王宮の薬師として勤めて3年。
私、ラナ・カーロンスはこの状況を理解しようと必死だった。
どうしたらいいの? 一晩ここで過ごすなんて無理!
そう何度も思うが言葉に出す勇気はない。
だってここは王宮の第一王子カザヤ様の居室。目の前には、端正な美しい顔を私に向けたカザヤ様が意味ありげに微笑んでいるのだ。
今すぐに逃げ出したい。
しかし、それは叶わない。
一人、この状況に戸惑っていると、カザヤ様は微笑みながら私の隣に腰かけた。
近い……!
「ラナ、風呂が沸いているから今のうちに入れ」
「お、お風呂!? ですか!?」
ビクッと肩を震わす私に、カザヤ様はニヤッと笑う。
「あぁ、夜はまだまだ長いからな……」
そう言いながら私にそっと近づいた。
――――
時は遡ること数時間前。
「ラナ、消毒液の補充をしておいてくれる? 明日、騎士団の訓練に必要だから」
「わかりました」
薬師部屋で薬の調合をしていると、先輩のマリアがそう声をかけてきた。
私は頷き席を立ち、薬品保管庫で個数を確認しながら消毒液を補充する。
「あ、ガーゼも多めに用意しておこう。在庫は……」
ブツブツと呟きながら棚を確認した。
薬品や消毒液の香りがする。嗅ぎ慣れたその香りはどこかホッとする。
ここは王宮直属の薬師部屋。王宮内全てにおいての薬の調合はここで行っている。
王宮医師から指示された薬の調合だけでなく、王族や使用人、騎士らの怪我や病気の看護も仕事として含まれているから、薬師と看護の両方を担っている部分が大きい。
私、ラナ・カーロンスはこの王宮薬師室に勤めて三年になる若手の薬師だ。
保管庫から戻った私に、マリア先輩は首を傾げて時計を指す。
「そういえばラナ。そろそろカザヤ王子のところへ薬を届けに行く時間じゃないの?」
「えっ、もうそんな時間!?」
時計を見て私は顔色を変える。在庫チェックに集中しすぎてたようだ。マリア先輩は薬の入った籠を手渡してきた。
「遅刻なんて許されないわよ。急いで」
「はい! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
慌てて部屋を飛び出した。
薬師部屋は王宮の敷地内にあるが、カザヤ王子がいる王宮の中心部までは距離がある。
つまり、急がないといけない。
後ろで一つに束ねた長く淡い茶色の髪を揺らしながら小走りで進む。
「こんにちは。カザヤ王子にいつものお薬です」
「こんにちは、ラナ」
衛兵らに挨拶をしながら通行許可証を見せ、宮殿の奥へ奥へと向かう。進むにつれ、私のような一般の使用人はほぼいない。王室専属の使用人ばかりである。
そして当然、警備は手厚くなっていく。
それも当然だ。私が向かっているのは第一王子、カザヤ様の居室だから。
我が国王子のカザヤ様は御年24歳。
産まれつき体が弱く寝付いてばかりで、王宮医師がいうにはこの年までよく生きられたものだという。
体が弱いので公務も出ることはほぼなく、そのお姿を見たことがある人は少ない。
国民なんてカザヤ様については、ほぼ都市伝説と化していると聞いたことがあるほどだ。
実際私も就職するまでカザヤ様を見たことがなかった。
現在の薬師の中にも、その姿を直接見たことがある人はあまりいないだろう。
しかし私は一年前から、一週間に一度カザヤ様にお薬を届けに行っていた。
カザヤ様の寝室に直接お届けに行くので、この任を任されているのは私だけ。前任薬師が引退するときにその任を授かったのだ。
どうして私が、と驚いたが薬師試験や王宮使用人試験にトップで合格したからだと言う。
そして勤勉で真面目な所を評価されたらしい。
結果が王子様付き薬師。
私じゃなくても他にも能力のある薬師はたくさんいる。しかし、選ばれたのはなぜか私。
私なんかで良いのだろうか……。
戸惑ったが、この名誉ある仕事が好きだったし、胸を張って仕事ができている。
「良かった、間に合いそう」
階段を上り下りして、王宮の奥までやってくる。
王族のプライベートな部分まで行ける使用人なんてごくわずかだ。そのなかに、こんな若輩の自分が選ばれたことが光栄である。
本当……、そもそもこんな私が王宮で働いていること自体が奇跡なのにね。
「ついた」
乱れる息を整えるように、カザヤ様の前の居室で一度深呼吸をする。扉の前の衛兵がチラッと一瞥した。
