「よっしゃぁ!3位だぜっ!」
私は登校するなり、飛び跳ねた。
2年生の2学期中間テスト。
私は堂々と3位を勝ち取った。
まあ、1位じゃないことは許してほしい。
私には別の業務があるんだ。
「…チッ、あと3点…、いけると思ったのに…!」
その隣で呟いているのは宇佐見桜雪。
4位 宇佐見桜雪 467点
こう書かれているのを見て笑ってしまう。
宇佐見といえば勉強も運動も競い合ってるヤツだ。
「ふっ、3点は大きいってことよ」
「まあ、いいや。次は期末。900点きっちり取ってやる」
「それはどうかなぁ?」
なんて言って2人して教室に行く。
「あ、如那!今回もあんたが勝っただったんね」
「お、彩。今日早いじゃん」
「そりゃあ、順位を見るために」
「うん、おめでとう。1位」
「どうも」
友達の彩は勉強が得意。
どうやら趣味が勉強らしい。
すごいよ、それは。
毎回すぎてもはや感動もない。
「あれ、宇佐見のテンションが低い」
「思うようにいかなかったらしい」
「あらら」
宇佐見は机につくなり突っ伏した。
「重症だねぇ」
「あ、そういえばもうそろ文化祭じゃない?彩はどうされる?演劇」
「えー…、今年も舞台かな。役を持ってみたい気もするけど私じゃあできそうにない」
珍しく自信がなさそうにする彩。
「やってみればいいじゃん!これが最後ってわけじゃないんだし。経験だよ、経験」
「え、如那はやるの?」
「ん?私は裏方しかやらないよ?」
「如那こそやってみれば?顔はいいんだし」
「顔、は?」
「あ、スタイルも頭もいいです」
早口で言う彩。
「まあ、うん。お世辞ってことは知ってる」
「そんなことないから。恋愛ものだったらヒロインは如那、ヒーローは宇佐見でいいんじゃない?」
「っ、な、何をおっしゃる!とんでもないこと言うまいっ!」
私は顔が赤くなり、慌ててしまう。
「言わなくても分かるよ、その反応じゃ」
「な、何がだよっ!」
「宇佐見に気があるんでしょ」
「ないっ!断じてないっ!」
私が必死に弁解するものの、彩は笑って何も言わない。

ごめんなさい、宇佐見。
いつも言い争ってる仲ですが

『好きです』


と、学校では困難でも私には飛び抜けている分野がある。
いくら恋してる相手がいたとして。
テストが4位だって。
私が大人気作家であるのに変わりはない。
私はあるサイトにて恋愛小説を投稿している。
投稿した新作が投票で堂々との1位。
私は作家界の中では「朔馬」として活動している。
名字の佐久間の漢字を変えただけだけど、分かりやすいとはいえないだろう。
「1位だぜ!」
コメントも多く、嬉しい限りだ。
こんなこと言ってもこうなったのは最近だ。
書籍化は2冊。
中学生からずっと投稿しているものの、最初からヒットしたわけではない。
努力の末の結果だ。
「うわ、2位また小雪さんじゃん」
小雪さんは、私が投稿し始めてから約1年経った時に突如現れた作家さん。
最初から読者数をぐんぐんと増やしていき、書籍化はなんと7冊。
尊敬とともにライバル心を燃やしているライバル的存在だ。
まあ、向こうはどう思ってるか知らないけど。
いつか話してみたいなぁ。

それから数日経つと、編集部の方から電話がかかってきた。
書籍化だ。
今回だいぶ早かったな。
「分かりました。明日そちらに向かいます」

四ツ葉編集部。
電車で3駅のところにある事務所に着いた。
ちなみに大きな事務所だ。
自動ドアを開けると、ある人物を見つけた。
「宇佐見…!?」
一瞬見間違えかと思った。
いや、どう見ても宇佐見だ。
私服って…、なんか緊張するな。
良かった、今日シンプルな服だ。
「っ、佐久間!?」
「な、何しにきたの?休憩?」
「い、いや、お前こそどうしたんだよ」
宇佐見のいる意味が分からない。
何より、この仕事をしていることをあまり知られたくない。
「朔馬さん!今日もありがとうございます」
編集部の人が出迎えてくれた。
「あ、七川さん。お疲れ様です」
七川さんは私の担当の編集者さん。
行き詰まった時はよく相談にのってもらっている。
「あれ、小雪さん。山藤さんまだいらっしゃってないんですか?」
「バッ、ちょっと!」
宇佐見は慌てた様子だった。
「すみません、5分10分ください。ちょっと話を聞かせてもらおうか」
私は無理矢理、宇佐見の手を引っ張って机に向かった。

