様はクククッと喉を鳴らして笑う。
全くもう……。冗談なのか本気なのかわからない。
いや、ほとんど本気なのかもしれない。笑うカザヤ様の瞳は真剣そのものだ。
「だから、ラナには一晩ここで過ごしてもらうぞ」
こんな話を聞いては頷くほかない。
「わかりました。でも、なぜ私にそこまで話してくださるのですか? 他に誤魔化しようはあったはずです」
カザヤ様が話した内容は、こんな一介の薬師が知って良いことではない。
他になんとでも誤魔化したり、嘘をつくことは出来たはずだ。
「なぜかな。君は全て知ったところで、俺に害をなすとは思えない。それに、ラナには知っていて欲しかった気がする。俺の秘密を」
ふっと笑うカザヤ様に、信用された気がして胸が躍る。嬉しくて頬が赤く染まった。
「ありがとうございます。何よりも、カザヤ様がご病気ではなくて安心しました」
何よりもそこが一番心から安堵できたことだ。ホッと息を吐くとカザヤ様はふっと微笑んだ。
「騙して悪かったな」
そう言うカザヤ様の顔が優しくてドキッとしてしまう。
それはあまりにも綺麗で……。そんな表情、反則だ。
自分でも赤面したのが分かった。それを隠すように食事に集中するふりをした。
食事を終えると、カザヤ様に手招きされて浴室へと案内された。脱衣所も浴室も広くて豪勢だ。床は大理石かな。こんな広くて豪華なお風呂初めて見た。さすがは王子の居室風呂だ。
「凄い……!」
「ここを使え」
「えっ? ここを? いえいえ! あの私、一晩くらいお風呂は別にいいですから!」
カザヤ様の部屋のあるお風呂はプライベートのものだ。そこを使わせてもらうわけにはいかない。
というか、恥ずかしさが上回る。使えるわけがない!
「気にしなくていいから。タオルはこれ。洗剤系はそこの物を使え」
「えっ? あの!」
カザヤ様はテキパキと説明すると、そそくさと浴室から出て行った。
嘘……、どうしよう。
振り返った扉の先は、広い浴室があって温かなお湯がバスタブに入れてある。
カザヤ様が使っているであろうシャンプー類……。
ここを……使う……? これを……使う……?
いやいや、無理無理! 王子様の物を使うなんてできないよ~!!
でも……と、手渡されたタオルを見つめる。ふわふわで上質なものだ。こんなタオル、一生に一度しか使えないだろう。
それにバルガに渡された夜着も仕立ての良いものだ。初めての手触り。
シルクかな?
着るならば清潔な状態で着たい。というか、この夜着を着てみたい。
それに、あんなこと言っておきながら本当はカザヤ様の前で一日お風呂に入らない状態はなんだか嫌だ……。
でも、カザヤ様がいつもつかう浴槽や物を使うだなんて……。
ある物を使えと言うけれど、つまりそれはカザヤ様がいつも使うもので……。そんなの恥ずかしくて使えないよ。
ああ、どうしよう!!
しばらく脱衣所で頭を抱えながら考え込んでいたがバッと顔を上げると服を脱ぎだした。
「ええい!!女は度胸よ!」
意を決してお風呂に入ることに決めたのだ。
「はい。お疲れ様でした」
退勤していく先輩や上司を見送り、私も仕事のキリがいい所で帰りの支度を始める。
外はすっかり真っ暗だ。
お腹が空いたな。今日は忙しくてお昼を少ししか食べられていない。夕飯は何を食べようか。
そんなことを考えながら、最後に薬棚を点検をしてハッとした。
「え、これ、なんで……」
薬棚の奥から、カザヤ様に渡すはずだった解熱薬が出てくる。
処方の日付は今日だ。
つまり、今日渡すはずだったもの。これがここにあるということは、カザヤ様に持っていくのを忘れていたらしい。
あの時慌ててたから……!