ニコッと愛想笑いをしてもう一度息を吐く。
寝付いている王子とはいえ、やはり毎回緊張するんだよね。
そしてゆっくり扉を二回叩く。
「ラナでございます」
「どうぞ」
中から弱々しく小さい声で返事があった。声からして、今日も大きなお変わりはなさそうだ。
「カザヤ様、失礼いたします」
中に入り一礼をした。
面会時は居室の扉は開け放ったままが決まりだ。
だから扉は閉めず、入り口から衛兵がジッとこちらを見つめている。
仕方ないこととはいえ、正直少々気まずい。
「あぁ、ラナか……。もうそんな時間だったんだね。いつもすまない」
カザヤ様はベッドの布団に入りながら顔だけ出している。その顔色を確かめて少しばかり眉が寄った。
声は変わりなかったが……。今日も青白い顔……。
呼吸は浅く、額にはしっとりと汗がにじんでいる。
ベッドの足元まで行き、そっと顔を覗き込んだ。
「カザヤ様、お熱がありますか? 汗をかいてますね。どこかお苦しいですか?」
私の心配にカザヤ様は優しく微笑んだ。
「大丈夫、熱はない。苦しくもないよ」
「そうですか……。それならよろしいのですが……」
うーん、熱がないなら様子見かな。
「心配してくれてありがとう。ラナは真面目だね。でもそこにいつも助かっているよ」
苦笑したカザヤ様はどこか疲れたようにふぅと息を吐いた。
「薬はそこに置いといてくれないか」
「承知いたしました」
頷いて薬をベッドサイドのテーブルに置くと、カザヤ様は満足そうに頷いた。
カザヤ様はこうして薬を届けに行くと、いつも布団から顔だけを出して横になっている。
カザヤ様はお顔がとても整っている美しい王子だ。
知的そうな瞳に、通った鼻筋、赤い唇は半分開かれそれがまた色っぽい。黒くつやつやした髪は、寝ているせいか乱れていた。
不謹慎だけど、病気で横になっているだけなのに色気が漂っていて、いつも目の置き場に困るのよね。
「ラナの痛み止めと湿布薬はよく聞くから助かるよ」
「それは良かったです。お体の痛みはどうですか?」
カザヤ様はいつも布団に寝てばかりいるので、体のあちこちが痛むのだという。
そのため、痛み止めと湿布薬で痛みを和らいでいるのだとカザヤ様専属の医師から説明を受けていた。
「だいぶいいよ。ラナのお陰だ」
「滅相もございません。では、また来週きますね」
そう言って離れようとすると、布団から手が伸びて私の腕を掴んだ。
「え……」
そのしっかりとした強さにドキッとする。
「カ、カザヤ様?」
「ラナ、テーブルの上にある物……。取ってくれないか?」
「これですか?」
テーブルの上を見ると、小さな箱が置いてあった。
「それは、君にプレゼントだ」
「私に……?」
目線で促されるまま箱を開けると、シルバーの羽の形に小さな赤い宝石が埋め込まれた髪飾りが入っていた。
光に当たるとキラキラ輝いてとても綺麗で思わず見惚れてしまう。
「綺麗……」
「君にはいつもお世話になっているからお礼。バルガに見繕ってもらった中から、君に似合いそうな物を選んだんだ」
「えぇ!?」
バルガというのはカザヤ様の第一従者。眼鏡をかけ、若いのに気難しそうな顔をしている。
そのバルガと選んでくれたのか。
体調が良くないのに、私なんかのために選んでくれたなんて……。こんなに素敵な贈り物を……!
胸が熱くなり、感動してしまう。
「あの……、本当にいただいてよろしいのですか?」
「あぁ。使ってくれると嬉しい」
「ありがとうございます! 大切にします!」
嬉しさから声が上ずる。満面の笑みの私にカザヤ様はフフっと微笑んだ。
「僕は女性が喜ぶものが良くわからないけど、気に入ってもらえたなら良かった」
「とても嬉しいです! 綺麗で可愛いし、一目で気に入りました。素敵な物をありがとうございます」
私に似合いそうなものを選んでくれたなんて、なんて優しい人なんだろう。
こんなただの薬師にまで気にかけてくれるなんて……。
感動して胸が苦しくなったが、嬉しくて微笑むとカザヤ様も笑顔を返してくれた。
「では、失礼いたします」
一礼してカザヤ様の部屋から退出しようとした時、カザヤ様はベッドの中から手を振って見送ってくれた。
それに笑顔を返しながら来た道を戻る。
「ふふふ〜」
もう、嬉しすぎて踊り出しそう!