「えー、改めましてこんにちは。小雪さん」
「…なんだよ」
宇佐見は不貞腐れていた。
私に知られたのが
「その月の第1日、朔日の朔に馬と書いて朔馬です」
「朔馬さん!」
急に大きな声を出すためびっくりしてしまう。
「いつも作品を読ませて頂いております」
「あ、ありがとうございます」
ぎこちない宇佐見。
「難しい細かな心情描写、その背景の素晴らしい腕にいつも感動させて頂いております。特に男の子の心情管理?あれにものすごく共感いたしまして、」
と、ここで私が1人で喋っていることに気づく。
「ああ、すみません」
宇佐見とはいえど小雪さんに直接会うことができたのが本当に嬉しい。
伝えたいことはいっぱいある。
「い、いや…」
「あともう一つ。一応性別不詳でやってるので口出し厳禁でよろしくお願いします」
「それはこっちも」
硬い握手を交わし、私は礼をしてその場を去った。

「よっし、終わった〜!」
私は編集者さんと打ち合わせが終わり、帰ろうとする。
と、そこにまだ宇佐見がいることに気づいた。
イヤホンをしてパソコンに向かって真剣な顔をしている。
タイピングも私の1.2倍くらい早い。
私は一個前の机に座り、宇佐見を見る。
これ何時間でも見てられるけど?
腕を枕にして宇佐見の顔を見る。
毎回思うけど、憎らしいほどイケメンなんだよな。
普通に宇佐見モテるし。
センターパート嫌というほど似合ってるし。
成績も良いし。
運動もできるし。
字が憎らしいほど綺麗だし。
小説も書けるし。
あれ、この人の弱点ってなんですか。
そう考えているとバチっと目が合ってしまう。
思わずビクッとなってしまった。
宇佐見はイヤホンを片方外してこう言った。
「なんだよ」
「なんでも?」
何を聞いてるのかな。
「打つんなら個室でも貰えば良いのに」
「いや、いい。そこまでじゃないから」
「ふーん」
私は宇佐見をじっと見る。
「なんだよ、そんなに俺が見たいんならもっと近く来れば?」
宇佐見は冗談なはずなんだろうけど私はそのままの意味で受け取る。
目の前の椅子に座るなりじっと見つめる。
1分ぐらいタイピングしてた宇佐見。
けど、私を怪訝そうな目で見た。
「やっぱ邪魔だから帰って」
「そうでしょうね。はいはい、帰ります」
「そうしてください」
「新作、待ってますよ」
「…うるさい」
少し照れたように呟いた宇佐見を置いて事務所を出た。

電車に乗りながら思う。
私は馬鹿だろうか。
もうちょっと可愛い言い方でもできたのではないか。
って言うか!
私は振り向いてもらう努力をしてない!
いや、しようと思ってもできないか。
私に惹かれるような女の子特有の可愛らしさは持ち合わせていない。
残念だけど、そういう日が来るのはなさそう。
私自身、そう言うのは向いてないのかもしれない。
もしだよ?
もし。
付き合ったとしても何をしたらいいの?
宇佐見が彼氏?
いや、想像ができない。
もしそんな日が来たとしても関係性って変わらないんだと思う。
だから私には無理だ。
そう思うと、涙が一粒、一粒出てくる。
私が今どうしたいのか。
今後どうしたいのか。
分かんなくてどうしようもない。
「もー、嫌だな」
そんな言葉は駅の騒がしさによってかき消された。

昼休み。
「佐久間」
そう呼ばれビクッとする。
「ど、どした!?」
宇佐見の声を聞いてパニックになる。
「いや、先輩に呼ばれてるけど」
部活の先輩だ。
「あ、はい、なんですか?」
私が先輩と話している間にこんな声が聞こえる。
「宇佐見、今日如那どうしたの?」
「…いや、うーん。まあ色々あって」
「色々って何よ。何、告白でもしたの?」
「いやなんで俺がアイツにしないといけないんだよ」
「あー、違う感じ?」
こんなことを話しているせいで先輩の話が耳に入ってこない。
「ってことで、よろしく」
「あっ、はい!」
ヤバい、詳細が分からない。
そう焦りながらも彩の元へ戻った。

