王宮に薬を届けに行ったなら

数日後。カザヤ様銃撃の犯人が捕まった。
二か月前まで王宮に何度か出入りしていた布商人だという。

布商人はカザヤ様の衣装の生地を取り扱おうとしていたが、すでにお抱えの商人がいるからと断られて腹を立てたという話だった。
その後、やはり王宮との正式契約には至らず、それをカザヤ様のせいだと勘違いした布商人が、復讐を企んだらしい。

「なにそれ……。ちょっと無理くり過ぎません?」

ディア薬師長の報告を聞いたマリア先輩は不審そうに眉を寄せる。他の同僚も首をかしげていた。

確かに、逆恨みとはいえ、その動機はなんだか無理やりすぎる。
しかも、ただの布商人がどうやって襲撃する暗殺者を雇えたのかしら? 商売を断られたからといって、そう簡単に一国の王を襲うとする? そこまで恨む?

あり得ないことではないだろうけど、なんだかしっくり来ない。

「でも、布商人がそう遺書を残して牢屋で死んでいたのだから仕方ないでしょう。朝議もそれで話は解決という方向で進んでいる」
「しかし、どう考えても犯人は……」

呟いた同僚をディア薬師長がキッと睨んだ。

「それ以上は慎みなさい。証拠はないの。犯人死亡でこの襲撃事件は幕を下ろしたのよ」

さぁ仕事に戻りなさい。
その一言声で、この話は強制終了となった。マリア先輩はまだ納得は行っていないようで、不満そうに口をとがらせている。

表向きは解決と言うことになったけど、カザヤ様もきっと裏ではまだ調査はしているのだろう。

それにみんなも口には出さないけれど、オウガが犯人だと思っている。

あぁ、こんなことがいつまで続くのだろうか。常にカザヤ様の身が危険なままだ。

「……カザヤ様」

そっと唇に触れる。あの時のキス以来、まだ会うことはできていない。

‘俺の気持ちは不純物ではない’
つまり……、カザヤ様も私のことを……?

そう考えると胸の奥が温かくなり、恥ずかしい反面満たされた気持ちになる。と、同時に暗い影が胸に降りる。

……でも、だからと言ってどうなるのだろう。

心を通わせたところで、カザヤ様との未来を考えるのは難しい。
私はカザヤ様に見合う身分もない。ただの平民である。隣に寄り添ってはいけない。

それでも……。

あの日のキスがとても嬉しくてたまらない。もっともっと、カザヤ様に溶けてしまいたかった。時が止まれば良いのにとすら思う。

相反する気持ちに自然とため息が漏れる。

あぁ、駄目ね。仕事中に何を考えているんだろう。集中しなければ。

首を振って大きく息を吐いて気持ちを入れ替える。
すると……。

「ラナ、お客様よ」

いつの間にか側にいたディア薬師長が、硬い声で耳打ちをしてきた。

ビックリした! いつの間に……?

気配がなかった薬師長に驚きつつ、目線で外に出ろと合図される。

何だろう……。

緊張した面持ちのディア薬師長に着いて行くと、薬師部屋の外にいたのはオウガだった。

どうして!?

低い背にでっぷりとしたお腹。油で撫でつけた髪型のせいか、実年齢よりも10歳ほどは上に見える。正直、前国王陛下にもシュウ前王妃にも似ていなかった。

「オ、オウガ様……!?」

驚きで足を止めるが、ディア薬師長に促され慌てて礼を取る。

どうしてオウガ様がこんなところに……!?

驚きと混乱で冷や汗が流れる。するとオウガはゆっくりとした歩き方で私の前に立った。

「お前がラナか。優秀な薬師と聞いている。先日は侍女が入れた毒から母を守ってくれたそうだな。礼を言うぞ」

ねっとりとした尊大な物の言い方に、嫌でもこの人は王族なのだと感じる。そう感じさせない人が側にいるから尚更だ。私はオウガの言葉にさらに深く礼をした。

「とんでもございません。当然のことをしたまでです」
「そうか。だが息子として、母の命を救ってもらった礼はしたいと思ってね。今日の夜、一緒に食事でもどうかな?」

急な提案に、今更? と思いながらその言葉を飲み込む。

「お、お食事ですか……?」
「それとも何か予定でも?」

今のところ、カザヤ様からもシュウ前王妃からもお呼びがかかってはいない。ということは、オウガの予定を優先しなければならない。

……行きたくないな。

そう思うが、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。チラッとディア薬師長を見ると、「行け」という顔で小さく頷いてきた。