高価そうな物を貰えたからではない。体調が悪い中、私のためにわざわざ選んでくれたということが嬉しいのだ。
これは一生の家宝ね。
スキップしたくなる気持ちを抑えながら歩いていると、廊下の奥からバルガがやってきた。
足を止めて報告をする。
「バルガ様。いつも通りカザヤ様のお薬をお届け致しました」
「ご苦労」
バルガは無表情のまま一言言うと、横を通り過ぎようとした。それを思わず呼び止める。
「バルガ様! あの、あとこれ……。カザヤ様から髪飾りをいただきました。バルガ様と見繕ってくださったとか。ありがとうございます」
「髪飾り……?」
はて? と、バルガは私の手の中の髪飾りを見て納得したかのように頷いた。
「あぁ、なるほど……。そういうことか。いいえ、どういたしまして」
その不自然な感じに内心首を傾げる。
なんだろう? 私何か変なことでも言ったかしら?
バルガがそれ以上言わなかったため、私もそれ以上は聞けずに薬師室へ戻った。
自分のデスクへ戻ると、もらった髪飾りを眺める。
シンプルな作りだが、模様など繊細でとても手の込んだ物だとわかる。
「綺麗……」
カザヤ様に直々にいただいたこの髪飾り……付けるのがもったいないくらい。
「カザヤ様の具合はどうだった?」
髪飾りを箱にそっとしまってから大切に鞄へ入れると、マリア先輩が声をかけてきた。
「いつも通りです。顔色は先週よりは多少いいかなって感じですけど、今日もベッドの中でした。その旨、日誌に記入しておきますね」
「そう……。相変わらず体調が悪いのね。カザヤ王子も今年24歳。ここまでもったのも奇跡と言われているくらいだしね」
一見、マリア先輩の言い方は不敬にも当たりそうだが、これは王宮内ではよく噂されていることだった。
幼いころから体が弱く、外にも出られないカザヤ様はいつも寝たきりだった。専属医師の話だと、いつどうなってもおかしくはない状態ではあるらしい。
第一王子がこの状態だもの。マリア先輩がそう思うのは仕方がない。
「そうですね……。一進一退と言うか……。あぁ、でもカザヤ様はとてもお優しいんですよ! 今日も私なんかに髪飾りをくださったんです」
「そうなの!? 良かったわね! カザヤ様って優しいんだ。大切にしないとね」
「はい!」
「私なんか先日、オウガ様が紙で指を切っただけで大騒ぎ。医師には『手当しろ』って怒鳴って、私には『薬が効かなかったらただじゃおかないぞ』って脅されたわ」
マリア先輩はうんざりしたように肩をすくめた。
オウガ様のそういった物言いはいつもの通り。薬は効くから何もされないが、対応した方は大変だったに違いない。
第二王子のオウガ様はなかなかの強欲な性格で、人のものや手柄は自分のもの。さらに使用人への態度も横柄で酷く、こき使うのも激しい。
裏ではオウガ様が国王になったら国は亡びるのではと噂されているほどだ。しかし、そのオウガ様が次期国王陛下候補である。
だって、カザヤ様は国王にはなれないもの……。
「国王陛下も最近体調を崩して寝付いているし、もう長くはないと言われているわ。これでもしオウガ様が国王就任したら……」
マリア先輩は声には出さずに口だけで「最悪」と動かした。
カザヤ様はいつどうなるかわからない状態。次期国王就任は難しいだろう。
すると、この時点で、オウガ様の次期国王就任はほぼ決まりだ。そうなるとこの国の行く末はどうなるのか。考えただけでも頭が痛くなってくる。
私、長く王宮で働けるかしら……。少しのミスでクビにされるかも。いや、クビならまだいい方?
思わずブルッと身震いをする。
「あの……、陛下のお加減はいかがなんですか?」
「もうご高齢だし長くはもたないようよ。今は王宮医師団と薬師長がつきっきりで看病しているけど、もう時間の問題みたいね。オウガ様は自分の就任まであとわずかだと、あちらこちらで威張り散らしているわ」
声を潜めたマリア先輩に、ですよね、と私も頷く。これも王宮内では噂されていることだ。
「あぁ~、早く結婚して辞めたーい」
マリア先輩は笑いながらそう言った。
結婚か……。
その時なぜか、カザヤ様の顔が頭に浮かんだ。
私、ラナ・カーロンスはこの状況を理解しようと必死だった。
どうしたらいいの? 一晩ここで過ごすなんて無理!