放課後。私は6階にある空き教室に行く。
6階ということで誰も来ない。
今日はここで小説を書こう、と思ってドアを開ける。
「なんで来たんだよ」
「いや、こっちが聞きたいよ。何6階まで来てるんだよ」
まさかの先約。
宇佐見がいた。
「ま、お邪魔します〜」
宇佐見が1番後ろの席に座ってるため、私は窓際の1番前に座った。
私はノートパソコンを開き、ヘッドホンをつけてタイピングをし始める。
ふと見るともう1時間経っていた。
ヘッドホンを取ると、宇佐見がいないことに気づく。
帰ったのかな。
いや、まだ荷物がある。
トイレか。
私はそう思いながらベランダに出た。
6階というだけで景色はいい。
ドアを開けると、またもやそこには宇佐見がいる。
「なんで来たんだよ」
「いやなんでいるんだよ」
イヤホンをしている宇佐見。
一瞬逃げそうになったけど私は勇気を出して隣に座った。
「何」
「私はここに来たかったので」
「そ」
また強がる。
…いや、いいんだよな。
このままでいい。
すると、宇佐見は私にイヤホンを片方差し出した。
「ん」
な、なんだこれ。
私は震えた手で受け取る。
耳につけると音楽が流れ始める。
「今これで書いてる」
学生の青春曲だ。
「捗った?」
「いや、あんまり。最近あんま調子良くない」
「全盛期があっただけじゃなくて?」
「なんて言ったらいいんかなぁ。男と女の関係性?が分からない」
「うーん、分かるかもしれない」
「結局こういうのって実体験がないとなんとも言えないんだよなぁ。誰かに頼んでみるか!仲良いヤツ…、佐藤とか、榎本、佐々木…」
誰がいいかな、と悩んでるとボソッと、でもはっきり宇佐見が言った。

「俺でいいじゃん」

「っ!?」
思わず振り向いてしまった。
「いや、まあフリだから!言って1日だから。…って言ってるけど冗談ですよね、すみません」
まあね!
動揺してるの丸わかりですけども。
…急にあんなこと言うと思わなかったんだもん。
「…」
なんで黙るの!
すると、私の手に添えてくる。
なになになに!?
急にそういうムーブやめて!?
心臓に悪い!
「ってのはどうかと思って」
…あ、もしかして私、小説の材料にされたパターンですか。
「あのねぇ、まあ私を利用してくれるのはいい。もう全然利用してもらって。だけどさぁ!一言言ってくれる?」
「一言言ったら現実味がなくなるじゃん」
…そっか。
じゃなくて!
「そんなことしてるといざ私に告白する時だってまともに受け取ってやらなーい」
何を口走ってるのか。
八つ当たりしても何も出てこないのに。
私は虚しくなって立ってドアを開けようとする。
すると後ろに影が現れた。
「それは困る」
右耳に囁かれたその言葉。
後ろに宇佐見がいるという事実。
すると左耳にさしてあるイヤホンをそっと取られた。
「びっ、くりしたぁ」
私は涙目になってしまう。
「っど、どうしたんだよ」
「マジでびっくりしただけ。ってことで私もう帰るね!」
私は荷物を片付けてそそくさと教室を出た。
なんだ。
なんだよ、今の!
バックハグはいつも書いてきたけど、こんなにドキドキするなんて聞いてない!
ちょっと侮りすぎてた気がする。
心臓が早い。
こんなの、私じゃない。
あんな、告白がどうとか喋ったからだ。
…と言うことは全て自業自得。
やっぱ私こういうの向いてないんだよ…!

さあ、私はここで本格的にスランプに陥った。
こんなことなかったのに…
なんか、小説の全てが書けない。
「どうしたよ、如那」
彩が私の机に寄ってきた。
「いや〜、うん。ちょっと考え事」
「宇佐見?」
「それもあるけど…、今は違う」
「あんま悩みすぎるのも大変だよ。今日寄り道して帰ろっか」
「クレープ食べに行きたい!」
「クレープね」
なんでこんなに彩は男まえなのか。
「もう彩私と付き合って…」
「あんたには宇佐見がいるでしょうよ」
「…うん」
好きだよ。
どう考えたって宇佐美が好きだよ。
でも、宇佐見は私のことそう言う目で見てない。
いや、私がそう言う努力をしてないからかもしれない。
「まーた考え始めたー!ほら、残りはクレープ食べながら聞いてあげるから!」
そして学校が終わり、放課後になった。
今日は第3木曜日ということで近くの大きな公園でクレープのキッチンカーが出ている。
「何味にする?」
「チョコバナナ」
「即答か」
私はチョコバナナ、彩はベリーホイップを頼んで椅子に座る。
「私やっぱ恋愛向いてないよ」
「何を言ってるの」
「一対一の関係でしょ?なんか、私大体彩に頼りすぎてた気がする」
「そんなこともないでしょ」
「いや、いざ私1人って言われたらどうすればいいのか分からない」
クレープを食べてみる。
…やっぱりチョコバナナは正義だと思う。
「でもねぇ。私も、うーん。その、女の子の努力をしないといけないと思うんだよ!」
「女の子の努力?」
「メイクを頑張ってみたり、洋服の系統を考えてみたり、髪型を変えてみたり」
「髪型ならすぐできそうじゃない?」
「でも私、不器用なんでできないんですよねぇ」
「美容院に行ってみるとか!」
確かに、今の長さが気に入ってるとかじゃないから切ってもいいかも。
「じゃあミディアムぐらいに切ってくるよ」
「あ、そういえばクーポン貰ったんだよ。でもこれあと2ヶ月で期限でさ」
彩はいいところの美容室に行ってるらしい。
だから彩の髪はいつも綺麗だ。
まあ、元々彩の髪質が綺麗なんだけども。
「ありがとう」
「でも結構人気だから遅くなっちゃうかも」
「大丈夫だよ!」
「明日はお団子にしてみるとか!おろすのあんま好きじゃないでしょ?」
「分かってるじゃん!」
「そりゃあまあ、下ろしてるの見たことないもんね」
いや、アイロンがめんどくさいからなんですけど…
「本当にありがとうございます。何から何へと…」
「いえいえ。…だけど」
だけど?
「文化祭までにはゲットするのよ?」
「文、化祭…!?」
それはもう来月だ。
「が、頑張る…!」