薬を持つ手が震えて顔が青くなる。
「嘘、どうしよう……。すぐに持っていかなきゃ!」
専属医師に処方されいつも持って行っていた薬だ。当然、カザヤ様には必要な物だろう。
そんな大切な物を忘れるなんて! すぐに届けなきゃ!
私は薬を持って薬師室を飛び出した。
「あっ……!」
走る足がもつれ転ぶが、気にしてなんかいられない。
カザヤ様への薬を渡し忘れるなんて、あってはならないミス。何らかの処罰は覚悟しなけらばならないだろう。
どうしよう……! 薬師失格だ! もう、どんな処罰も覚悟しなければならない。
そう考えながら、とにかく急いでカザヤ様の居室へ向かう。
日が暮れて薄暗い中、カザヤ様がいる宮殿の中を進んだ。
時々護衛の衛兵に会うが、事情を説明して薬を届けに行くと伝えるとすんなりと通してくれた。
薬師の身分証パスも持っているし、カザヤ様の居室への許可証も持っている。なにより、カザヤ様の居室へと向かう通りの護衛らはみな顔見知りだ。
「カザヤ様にまず謝罪をしなければ……。あぁ、どう謝っても許されることではないけれど……」
もしかしたら薬を届ける任を解かれるかもしれない。
それは少し……、いや結構嫌だった。
若くしてカザヤ様付き薬師になれたというプライドがある。自信にもなっていた。
それだけではない。私自身、カザヤ様と会える時間は楽しみでもあった。
相手が王子様だからなどではなくて……。
日々の忙しい業務の中でカザヤ様との時間は、私の中で楽しみになっていた。
カザヤ様と会うのは一瞬だけど、声を聞いてお姿を見てその日の体調を観察する。それは薬師として、ひとつのやりがいでもあったのだ。
「もう、無理かも……」
それもきっと無くなるだろう。強く叱責されても仕方がない。
いや、もしかしたら王宮薬師をクビになるかも……。ああ、せっかく苦労して就職出来たのに。
いや、それよりもカザヤ様の体調が第一よ。薬がないことで体調崩されて悪化していなければ良いけれど……。
とにかく急ごう! 一刻も早く渡すんだ。私の処分なんてどうでもいい!
焦りながら足早にカザヤ様の部屋に向かっていたので、着いたときはすでに息が上がっていた。
着いた! 早く……!
肩で息をしながら整える間もなく、その扉をドンドンと叩く。
「ラナ殿! お待ち下さい!」
扉の前の衛兵の制止も耳に入らない。
急がなきゃ! 早く渡さなきゃ!
「カザヤ様、ラナです! 失礼いたします!」
私は返事も聞かずにガチャッと部屋を開けた。
「カザヤ様、あの……!」
勢いよく入ると、中にいたカザヤ様とバルガがハッとこちらを振り向いた。
「え……?」
一瞬、目に映った光景に言葉を失う。
なに……? これは一体……?
呆然としていると、すぐにその目を大きな手で覆われた。
「ラナ! 返事がないのに入ってはいけません!」
鋭い声で叱責したのは私の目を塞ぐバルガだ。
「バ、バルガ様! 申し訳ありません!」
目を塞がれたまま青くなって謝罪をするが動揺は隠せない。目は覆われていても、この瞳に焼き付けられた光景が離れなかった。
信じられない……。今のはどういうこと?
