結婚式の夜、シュゼットは巨大なベッドの前に立っていた。

 ここは国王と王妃の寝室だ。
 ビロードの天蓋や鳥の彫刻をほどこされたサイドテーブル、金の椅子などどれもきらびやかで、屋根裏暮らしが長かったシュゼットは落ち着かない。

 湯あみを終えた体は、メグが刷り込んでくれた香油のおかげで花の匂いがする。
 長い髪を丁寧にとかされたのも、リボンを引けばするりと脱げるネグリジェを着せられたのも眠るためではない。

 これからやってくる初夜のためだ。

「ここに国王陛下がいらっしゃるのですね……」

 式で見たアンドレの姿を思い出してシュゼットは胸を熱くした。
 心臓の上に手のひらを当てると、ドキドキと弾む鼓動が伝わってくる。

(前に陛下にお会いしたときは、こんな風にならなかったのに)

 年に数度ある面会や婚儀の打ち合わせでは、シュゼットは必ずベールを被っていた。
 アンドレは薄布をへだてた向こう側にいて、夫婦になると言われても現実感がなかった。

 本当に結婚するんだと実感したのは、婚儀の最中。
 マリアベールを彼の手でめくられて、アンドレの顔をじかに見たときだった。

 思えば、年頃になってから男性の顔を近くで見たのは初めてだ。

 少し眉をひそめて見つめてきた彼の、アメジストのような紫の瞳が揺らぐ様に、シュゼットは心を打ちぬかれた。
 そして、この人に尽くしたいと思った。

 傷物のシュゼットをこころよく花嫁に迎えてくれて、大怪我を負わせた過去にいまだ心を痛めている優しい夫に、もう大丈夫だと一生かけて伝えていきたい。

(今晩はまた辛い思いをさせるかもしれませんが、慣れていただかなくては)