翌日。
「あ、如那、おは…、って!おいっ!」
教室に入るなり、彩が私のもとにやってきた。
「いつも通りじゃないか!」
「お団子…、上手にできなくて…」
「そんな可愛いことを言ってるんじゃない。ほら、ここ座って」
そう座らせられたのは、彩の席だ。
「ゴム、ほどいていい?」
「どうぞ」
すると、彩は手際よく私の髪をいじる。
「よし、できた」
私は彩に連れられ、洗面所に来た。
私のサイドの髪には三つ編みがしてある。
「よくこんなに器用なことできたね!?」
「いやみんなできるよ」
「でもめっちゃ綺麗だよ!」
普通にプロじゃん。
「はいはい、教室に戻ろ」
教室に戻った。
だけど、宇佐見の反応はなんもなし。
いつもおはようぐらい言うはずなのにこっちにも来ないし。
あ、失敗ですか。
こんな状況を察した彩が私に言ってきた。
「毎日頑張れば大丈夫だから」
「そうかなぁ」

なんて思った放課後。
私はじっと窓の外を見ていた。
彩は今日家の用事があるらしい。
本鈴なったらすぐさま帰って行った。
どうしたら上手くいくんだろう。
小説も、宇佐見のことも上手くできない。
すると教室に誰かが入ってきた。
「佐久間」
宇佐見だ。
帰ったんじゃなかったのか。
「どした?」
私はいつも通りに話した。
「あのさ」
私の目の前の席に座る。

「俺、小説書くのやめるわ」

そう言われた瞬間、理解ができなかった。
「そっか」
それだけ答えて理解する。
色々な感情が混み上がってくる中で私は淡々と答える。
「小説は別に義務じゃないし。宇佐見の思い通りにやればいいと思う」
なんでこんなにそっけない言い方をしてしまうのか。
涙が出そうになる。
「今日、これどうしたの?」
宇佐見が私の三つ編みを触る。
距離が近くてびっくりする。
「気分」
「そ」
なんで私こんないやなヤツなんだろう。
ふと、宇佐見を見てみる。
宇佐見は私を見ていた。
私は勢いよく目を逸らしてしまう。
すると、宇佐見の手は私の頬まで下がってきた。
「ちょっ、宇佐見!」
顔は少し持ち上げられ、宇佐見と目が合う。
宇佐見は辛そうな顔をして微笑んでいた。
なんでそんな顔をするの…
「いつになったら…」
「え?」
「いや、なんでもない!ごめん」
そう言って教室を出ていく。
まだ頬に宇佐見の手の感触が残っている。
宇佐見の手は冷たかった。
なんでだろう。

ある日の休日。
事務所から電話がかかってきた。
「佐久間です」
『朔馬さん!七川です!』
七川さんの声は異常に弾んでいた。
「どうしたんですか」
『聞いてください!桜坂小説賞に朔馬さんの前回出版したものが当選しました!』
「えっ!?」
桜坂小説賞コンクールといえば、今ある小説大賞で1番大きな表彰だ。
「え、マジですか?」
『本当の本当の本当です!恋愛部門に当選されました!』
すごいことだ。
凄すぎてもう訳がわからない。
『あと、小雪さんも当選されてますね』
はっ!?
宇佐見も…!?
『当日、東京に行くことが決まってます』
東京…、行ったことないな。
『そして、顔を出されますか?』
「え?」
『本当にこれは大きな表彰ですし、みなさん顔出しで出演されてるんですけど。朔馬さんまだ未成年ですし…、親御さんとよくお話ししてください』
そこで電話は切れた。
個人情報とか…、大丈夫なのかな。
お母さんに相談してみよう。