仕方がないか……。

私は顔を引きつらせながらもニッコリと微笑んだ。

「ありがとうございます。光栄でございます」
「では、仕事終わりに迎えをよこそう」

ニヤッと笑うと、オウガは衛兵や侍従を従えながら帰って行った。
姿が見えなくなったところで、大きなため息をつく。すると、肩を軽くポンっと叩かれた。

「また厄介な人に目をつけられたわね。あなたはどうしてこうも王族に気に入られるのかしら」

苦笑する薬師長を涙目で睨む。

「そんなの私が聞きたいくらいですよ!」
「はいはい、まぁ頑張りなさい。ある意味羨ましいわ、あなたばかり好かれて」

当然、救いの手を差し伸べてくれるはずもなく、薬師長は戻って行った。

どうしよう……。オウガは母のお礼だなんて言っていたけれど、実際のところはどういう意図があって誘ってきているのかわからない。

カザヤ様の秘密とか弱みを話せなんて言われたらどうしよう。そう言われても、そんなの私が知るわけがないんだけど……。

考えるだけで重いため息が出る。

「どうした?」

直ぐそばで低い声がしてハッと顔を上げた。いつの間にかいたワサト隊長が首をかしげていたのだ。

「ワサト隊長様。お疲れ様でございます」
「おお。ラナ、湿布をいくつかもらえないか? もう切らしちまって」
「わかりました。今持ってきますね」

薬師室へ戻り、湿布を手にワサト隊長の元へ行く。

「サンキュ。助かった」

じゃぁと帰ろうとしたワサト隊長を咄嗟に呼び止めた。

「あの、ワサト隊長様!」
「なんだ?」

あ、どうしよう……。
呼び止めたは良いけど、こんな薬師部屋の前で「オウガ様から食事に誘われたけどどうしたらいいのか相談したい」なんてことは言えるはずがないし……。

でもせめて、私の状況は伝えておいた方がいいと強く感じていた。

それならば……。

「あの……、カザヤ様に、今日はオウガ様から夕飯に誘われているので、お薬はお届け出来ませんとお伝え願いますか? 体調がすぐれない時に申し訳ありません、と」

私の言葉にワサト隊長は片眉を上げる。

「……承知した」
「よろしくお願いいたします」

伝言という形で夜の内容を伝えると、ワサト隊長は心得てくれたようだ。ワサト隊長やカザヤ様に私の居所が伝われば、もし何かあった時もすぐに知れることになるだろう。
ホッと息を吐くと、仕事に取り掛かる。しかし身が入らないのは当然であった。


そして、シュウ前王妃からもカザヤ様からも声掛けはなく今日の仕事を終えた。

荷物をまとめて薬師室を出ると、話していた通り、少し離れたところにオウガの従者が立っている。

いつから待っていたのだろう。帰りに迎えをよこすなんて言っていたけど、この従者の顔は少し疲れており私を見ると心なしかホッとしている。

長い間待っていたのかしら? もしかして、逃げないようにずっと監視していたのでは……。
まさか、そこまでするばずがないわよね。

悪い方に疑う自分に苦笑するが、そんな疑念がよぎってしまった。

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

促されるまま、後をついていく。

オウガの塔は王宮中心部からは少し離れている北側の塔だ。外観や塔周辺はあまり手入れされていないが、一歩入った塔の中は、金や銀の装飾があちらこちらに施されてきらびやかだ。高そうな壺や絵画もあちらこちらに飾ってある。

そして極めつけは、大階段の先にあるオウガ様の自画像だ。
自画像は本人よりもやや細身で男前に書いてあった。パッと見で、その絵がオウガ様と認識しずらい。

「……」

顔が引きつってしまったのは許してほしい。

異母兄弟と言えど、ここまで間逆なものなのかしら。

カザヤ様の塔はシンプルで質素だったし、シュウ前王妃の塔もここまで飾られてはいない。

外と中の様子があまりにも違うため呆気にとられた。

「こちらの食堂でお待ちでございます」

ノックをして扉を開けると、テーブルには豪勢な食事が至る所に置かれ、その先でオウガがニコニコと笑顔で座っていた。

内心ため息をつきながら、私は恭しく礼をとる。

「お待たせして申し訳ありませんでした」
「あぁ、いいよ。さぁ座りたまえ」

長方形のテーブルの先と先に分かれて座る。隣り合う状態ではなくてよかったとこっそり安堵した。席に座っていると、グラスに飲み物を注がれ、給仕たちが忙しく動き回り目の前に食事を出してくれた。

