「実はさー…彼女と別れたんだよね」
仕事の愚痴を言い合って、気持ちよく酔い始めてきた時。
何の前触れもなく、突然岩本がそう言い放った。
「、えっ⁉︎」
口に入れた枝豆が喉に詰まりそうになり、慌ててピーチウーロンを流し込む。
「、それほんと?」
「ほんとだよ」
「冗談じゃなくて?」
「こんな冗談言わねーよ」
岩本が苦笑いする。
「成瀬には、一応報告しとこうかなぁと思って」
「…そっか、」
岩本はそれ以上自分から何か言おうとはしなくて、私もなんて言ったらいいか分からない。
でも、
「……なんで?」
やっぱり理由は気になる。
「順調だと思ってた」
「んーまぁそうだったんだけど……いや、違うかな」
「違う?」
「喧嘩はしてないけど、それが良い関係だからってわけではないっていうか」
「うん」
「なんか、気持ちがなくなっていっちゃったんだよね…俺の方が。ただ一緒にいるって感じで」
「…そうだったんだ」
岩本の返答に驚いた。
飲みに行く時、ちょくちょく話聞いてたけど、全然そんな素振り見せなかったのに。
「じゃあ、岩本から別れようって言ったの?」
「うん」
「彼女は、納得したの?」
「うんまぁ…。1ヶ月くらいかかったけど、最終的には納得してくれた」
「そっか」
なんだか、しんみりした空気になる。
どうしようかと、グラスに口をつけながら考えていると、
「ま、てことで、フリーになりましたって報告でした!」
岩本が切り替えるように言った。
「仲間だね」
「よろしくな」
「はいはい」
岩本が彼女と別れてフリーになった、か。
その事実を改めて噛み締める。
これって……チャンス到来、なのかな?
今日、わざわざ私に報告してきたって、何かしら意味があったり…?
つい、自分に都合のいいほうに考えてしまいそうになる。
「そんで、」
岩本がだし巻き玉子を取りながら、私に目をやった。
「成瀬はどうなの、最近」
岩本の問いかけにドキッとする。
「え、私?」
「なんかないの?」
「、な、なんもないよ」
「好きな人とかもできてないの?」
「そんな、簡単にできるもんじゃないんだから」
「ふーん」
興味があるのかないのか、よく分からない相槌。
こっちは気持ちがバレないように必死だというのに。
でも…。
もう、少しくらいバレてもいいのかな。
フリーになったってことは、恋愛対象として見てもらえる可能性が出てきたってことでいい?
様子を伺おうと顔を上げると、向かいの岩本とパチッと目が合った。
まさか目が合うと思わなくて、心臓がドクンと跳ねる。
「、ん?」
「いや」
誤魔化すように首を横に振る岩本。
今、絶対私のこと見てたよね?
これって、もしかして、もしかするかも…?
胸の中に期待が膨らんでいく。
じーっと岩本を見つめ続けてると、
「あー……」
「ここに、ソースついてる」
え…⁉︎
慌ててウェットティッシュを手に取ると、「うそうそ、冗談だよ」と岩本は言った。
口元を拭こうとしていた手が止まる。
「……」
なに、この気持ち。
期待が一気に萎んで、変わりにモヤモヤが広がる。
私は黙ったまま、手の中のウェットティッシュをギュッと握り締めた。
「あ…いやごめん、違くて」
「…なにが?」
「だからそういうつもりじゃなくてさ」
「じゃあ…どういうつもり?」
「いや、えーっと」
口ごもる岩本。
「……。彼女、岩本と別れて正解だね」
「は、ひどっ、まだ傷心中なんだからそんなこと言うなよ」
「岩本が振ったくせに」
「振る側だって辛いんだよ」
「知らないよそんなの」
口が止まらなかった。
こんなこと言いたいわけじゃない。
普段ならここまで言い返したりしない。
でも、今、このタイミングでいじられたことが無性に悲しくて辛くて。
そんな気持ちをどっかにやってしまいたくて、ひどい言葉ばかりが溢れ出た。
……可愛くない、私。
こんなんじゃ、恋愛対象になんてなれるわけない。
岩本も、さすがに驚いたのか、黙り込んでる。
「……ごめん、ちょっと酔ったかも」
私は、トイレ行ってくる、と言って席を立った。
トイレに逃げ込み、洗面台の前で座り込む。
「もう最悪……」
何やってんだろう。
自分が期待していたことと違うからって、こんな八つ当たりみたいな…。
ちゃんと謝らないと。
少しして気持ちが落ち着いてきた私は、立ち上がってトイレを出た。
席に戻ると、岩本がパッと顔を上げる。
「あ…おかえり。水もらったよ」
私を気遣うような声。
……なんだかんだ優しいんだ、岩本は。
「ありがとう、」
受け取って一口飲むと、スーッと体に染み渡る。
「岩本、さっきはごめん…言いすぎた」
私はぺこりと頭を下げて謝った。
「いやー、ちょっと傷ついたな」
「ごめん…」
「まぁでも俺のせいだし」
「いや、そんなこと」
「ううん、俺のせい。だからおあいこってことで、今日は割り勘な?」
岩本がニッと笑った。
「…うん」
岩本の優しさに、心の中でもう一度、ありがとうと言った。
・
その日の帰り、私はある決意をした。
このままだと、岩本と普通に話すことすら難しくなるかもしれない。
岩本とは変わらず、一番仲の良い同期でいたい。
たとえこの恋が叶わなくても。
だから、早くこの片想いを終わらせた方がいい。
そのために…。
告白する。
4月1日。エイプリルフールの日に。
どうせ振られるんだから、その日に告白してもいいよね?
それくらい許して。
振られたら、嘘でしたー!って言えるし、そしたら、気まずくならず、今まで通り同期でいられるよね?