桜坂小説賞のホームページを見てみた。
本当だ。
私の小説が当選している。
横にいるのは宇佐見の小説だ。
“君と一緒にいれたなら、”
この本、読んだことがある。
むしろ、本を買っている。
感動系の小説で男子目線で話されている。
流れも違和感がなく、最後には泣いてしまう小説だ。
当選するのも当たり前ってわけだ。
でも私のは分からない。
よくある学園系だし。
まあそれなりにはオリジナルを足してるけど…、
まあいっか。

翌日。
学校に行ってみるとなんと彩が休みだった。
どうしよう、話し相手。
と、そんな私がどんよりした気分の中、宇佐見がご機嫌だった。
「なんでお前そんなにご機嫌なん?」
3人ぐらいが宇佐見の周りに取り巻いている。
「いーや、なんでも?」
「彼女ができた?」
すると宇佐見が急に不機嫌になった。
「あのなぁ、それで今俺がどれだけ、」
「ごめんごめんごめん!」
「彼女ができたら俺は言いふらすだろうよ」
なんか、宇佐見が男子高校生だ。
いや元々宇佐見は男子高校生。
私の中で美化されてるだけだ。
その後も宇佐見をずっとみていた。
友達とずっと喋ってる。
笑顔が可愛い。
さりげない気遣いができる。
他の女子と喋ってるとなんかモヤモヤする。
嫉妬だ。
「どうするかな〜…」
表彰式では宇佐見と顔を合わせることになる。
もう、何を考えて何を行動すればいいのか分からない。
「あのっ!中西さんいますかっ!」
教室にそう言ってきたのは隣のクラスの男子だ。
メガネの高身長男子。
クラスがしーんとなる。
「彩は今日は休みだよ」
「そうですか」
しゅんとした男子。
「伝言とかだったら聞こっか?」
「あっ、これを返してくれませんか?」
そう私に差し出されたのは筆箱だった。
でも、こんなのみたことない。
私の様子を察したのか男子はこう言った。
「俺が筆箱忘れた時に予備の筆箱を貸してくれて…」
なるほど。
彩は用意周到だもんな。
「分かった。返しとくよ」
私は筆箱を預かり、彩の机に入れておいた。