「さぁ、たくさん召し上がれ。母のために命を懸けてくれた薬師に心ばかりの礼だ」
「ありがとうございます」

命を懸けたなどとは大げさだが、ここで断るのは不敬に当たる。

食べなきゃだよね……。

躊躇いが出てしまうのは私がオウガに良い感情を持っていないせいなんだけど……。

私はゆっくり少しずつ食べていくことにした。
こんなにおいしそうな料理に毒が入っているかもしれないなんて、思っていても微塵も顔にも出してはいけないことだ。

しかし用心するに越したことはない。

なにせ、オウガは私がカザヤ様と親しくしているのを知っているはずなのだから……。

しかし私の思いは杞憂に終わった。どの食事も飲み物も毒など入っておらず、とても美味しいものばかりだったのだ。

やはり考えすぎだったのかな……。

「とても美味しかったです。ありがとうございました」
「いいんだよ。ラナに喜んでもらえたなら良かった。兄上とはこうした食事はとらないのかい?」

にこやかにサラッと聞かれ、私は一瞬言葉を理解するのに時間がかかった。

「え……」
「兄上と頻繁に会っているんだろう? こうして食事をとったりするのかい?」
「あ……、いえ……」
「そうか、じゃぁ兄上とは体だけの関係なのかい?」

体だけの関係!?

言われた言葉にぎょっとする。オウガは笑顔のまま世間話をするかのように聞いてくるが、しかしその目は笑っていない。

「ち、違います。カザヤ様とは時々お話をさせていただくだけで別に……」
「そうか。じゃぁ兄上の片思いなのかな?」
「片思い!? いえ、私たちはそんな関係ではないですから!」

冷や汗が出てくる。動揺したところで、給仕が飲み物を運んでくれた。落ち着かせるようにそれを掴んでグイっと飲んだ。

「!?」

しまった!

そう思った時は、口の中に違和感が残っていた。ぐらりとめまいが起こる。強い眠気に唇を噛んだ。

即効性が強い……!

警戒心なく飲んだ飲み物の中に、睡眠薬を入れられたのだろう。
咄嗟にテーブルに手をつくと、飲んだ飲み物が倒れて床にこぼれた。

「兄上には何をしてもかなわない。上手くいかないんだ。何度も刺客を送ってやったのにね。でも俺はどうしてもあの綺麗な顔が絶望に歪むところが見たくてたまらない」

オウガは笑いながら一歩一歩、私の方に歩いてくる。めまいと眠気に意識がもうろうとしてくる私はそれでもオウガの言葉に耳を傾けた。

「刺客……?」

ではやはり、オウガがあの襲撃を指示していたのか。

「何度も何度も送ったんだよ。料理に毒も仕込んだ。でもあいつは結構しぶとくてね。病弱だからいつか死ぬと油断していた俺がバカだったよ。いつの間にか健康になっていて……、いや健康だったのを隠していたのかな? 全く、こんなことになるならもっと早くに消しておけばよかったよ」

肩をすくめて苦笑するオウガの瞳は狂気に満ちていた。まともな精神ではない。

オウガは次期国王に自分がなると思っていた。カザヤ様はいつか死ぬのだからと。その目論見が外れ、今こうして焦っているのだろう。

カザヤ様がとにかく邪魔で、どうにかして殺したくてたまらない。それしか考えられなくなっている。

狂ってるわ。

国のため、国民のために国王になりたいのではない。ただただ、カザヤ様がいなくなればいいとそれだけしか考えていないのね。

「いつか必ずあいつを亡き者にする。けど、先にあいつが大切にしている者を壊すのも良いと思ってな」
「壊す……」
「本当はこの前の襲撃事件の時に、どさくさに紛れてお前も消そうと思ったんだけど、お前はなぜか母上の塔に泊まっていた。あそこは俺でも手出しは出来ないからな。命拾いしたな」

椅子から崩れ落ちる私に、オウガはしゃがみ込んでにやにやと笑っている。

あぁ、もう力が入らない。意識が飛びそう。眠らないように手に力を入れるが、その力も入らなくなってくる。どうしよう……、カザヤ様……。

言葉にならずに名前を呼ぶ。そうして私の意識はそこで途絶えた。