そう何度も思うが言葉に出す勇気はない。
だってここは王宮の第一王子カザヤ様の居室。目の前には、端正な美しい顔を私に向けたカザヤ様が意味ありげに微笑んでいるのだ。
今すぐに逃げ出したい。
しかし、それは叶わない。
一人、この状況に戸惑っていると、カザヤ様は微笑みながら私の隣に腰かけた。
近い……!
「ラナ、風呂が沸いているから今のうちに入れ」
「お、お風呂!? ですか!?」
ビクッと肩を震わす私に、カザヤ様はニヤッと笑う。
「あぁ、夜はまだまだ長いからな……」
そう言いながら私にそっと近づいた。
――――
時は遡ること数時間前。
「ラナ、消毒液の補充をしておいてくれる? 明日、騎士団の訓練に必要だから」
「わかりました」
薬師部屋で薬の調合をしていると、先輩のマリアがそう声をかけてきた。
私は頷き席を立ち、薬品保管庫で個数を確認しながら消毒液を補充する。
「あ、ガーゼも多めに用意しておこう。在庫は……」
ブツブツと呟きながら棚を確認した。
薬品や消毒液の香りがする。嗅ぎ慣れたその香りはどこかホッとする。
ここは王宮直属の薬師部屋。王宮内全てにおいての薬の調合はここで行っている。
王宮医師から指示された薬の調合だけでなく、王族や使用人、騎士らの怪我や病気の看護も仕事として含まれているから、薬師と看護の両方を担っている部分が大きい。
私、ラナ・カーロンスはこの王宮薬師室に勤めて三年になる若手の薬師だ。
保管庫から戻った私に、マリア先輩は首を傾げて時計を指す。
「そういえばラナ。そろそろカザヤ王子のところへ薬を届けに行く時間じゃないの?」
「えっ、もうそんな時間!?」
時計を見て私は顔色を変える。在庫チェックに集中しすぎてたようだ。マリア先輩は薬の入った籠を手渡してきた。
「遅刻なんて許されないわよ。急いで」
「はい! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
慌てて部屋を飛び出した。
薬師部屋は王宮の敷地内にあるが、カザヤ王子がいる王宮の中心部までは距離がある。
つまり、急がないといけない。
後ろで一つに束ねた長く淡い茶色の髪を揺らしながら小走りで進む。
「こんにちは。カザヤ王子にいつものお薬です」
「こんにちは、ラナ」
衛兵らに挨拶をしながら通行許可証を見せ、宮殿の奥へ奥へと向かう。進むにつれ、私のような一般の使用人はほぼいない。王室専属の使用人ばかりである。
そして当然、警備は手厚くなっていく。
それも当然だ。私が向かっているのは第一王子、カザヤ様の居室だから。
我が国王子のカザヤ様は御年24歳。
産まれつき体が弱く寝付いてばかりで、王宮医師がいうにはこの年までよく生きられたものだという。
体が弱いので公務も出ることはほぼなく、そのお姿を見たことがある人は少ない。
国民なんてカザヤ様については、ほぼ都市伝説と化していると聞いたことがあるほどだ。
実際私も就職するまでカザヤ様を見たことがなかった。
現在の薬師の中にも、その姿を直接見たことがある人はあまりいないだろう。
しかし私は一年前から、一週間に一度カザヤ様にお薬を届けに行っていた。
カザヤ様の寝室に直接お届けに行くので、この任を任されているのは私だけ。前任薬師が引退するときにその任を授かったのだ。
どうして私が、と驚いたが薬師試験や王宮使用人試験にトップで合格したからだと言う。
そして勤勉で真面目な所を評価されたらしい。
結果が王子様付き薬師。
私じゃなくても他にも能力のある薬師はたくさんいる。しかし、選ばれたのはなぜか私。
私なんかで良いのだろうか……。
戸惑ったが、この名誉ある仕事が好きだったし、胸を張って仕事ができている。
「良かった、間に合いそう」
階段を上り下りして、王宮の奥までやってくる。
王族のプライベートな部分まで行ける使用人なんてごくわずかだ。そのなかに、こんな若輩の自分が選ばれたことが光栄である。
本当……、そもそもこんな私が王宮で働いていること自体が奇跡なのにね。
「ついた」
乱れる息を整えるように、カザヤ様の前の居室で一度深呼吸をする。扉の前の衛兵がチラッと一瞥した。
ニコッと愛想笑いをしてもう一度息を吐く。