ここは東京。
そして私はプロのメイクさん、衣装さんに取り込まれている。
「先生、お顔お綺麗ですね!」
メイクさんが私にこう言った。
今日は表彰式。
テレビにも出るため、私は綺麗にされてるってわけだ。
「あ、あの、なんで敬語なんですか…」
メイクさんは20代後半くらい。
だいぶ年下なのに。
「それは先生ですから!」
「先生ってほどの者じゃありません!」
「いえ、まあ…、お気になさらず」
私が姿見の前に行くと白いワンピースドレスを着た、いつもより可愛い私が写っている。
さすがプロだ。
女優さんに変身した。
「びっくりするでしょうね!朔馬先生がこんなに綺麗だったら!」
「そういえば、隣の小雪先生も大変格好が整ってきてましたよ」
そう言われてドキッとする。
そうだ、今日は宇佐見がいるんだ。
変に硬直しないようにしないと。
「15分前です!スタンバイお願いします!」
そう聞こえる。
私は舞台裏に行く。
リハーサルは何度もした。
大丈夫だ。
「第58回、桜坂小説賞表彰式を行います」
出版社で執筆している人とか私よりもっともっとすごい人がいる。
有名文豪の人が沢山。
客席には着飾った人たちがいっぱいいて緊張する。
もはやパーティーだ。
「続いて恋愛部門に移ります。“君と一緒にいれたなら、”、小雪様」
そう言って反対側から宇佐見が出てきた。
今日はセンターわけではなく、オールバックだ。
うわっ、化粧したらどこぞの俳優だってなる。
周りが少なからずざわざわしている。
「“潮風と波音の詩をあなたに“、朔馬様」
そう言われ出ていく。
姿勢を伸ばして、堂々と。
七川さんに言われた通りに歩く。
そして適度な距離で宇佐見の隣に立つ。
「お二方、おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
宇佐見と同時にお辞儀をする。
「さて、小雪様。この作品に込めた想いとはどんなものでしょうか?」
「そうですね。僕自身、まだ経験不足で、恋愛という人間同士の行為についてまだよく分かっていません。ですが、恋愛は一対一の“自分“を求められるもの。人物同士の関係性や、人物の秘めた想いなど僕の全てを込めて書きました。この本を手に取っていただけた方に何か新しいものを与えられたらなと思っています」
原稿でも書いてきたのだろうか。
こんなスラスラ言えるとか聞いてない。
「朔馬様はどうですか?」
「私は今回、“海”を題材にして書かせていただきました。人物の展開を海の寄ったり退いたり、これを意識して書きました。あとは、どうこの世界観を親しみやすくするか。美化されすぎていても現実味がなかったり、リアルすぎてもダメだと思うんです。この2つを意識したことによってこの物語を完結することができたと思います」
「ありがとうございました。それではお席にどうぞ」
私は階段を降りようとする。
すると、スッと目の前に手が出された。
先に少し降りた宇佐見が手を差し出している。
宇佐見をチラっと見ると、取れと言われてる気がした。
そっと手をおくと周りから小さな歓声が起こる。
これもテレビがあるからだろう。
あとで批判されたら怖い怖い。
それから席に座る時に椅子を引き出してくれる。
お嬢様と執事ってこんな感じか。
「ありがとうございます」
「いえ」
他人行儀だ。
これもこれでもどかしい。
それから偉い人の話を聞いて、最後はみんなで乾杯。
もうテレビ中継は終わったからそんなに気負う必要はない。
もちろん、私と宇佐見はお酒は飲めないからジュースで。
みんな自由に会話している。
すると、今回の表彰で1番優れた賞を取った人がこっちに来た。
河村敏樹先生。
今年68歳になられる文豪という名が相応しい方だ。
「本日は、おめでとうございました」
なんと言うオーラだろう。
すごい人オーラがよく見える。
私も宇佐見も慌てて席を立ってお辞儀。
「お会いできて光栄です」
「そんな硬くならずに一緒にお話しさせてもらっても?」
「どうぞどうぞ」
私は近くにあった、予備の椅子を持ってくる。
「そう言うのは俺がするって」
「大丈夫大丈夫。…こちらへどうぞ」
「ありがとう。えっと、朔馬さんに小雪さんでしたっけ?」
「あ、私が朔馬です」
「僕が小雪って名前でやらせてもらっています」
「おお、これはすみません」
間違うのも当然だ。
今日こっちにきた時も間違えられた。
紛らわしいもんな。
「小雪先生の本も、朔馬先生の本も読ませていただきました」
「「ありがとうございます」」
「それと、1つお伺いしたい。つかぬことを言いますが、お2人はお付き合いをなさってて?」
っ!?
危ない危ない。
吹きだすところだった。
「いえいえ、そんなことはないですよ」
「決してそういう関係ではなく」
「あ、違いましたか。失礼しました」
どうしたそう思ったのだろう。
私の感情を悟ったように河村先生。
「小雪先生は女の子、朔馬先生は男の子。お2人に容姿の特徴が似てましてなぁ」
私は少しビクッとしてしまった。
河村先生、正解です。
男の子は宇佐見がモデルです。
「そうですか?」
「お2人は顔見知りなのでしょう」
「…、どうしてそう思われるのですか?」
宇佐見が聞くと、河村先生はにんまりした。
「階段での出来事。あれは初対面の女性にはなかなかできないことでしょう」
鋭い。鋭すぎる。
「そして2人とも一瞬目が鋭くなってらしゃった。『こんなところでしないの!』か、『仕方ないな』って言う感情だと。互いに信頼を置ける恋人同士か、ライバル存在だと思いました」
もうここまで言われたら降参しざるを得ない。
「…さすが先生ですね。その通りです」
「お、やはりそうですか」
「同じ学校なんですよ」
「じゃあ毎日顔を合わすお仲で?」
「そうですね。まあ試験の点数だったり色々」
「仲が宜んでございますな!」
河村先生はふぉっふぉっと笑う。
「河村先生〜!」
「あら、呼ばれた。じゃあこの辺で。またいつかお話しできる日を楽しみに」
「「ありがとうございました」」
そう言って河村先生は違う方のテーブルに行った。
「すげぇ人と喋ったな」
「いやそれな」
私はグイッとぶどうジュースを飲んだ。
「小雪先生と朔馬先生ですよね…?」
そこからまた違う方とお話ししてその日は終わった。

「あっ!来た佐久間!」
私は学校に来るなり、クラスのみんな…、いや、違う学年までも混じってるぞ、これは。
「昨日の!どう言うことだよ!?」
…そうだった。
テレビを見てる人もいるんだった。
「あっ!宇佐見も来た!」
「…なんだよ、これ」
宇佐見もこんな大勢に目を剥いている。
一瞬で察して私の方に目を向けてきた。
知らないよっと目を逸らす。
「あのっ!私朔馬先生の大ファンで!」
そう言ってきたのは1年生の女子。
これは…、真実を言うべきか、偽りを言うべきか…
「良かったら、その…」
「ごめんね。今私普通の学生だからさ。できれば握手会とかの方がいいかな」
「あっ、はい!失礼しました〜っ!」
1年生はすごい速さで逃げていった。
そこから宇佐見と共に質問攻めされるのは言うまでもない。

