"こんなとこでキスは嫌だろ"
キスは、あのキスだ。
それ以外にあるわけもないけれど、私とキスをする理由なんて、蓮にはない。
だから決して場所の問題ではなく、今こうして腕を引かれているこの状況は、おかしいのだ。
──揶揄われてる。
多分、私があの時、すぐに嘘だと言わなかったから。
それに乗っかった私を、もう少しからかってやろうと思って、こんなことをしてるんだ。
じくりと胸が痛む。
きっと、振り払うべきなのだ。
バカなこと言わないでと。バカにするなと。
そう言って、この繋がれた手を振り払えばいい。
けれど、それができないのは、蓮と手を繋げているこの状況が、どうしようもなく嬉しいからだ。
それが今この瞬間だけだとしても。
たとえ全部が嘘だとしても。
蓮に後悔させるために演じたバカな女は、私の本性そのものだった。
そのことが苦しくて、でもこの一瞬の幸せのためなら、喜んでそれさえも受け入れてしまう。
嘘だよと言われるその瞬間までは、どうか夢を見させて欲しかった。