寝付いている王子とはいえ、やはり毎回緊張するんだよね。
そしてゆっくり扉を二回叩く。
「ラナでございます」
「どうぞ」
中から弱々しく小さい声で返事があった。声からして、今日も大きなお変わりはなさそうだ。
「カザヤ様、失礼いたします」
中に入り一礼をした。
面会時は居室の扉は開け放ったままが決まりだ。
だから扉は閉めず、入り口から衛兵がジッとこちらを見つめている。
仕方ないこととはいえ、正直少々気まずい。
「あぁ、ラナか……。もうそんな時間だったんだね。いつもすまない」
カザヤ様はベッドの布団に入りながら顔だけ出している。その顔色を確かめて少しばかり眉が寄った。
声は変わりなかったが……。今日も青白い顔……。
呼吸は浅く、額にはしっとりと汗がにじんでいる。
ベッドの足元まで行き、そっと顔を覗き込んだ。
「カザヤ様、お熱がありますか? 汗をかいてますね。どこかお苦しいですか?」
私の心配にカザヤ様は優しく微笑んだ。
「大丈夫、熱はない。苦しくもないよ」
「そうですか……。それならよろしいのですが……」
うーん、熱がないなら様子見かな。
「心配してくれてありがとう。ラナは真面目だね。でもそこにいつも助かっているよ」
苦笑したカザヤ様はどこか疲れたようにふぅと息を吐いた。
「薬はそこに置いといてくれないか」
「承知いたしました」
頷いて薬をベッドサイドのテーブルに置くと、カザヤ様は満足そうに頷いた。
カザヤ様はこうして薬を届けに行くと、いつも布団から顔だけを出して横になっている。
カザヤ様はお顔がとても整っている美しい王子だ。
知的そうな瞳に、通った鼻筋、赤い唇は半分開かれそれがまた色っぽい。黒くつやつやした髪は、寝ているせいか乱れていた。
不謹慎だけど、病気で横になっているだけなのに色気が漂っていて、いつも目の置き場に困るのよね。
「ラナの痛み止めと湿布薬はよく聞くから助かるよ」
「それは良かったです。お体の痛みはどうですか?」
カザヤ様はいつも布団に寝てばかりいるので、体のあちこちが痛むのだという。
そのため、痛み止めと湿布薬で痛みを和らいでいるのだとカザヤ様専属の医師から説明を受けていた。
「だいぶいいよ。ラナのお陰だ」
「滅相もございません。では、また来週きますね」
そう言って離れようとすると、布団から手が伸びて私の腕を掴んだ。
「え……」
そのしっかりとした強さにドキッとする。
「カ、カザヤ様?」
「ラナ、テーブルの上にある物……。取ってくれないか?」
「これですか?」
テーブルの上を見ると、小さな箱が置いてあった。
「それは、君にプレゼントだ」
「私に……?」
目線で促されるまま箱を開けると、シルバーの羽の形に小さな赤い宝石が埋め込まれた髪飾りが入っていた。
光に当たるとキラキラ輝いてとても綺麗で思わず見惚れてしまう。
「綺麗……」
「君にはいつもお世話になっているからお礼。バルガに見繕ってもらった中から、君に似合いそうな物を選んだんだ」
「えぇ!?」
バルガというのはカザヤ様の第一従者。眼鏡をかけ、若いのに気難しそうな顔をしている。
そのバルガと選んでくれたのか。
体調が良くないのに、私なんかのために選んでくれたなんて……。こんなに素敵な贈り物を……!
胸が熱くなり、感動してしまう。
「あの……、本当にいただいてよろしいのですか?」
「あぁ。使ってくれると嬉しい」
「ありがとうございます! 大切にします!」
嬉しさから声が上ずる。満面の笑みの私にカザヤ様はフフっと微笑んだ。
「僕は女性が喜ぶものが良くわからないけど、気に入ってもらえたなら良かった」
「とても嬉しいです! 綺麗で可愛いし、一目で気に入りました。素敵な物をありがとうございます」
私に似合いそうなものを選んでくれたなんて、なんて優しい人なんだろう。
こんなただの薬師にまで気にかけてくれるなんて……。
感動して胸が苦しくなったが、嬉しくて微笑むとカザヤ様も笑顔を返してくれた。
「では、失礼いたします」
一礼してカザヤ様の部屋から退出しようとした時、カザヤ様はベッドの中から手を振って見送ってくれた。
それに笑顔を返しながら来た道を戻る。
「ふふふ〜」
もう、嬉しすぎて踊り出しそう!