私の動揺を感じたバルガが低い声で問いかけた。
「ラナ。今、何か見ましたか?」
「……いいえ」
バルガに問われ、小さく首を横に振る。
本当は見た。でも、正直に答えることが怖かった。
だって……、あれは……。
「本当に? 嘘はいけません。正直に言いなさい」
バルガの冷たい低い声に身を震わせる。
嘘をついたら、バルガの腰に下げてある剣で切られてしまうかと思うほど空気は緊迫していた。
一瞬だけど脳裏に焼き付いて離れない。バルガと共にいたカザヤ様の姿に……。
「……見ました。申し訳ありません」
かすれた声で、やっとのこと答えるとバルガが小さく息を飲んだ。
「ラナ……。あなた……」
「もういい、バルガ。ラナがおびえているだろう。そもそも部屋の鍵をかけ忘れた俺の責任だ。お前を迎え入れた後、閉め忘れてしまったらしい」
殺気すら感じる緊迫した空気の中で、どこか面白がるようなカザヤ様の声が聞こえた。
「しかし……!」
「いいから」
バルガが渋々と言った感じで、私の目元を覆っていた手を離した。
眩しさに一瞬目がくらむ。ゆっくりと目を開けると、バルカの代わりにカザヤ様の姿が目の前に映った。
「カザヤ様……、あの……」
何をどう言ったらいいかわからない。
だって、軽く微笑みながらこちらを見ているかカザヤ様はズボン姿に上半身は裸だ。その上にガウンを羽織っている。
立っているカザヤ様を初めて見たな……。結構背が高いのね。
頭の隅で冷静にそう思いつつ、目はその体から離れなかった。
カザヤ様の肉体はよく鍛え抜かれていて、胸板も厚く筋肉質だ。ところどころ切り傷の跡があり、そこには私が調剤した湿布薬が貼られている。
目の前にいるカザヤ様は精悍な凛とした顔つきをしており、どこをどうみても病弱な雰囲気がない。
ベッドの中で青白い顔をしているあのカザヤ様とは違う人物のように見えた。
……もしかして、本当に別人とか? もしかしたら双子なのかしら?
私がひたすら唖然としていると、カザヤ様はスッと目を細めて言った。
「ラナ、君は見てしまった。俺の秘密を」
「カ、カザヤ様の秘密……?」
「そう。俺の秘密」
と、言うことはまさか本当に……。
「双子……なのですか?」
「違う」
カザヤ様は吹き出して笑うと、「これ」とでも言うように両手を軽く広げて自分の体を私によく見せた。
「この体が俺の秘密」
「カザヤ様……、どういうことですか……?」
自分の目を疑う。この体でカザヤ様が病弱だというのは信じられない。目の前のカザヤ様の顔色は良く、はつらつとした様子さえ感じる。
どうみてもこれは……。
「カザヤ様は健康なのですか……?」
私の呟きに、カザヤ様はニッと口角を上げた。
「とりあえず、秘密を知ったからには部屋から出すわけにはいきませんね。どうしましょうか」
バルガは少し考える様な仕草をしてからカザヤ様にそう聞いた。
「まぁ、そういうことになるな。仕方ない。ラナ、君には一晩この部屋で過ごしてもらう」
カザヤ様の提案に、私は目を丸くした。
一晩!? ここってこのカザヤ様の部屋で!? なんで!?
「ど、どういうことですか? どうして私が……」
「君は俺の秘密を知った。だから部屋から出すわけにはいかないんだ。特に今夜はね」
カザヤ様の言っていることが分からず、ただひたすら混乱する。
秘密ってカザヤ様のこの健康そうな体のこと……? だから部屋から出れないの?
ますます意味が分からない。
「食事と着替えの手配をしてきましょう。カザヤ様、私が出たら必ず扉に鍵をおかけくださいね。外に衛兵がいるとはいえ、うっかりではすみませんよ。危機感をお持ち下さい」
まるで小舅の様な口調にカザヤ様は肩をすくめる。
「あぁ、わかっている。悪かった」
「え、ちょっと待ってください、バルガ様!」
バルガは私の制止を無視して部屋を出る。カザヤ様は姿勢よくすたすたと歩き、ガチャンと部屋の鍵を閉めた。
完全に室内は二人きりだ。
え、どういう事? というか、待ってよ、二人で話を進めないで! 私がここに泊まることは決定事項なの? どうしてこうなった?
ああ、カザヤ様の体を見てしまったからか……。というか、カザヤ様の健康体が秘密なの? どうして秘密にしているの? そもそもなんで健康体なの!?
カザヤ様が居るにも関わらず、思わず頭を抱えた。
いや、その前に! さすがに王子の部屋に泊まることは避けたいわ。なんとしてでも避けたい。
だってあり得ないでしょう? 一般の薬師が王子の部屋に泊まるなんて! あってはならない事なのよ!