「あのっ、すみません!」
廊下を歩いてる時、後ろから声をかけられた。
「あのっ!ちょっとお話があるんですけどっ!いいですか!」
そう連れられてきたのは中庭。
私はベンチに座る。
男子は少し離れて座る。
「あ、宮本って言います」
「佐久間です」
「あのっ、単刀直入に言います!」
「ちょっ、声が大きいよ!」
「すみません!」
深呼吸をしてまた口を開いた宮本くん。
「あの、僕、中西さんが好きなんです」
「彩?」
「はい。最初は可愛い人だなって思って。話してみたらもっと好きになっちゃって」
「なるほどねぇ」
「でも、中西さんは僕のこと知らないだろうし。どうすれば意識してくれるのかなって」
「…っ、ありがとうございますっ!」
これとか小説にそのまま移せるではないか。
宮本くんに感謝。
「え?」
「あ、気にしないでもらって。まあ、そう言うの得意っていうか…、ちょっと協力させてもらうね!」
「え?あ、はい。お願いします」
「普通に同年代だし、タメでいいよ」
「あ、うん」
そして私は宮本くんに協力することになった。
実際、楽しそうだからやってみたというのは秘密にしておこう。

この週の日曜日。
私は宮本くんを連れて美容院に行った。
特に何にも考えることなく、シンプルな服で言った。
「あのっ、サングラスとかしなくて大丈夫!?」
「え?」
「テレビで見て…、その、それだから相談したとかじゃないから勘違いしないで欲しいんだけどっ!」
焦っている宮本くんを見て思わず笑ってしまった。
「ごめんごめん。マスクしてるし、大丈夫だよ。それにあの時はメイクばちばちだったしね」
「いやっ、今のままでも十分お綺麗だと思いますっ!」
「面白いね、宮本くん。彩そういうタイプ結構好きだと思う。あ、美容院着いたよ!」
私の行きつけの美容院。
なんと、800円引きの件を5枚持っている。
今日はこれを全部使っちゃおう。
「こんにちは〜、って佐久間ちゃんやん!」
そう声をかけてくれたのはいつも私の髪を切ってくれる笹原さん。
関西弁の優しいお姉さんタイプの凄腕美容師さん。
「今日はこの子、お願いします」
「彼氏!?」
「違います〜」
「なんや、違うんか。まあ佐久間ちゃんには想い人がいるもんな!」
「大声で言わない!んで、イケてる感じでお願いします」
「漠然としとるな」

1時間後。
宮本くんは印象がだいぶ変わった。
「この子元々イケメンやし」
「マジか」
「一応髪の手入れ方法とか、ワックスの付け方とかも教えといたよ」
「よく分かってる、笹原さんは」
「やろ」
そしてお会計。
「じゃじゃーん、5枚!」
「よーきてくれとるもんな。んでも、今日は3枚でええで」
「ん?でも、3500円って…」
「おまけ。2400円頂戴します〜」
「ありがとうございます!」
そして美容院を出た。
「宮本くん、普通にかっこいいよ!ほら、女の子がチラチラ見てる」
「いっ、いや、それは気のせいだと…」
「あ、あと、男は余裕よ!」
「余裕…」
「そう?くらいの余裕を持った方が絶対にいい」
「自信を持てってこと?」
「そういうことです!」
すると、誰かにぶつかった。
チャリン、と鍵が落ちた音がする。
すぐに鍵を拾って渡す。
「すみません…」
「佐久間?」
宇佐見だった。
なんでここに宇佐見が…、と思ったら横に3人の取り巻きがいる。
遊びに来てるのか。
私は鍵をさっと渡して逃げる。
「ちょっ!?」
宮本くんを置いて。

少し離れたところまで全力疾走。
「佐久間さん、どうしたの…!?」
追いついてきた宮本くんがゼーゼー言ってる。
「うわっ、ごめん!完全に忘れてた!ごめんね!」
「いや、それは大丈夫だけど。佐久間さんこそ…、宇佐見くんと何かあったの?」
「そういうわけじゃない。違うけど…、いや、大丈夫だから気にしないで」
「…そっか」
スマホをふと見てみるともう電車まで時間がない。
「ごめん!電車があるから帰るね!」
「あ、ありがとうございました!」
「ごめんね、振り回しちゃって!告白、頑張ってね!一回お出かけするのもいいと思うよ!」
私はそう言い残して駅まで走った。

そして数日経つと、彩が学校に来た。
「彩〜!インフル大丈夫?」
「大丈夫!もう完治!」
「良かった…!本当にもう私寂しかったんだからね!?」
「ごめんって」
良かった。
彩が帰ってきた。
「そういえば、すっかり忘れてたけど文化祭準備は?」
「…あれ、私ほとんどやってないかもしれない!」
「なーにやってんだ」