高価そうな物を貰えたからではない。体調が悪い中、私のためにわざわざ選んでくれたということが嬉しいのだ。
これは一生の家宝ね。
スキップしたくなる気持ちを抑えながら歩いていると、廊下の奥からバルガがやってきた。
足を止めて報告をする。
「バルガ様。いつも通りカザヤ様のお薬をお届け致しました」
「ご苦労」
バルガは無表情のまま一言言うと、横を通り過ぎようとした。それを思わず呼び止める。
「バルガ様! あの、あとこれ……。カザヤ様から髪飾りをいただきました。バルガ様と見繕ってくださったとか。ありがとうございます」
「髪飾り……?」
はて? と、バルガは私の手の中の髪飾りを見て納得したかのように頷いた。
「あぁ、なるほど……。そういうことか。いいえ、どういたしまして」
その不自然な感じに内心首を傾げる。
なんだろう? 私何か変なことでも言ったかしら?
バルガがそれ以上言わなかったため、私もそれ以上は聞けずに薬師室へ戻った。
自分のデスクへ戻ると、もらった髪飾りを眺める。
シンプルな作りだが、模様など繊細でとても手の込んだ物だとわかる。
「綺麗……」
カザヤ様に直々にいただいたこの髪飾り……付けるのがもったいないくらい。
「カザヤ様の具合はどうだった?」
髪飾りを箱にそっとしまってから大切に鞄へ入れると、マリア先輩が声をかけてきた。
「いつも通りです。顔色は先週よりは多少いいかなって感じですけど、今日もベッドの中でした。その旨、日誌に記入しておきますね」
「そう……。相変わらず体調が悪いのね。カザヤ王子も今年24歳。ここまでもったのも奇跡と言われているくらいだしね」
一見、マリア先輩の言い方は不敬にも当たりそうだが、これは王宮内ではよく噂されていることだった。
幼いころから体が弱く、外にも出られないカザヤ様はいつも寝たきりだった。専属医師の話だと、いつどうなってもおかしくはない状態ではあるらしい。
第一王子がこの状態だもの。マリア先輩がそう思うのは仕方がない。
「そうですね……。一進一退と言うか……。あぁ、でもカザヤ様はとてもお優しいんですよ! 今日も私なんかに髪飾りをくださったんです」
「そうなの!? 良かったわね! カザヤ様って優しいんだ。大切にしないとね」
「はい!」
「私なんか先日、オウガ様が紙で指を切っただけで大騒ぎ。医師には『手当しろ』って怒鳴って、私には『薬が効かなかったらただじゃおかないぞ』って脅されたわ」
マリア先輩はうんざりしたように肩をすくめた。
オウガ様のそういった物言いはいつもの通り。薬は効くから何もされないが、対応した方は大変だったに違いない。
第二王子のオウガ様はなかなかの強欲な性格で、人のものや手柄は自分のもの。さらに使用人への態度も横柄で酷く、こき使うのも激しい。
裏ではオウガ様が国王になったら国は亡びるのではと噂されているほどだ。しかし、そのオウガ様が次期国王陛下候補である。
だって、カザヤ様は国王にはなれないもの……。
「国王陛下も最近体調を崩して寝付いているし、もう長くはないと言われているわ。これでもしオウガ様が国王就任したら……」
マリア先輩は声には出さずに口だけで「最悪」と動かした。
カザヤ様はいつどうなるかわからない状態。次期国王就任は難しいだろう。
すると、この時点で、オウガ様の次期国王就任はほぼ決まりだ。そうなるとこの国の行く末はどうなるのか。考えただけでも頭が痛くなってくる。
私、長く王宮で働けるかしら……。少しのミスでクビにされるかも。いや、クビならまだいい方?
思わずブルッと身震いをする。
「あの……、陛下のお加減はいかがなんですか?」
「もうご高齢だし長くはもたないようよ。今は王宮医師団と薬師長がつきっきりで看病しているけど、もう時間の問題みたいね。オウガ様は自分の就任まであとわずかだと、あちらこちらで威張り散らしているわ」
声を潜めたマリア先輩に、ですよね、と私も頷く。これも王宮内では噂されていることだ。
「あぁ~、早く結婚して辞めたーい」
マリア先輩は笑いながらそう言った。
結婚か……。
その時なぜか、カザヤ様の顔が頭に浮かんだ。