「カ、カザヤ様、お願いです。そのお体のこと……、秘密にされていたことは誰にも言いません。ですから自分の部屋に返してください」
理由はともかく、一刻も早くこの状況から抜け出したい。
「それはできない。今夜はとても大切な日なんだ。その日に秘密を知った君を野放しにはできない」
「大切な日ならなおさらここにいてはならないと思うのです! 誓って秘密のことは言いません! お約束いたします! ですから……」
懇願するが、カザヤ様はチラッと冷めた目で私を見るだけだった。そんな目で見られたのは初めてだ。
この人は本当にカザヤ様なのだろうか……。
いつもベッドの中にいたカザヤ様しか見ていないから動くカザヤ様を初めてみる。
こんなに背が高いなんて知らなかった。体つきも想像とは違う。弱々しい雰囲気など一つもない。
それに口調もいつもの弱々しく静かな感じではなく、ハキハキとした力のある口調だ。
本当に同一人物なの?
唖然としている私に、カザヤ様はソファーへ座るよう指示した。躊躇したが私が座るまでカザヤ様は口を開かない様子だ。
仕方なくそっとソファーに腰かける。凄いフカフカ。
「君を部屋から出すことはできない。それ以外は何でも答えよう。ラナ、何が知りたい?」
部屋からはやはり出られないのかと落胆する。
肩を落とした私は、仕方なく他に気になっていることを恐る恐る聞いてみた。
「カザヤ様……。ご病気ではなかったのですね?」
「ああ、それが俺の秘密。王宮内でもバルガと専属医師、王宮騎士団隊長と隊員数人、国王しか知らないことだ。俺はもともと病弱なんかではない」
「病弱ではない? では今までの薬は……?」
週に一度、痛み止めと湿布薬を届けていた。病気ではないのならどうして必要だったのだろうか。
「身分を隠して王宮騎士団の練習に紛れていた。騎士団隊長のワサトだけは俺が紛れて鍛えていることは知っていたが、決して他の騎士と差別することなくしごいてくるからな。毎日傷だらけ。痛み止めも湿布もそのために必要だったんだ」
苦笑するカザヤ様に納得がいった。
そうだったのか……。薬はそのために必要だったのね。
思い返せば、いつも痛み止めと湿布薬を所望していた。寝たきりだったから体が痛く、湿布や痛み止めを飲んでいると思っていたし、カザヤ様の王宮医師の主治医からもそう言われていた。
だが実際は、傷の手当や治癒に必要だったのだろう。まさかそんなことに使っているなんて思いもしなかった。
「しかし、どうして嘘をつく必要が……?」
「気になるか?」
フッと微笑むカザヤ様にドキッとしてしまい目線をそらす。
いつものベッドの中から話しかけてくるカザヤ様とギャップがあって、どう接したらいいのかわからない。
いつもと違う、男らしい色気のある雰囲気は戸惑いを増すだけだ。
「だって、何年もあんな風に装うなんて……」
「俺は生まれつき、命を狙われる立場にいたからだ」
その言葉にハッとする。
命を狙われる立場。
確かにカザヤ様は第一王子。普通なら次期国王となるべくお方だ。そのお方の命を狙うものがいるのだとしたら、それは……。
私が口を開こうとした時、部屋の扉が不規則に数回叩かれた。
カザヤ様はその音を聞いて扉を開ける。すると、バルガが食事と着替えを持って入ってきた。
なるほど、合図だったのだろう。
「カザヤ様の分のお食事もお持ちしました。すでに毒見済みですので安心して食べられます。あと、これはラナの着替えです」
「あ、ありがとうございます」
洗いたての綺麗な夜着をやや強引に手渡される。
バルガはテーブルに手早く食事の支度をすると、時計を見てからカザヤ様に言った。
「隣の部屋に控えております。何かあれば合図してお呼びください」
「わかった。よろしくな」
バルガは一礼すると部屋を出て行ってしまった。もちろん、カザヤ様はきちんと鍵を閉める。
なんだかいつにも増して、ピリピリとしている? まるで何かを警戒しているようだわ……。
カザヤ様はリビングのテーブル席に着くと、軽く頬杖を突いて私に手招きをした。
「さぁ、食事にしよう」
「え、一緒にですか!?」
「もちろん一緒にだ。俺との食事は嫌か?」
「いえ、とんでもない!」
慌ててカザヤ様の前に座るが、正直緊張でどうしたらいいのかわからないくらいだ。
ただの薬師が王子殿下と共に食事をとるだなんて、一生に一度もない。緊張するなという方が無理がある。
それにまだ聞きたいことだってあるのに……。
ああ、もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。
ぎこちない形になりつつも、用意された食事は使用人食堂の食事よりもはるかに洗練されて、当然ながら一流の美味しい味がした。
美味しい〜!
この状況でも、食事を美味しく食べられてしまう自分が恨めしい。
あ、まだだ。また外を見ている。
一緒に食事をしながらもカザヤ様は時々、窓の外や周囲の気配を探るような様子を見せることがあった。
やっぱり何かに警戒している? どうして?
「あの……、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「なぜ今日は大切な日なのでしょうか? カザヤ様は一体何に、そんなに警戒されているのですか?」
さっきからずっと気になっていたことだ。
命を狙われるから、ずっと健康なことは隠して病弱ということにして身を守っていた、というのはわかる。
こっそり鍛えていたというのも、もしもの時を考えて体を作っていたのだろう。
では、なぜ今日は私までも部屋に閉じこもり外へ出てはいけないのか。
秘密は漏らさないと言っているのに……。どうして出してもらえないのだろう? 大切な日とは一体?
「今日、国王が崩御されるからだ」
「……え?」
まるで、たいしたことではないとでも言うような口ぶりで、カザヤ様はとんでもないことを言い出した。
私は言われた言葉を飲み込めず、ぽかんと口を開ける。
「国王陛下が……、崩御される……?」
確かにずっと体調が悪く、危篤状態にあるとは聞いていた。もう長くはないだろうと。
しかしなぜそれが今日?
「昨日から無理やり延命はしているが今夜が峠だ。もう保たない」
「そ、そんな……」
何でもないような言い方だが、一国の王が崩御されるのは重大なことだ。
私は青ざめながら呆然とするしかなかった。
「俺は親父に次期国王になるべく育てられた」
「え……?」
「表向きは病弱を装って身を守り、裏では体を鍛えて政務も勉強していた。ここ最近では、国王の政務はほぼ俺がこなしている」
まさかの発言に私は言葉をなくす。
嘘でしょう? あのベッドに寝付いていたカザヤ様がそんなことをしていたなんて……。いや、出来ていたなんて……!
「遺言にも俺が正式に国王になると書かれてあるし、裏では一部の人間がそのようにもう動いている。本来は俺は第一王子なのだから当たり前なのだが、中にはどうしてもそれが気に入らないやつがいるんだ。だからこそ、秘密裏に動いていかなければならない」
カザヤ様は自嘲気味に笑った。
「そうしないと、いくら命があっても足りないからな」
そこで私はハッと気がついた。
カザヤ様は生まれた時から命を狙われていた。
誰に? どうして? まさかその相手って……。
「第二王子オウガ様のお母上……、第二妃のシュウ様ですか?」
私が青くなって聞くと、カザヤ様は片眉を起用にあげた。
「どうしてそう思った?」
「お妃様はオウガ様のお母上なので……、ご自分のご子息を国王にすべくカザヤ様を……」
口に出して自分の行ったことの恐ろしさを感じる。
カザヤ様の実母は既に他界され、側室だった第二妃が現在王妃として即位されている。
通称、第二妃が自分の子供であるオウガ様を即位させたいと思うのは当然である。
幼い頃から狙われていたなら尚更。
私の考えに、カザヤ様は否定も肯定もしなかった。
「さてな。オウガなのか第二妃なのか……。どっちにしろ、国王が崩御したら今夜、俺を殺そうとするやつらがいるだろう。病弱だから継ぐことはないと言われた俺でも、目の上のたんこぶで邪魔に思うだろうしな。いっそのこと殺してしまえと画策するかもしれない。そんな大事な日に、君は俺の秘密を知ってしまったんだ」
カザヤ様はニッと笑いながら「就任発表までは健康体だとバレるわけにはいかないんだよ」と言った。
やっと納得がいった。それで私を部屋から出せないと言ったのか。秘密が漏れるかもしれないから……。
「私が誰にも言わないと誓ってもですか?」
「誓ってもだ。ラナが話さなくても、そぶりやぎこちなさから何か感づかれる可能性だってある。それにこんな時間に俺の部屋から出て行くのを見られたら、怪しまれてラナも消されるかもしれないぞ」
「えっ!?」
「冗談だ」
カザヤ様はクククッと喉を鳴らして笑う。
全くもう……。冗談なのか本気なのかわからない。
いや、ほとんど本気なのかもしれない。笑うカザヤ様の瞳は真剣そのものだ。
「だから、ラナには一晩ここで過ごしてもらうぞ」
こんな話を聞いては頷くほかない。
「わかりました。でも、なぜ私にそこまで話してくださるのですか? 他に誤魔化しようはあったはずです」
カザヤ様が話した内容は、こんな一介の薬師が知って良いことではない。
他になんとでも誤魔化したり、嘘をつくことは出来たはずだ。
「なぜかな。君は全て知ったところで、俺に害をなすとは思えない。それに、ラナには知っていて欲しかった気がする。俺の秘密を」
ふっと笑うカザヤ様に、信用された気がして胸が躍る。嬉しくて頬が赤く染まった。
「ありがとうございます。何よりも、カザヤ様がご病気ではなくて安心しました」
何よりもそこが一番心から安堵できたことだ。ホッと息を吐くとカザヤ様はふっと微笑んだ。
「騙して悪かったな」
そう言うカザヤ様の顔が優しくてドキッとしてしまう。
それはあまりにも綺麗で……。そんな表情、反則だ。
自分でも赤面したのが分かった。それを隠すように食事に集中するふりをした。
食事を終えると、カザヤ様に手招きされて浴室へと案内された。脱衣所も浴室も広くて豪勢だ。床は大理石かな。こんな広くて豪華なお風呂初めて見た。さすがは王子の居室風呂だ。
「凄い……!」
「ここを使え」
「えっ? ここを? いえいえ! あの私、一晩くらいお風呂は別にいいですから!」
カザヤ様の部屋のあるお風呂はプライベートのものだ。そこを使わせてもらうわけにはいかない。
というか、恥ずかしさが上回る。使えるわけがない!
「気にしなくていいから。タオルはこれ。洗剤系はそこの物を使え」
「えっ? あの!」
カザヤ様はテキパキと説明すると、そそくさと浴室から出て行った。
嘘……、どうしよう。
振り返った扉の先は、広い浴室があって温かなお湯がバスタブに入れてある。
カザヤ様が使っているであろうシャンプー類……。
ここを……使う……? これを……使う……?
いやいや、無理無理! 王子様の物を使うなんてできないよ~!!
でも……と、手渡されたタオルを見つめる。ふわふわで上質なものだ。こんなタオル、一生に一度しか使えないだろう。
それにバルガに渡された夜着も仕立ての良いものだ。初めての手触り。
シルクかな?
着るならば清潔な状態で着たい。というか、この夜着を着てみたい。
それに、あんなこと言っておきながら本当はカザヤ様の前で一日お風呂に入らない状態はなんだか嫌だ……。
でも、カザヤ様がいつもつかう浴槽や物を使うだなんて……。
ある物を使えと言うけれど、つまりそれはカザヤ様がいつも使うもので……。そんなの恥ずかしくて使えないよ。
ああ、どうしよう!!
しばらく脱衣所で頭を抱えながら考え込んでいたがバッと顔を上げると服を脱ぎだした。
「ええい!!女は度胸よ!」
意を決してお風呂に入ることに決めたのだ。