ということで放課後、私はみんなに謝りに行った。
「マジでごめん!何にもやってない!」
「大丈夫だよ!佐久間さん忙しかったんでしょ?」
「あーもう本当にごめんね!みんなの3倍働きます」
「ふふ、ありがとう」
そして演劇もクラス展示もどっちも頑張って。
「あと1日くらいで終わりそう!」
「良かった…!」
「本当に佐久間さんいなかったら終わりそうになかったかもしれない」
「いえいえ〜、お役にいたてて何よりです」
「じゃ、帰ろっか」
予鈴30分前。
もうすっかり夕方だ。
「じゃあね、佐久間さん!」
「バイバイ!」
クラスの子とも仲良くなれたような気がする!
私も準備をして帰ろう。
忘れ物もないか確認したし。
おっけ、帰れる。
すると声がした。
「佐久間」
「何」
思わず声がそっけなくなってしまう。
あの美容院の件から…、いや、ずっと気まずい。
唯一気まずくなかったっていえば表彰式の時だけだ。
でもあそこは河村先生もいたからノーカウントだろう。
すると、宇佐見は近づいてくる。
私はアニメみたいに後ろに下がる。
すると、後頭部に手を回された。
「危ない」
え?
そう思って察した。
壁に頭をぶつけるのを防いでくれたんだ。
「どうも」
…いや、宇佐見が近づいてきたのが悪いんでしょうが。
「前の、何?」
「前のって…」
「隣の宮本?とかなんとかと一緒にいたじゃん」
ああ、そのことか。
「何、あいつが好きなの?」
「は?なんで?」
「俺には関係ないって?」
だんだん胸が痛くなってくる。
「前のはデート?宮本も垢抜けてさ。あれで理想の彼氏ってわけ?」
私が答える暇もないくらい喋る。
だんだん耐えきれなくなってきて、涙がこぼれ落ちる。
「違う!違うよ!」
そう言った瞬間、私の口からどんどん言葉が出てくる。
「別にあれは普通に付き添ってただけだし!彩が好きだっていうからそれに協力してただけだしっ!」
「…は?」
「って言うか!散々避けといてそれはないでしょっ!都合が良すぎるよ…っ!」
私は横に逃げようとした。
だけど、宇佐見は私の腕を掴んだ。
「逃さないから」
「離して!」
顔がぐちゃぐちゃだ。
こんなの見せられない。
いくら私が振り払おうとしても宇佐見はびくともしない。
負けてる。
私が負けてる。
すると、私は宇佐見の方に引き寄せられた。
「ごめん」
私の背中に手がまわされ、抱きしめられた。
「マジで言いすぎた。最低すぎる」
宇佐見の腕の中はあったかい。
涙もすぐ引っ込んだ。
「柄になく普通に宮本に嫉妬した。八つ当たりしてごめん」
嫉妬?
まあ、いいや。
「もう一個、あるでしょ」
私は少し見上げていう。
「…なに?」
「分からないとか、そういうことですか?」
「…」
これって私だけが思ってることなのかな。
「避けててごめん、でしょっ」
恥ずかしいし、烏滸がましいことだって分かってる。
けど今の私にそれを行動に移すことはできない。
「何、寂しかったの」
少し笑ったように言う宇佐見。
「…寂しかった!」
宇佐見に甘えるなんて、初めてだ。
「ん、避けててごめん」
「私も、ごめん」
ここで気づく。
「…私、今超めんどくさい女」
「なんだそれ」
久しぶりに見た宇佐見の屈託のない笑顔。
「佐久間の三つ編み、可愛い、よ?」
なんだその不意打ち。
「知らないっ」
「何が!?」
こんなこと言ってもらえると思ってなかったからそっけなくなってしまう。
「宇佐見も、表彰式の時…、いつもと雰囲気違いすぎてびっくりした」
「まあ、普段オールバックなんかしないし」
「えっと、その…、あの…、よかった」
「どうも」
この時間がずっと続かないかな。
「もうそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「うん」
私と宇佐見は初めて2人揃って帰る。
って言ってもすぐそこまでだけど。
学校を出る。
もう夕焼けでもなくなる。
「宇佐見ってどこらへん?」
「私徒歩だよ。川を超えたところ」
「送っていく」
「え、珍しい」
「珍しいっていうか、初めて」
「そっか」
なんでこんなに今日は優しいんだろう。
逆に疑ってしまう。
今日は河川敷を通る。
紅葉のかかる河川敷だ。
「ここ俺書いたんだけど」
「私も書いた、ここ」
綺麗だな、そう思って宇佐見を見る。
「どしたの」
「いーや?」
「なぁ、佐久間」
急に宇佐見が立ち止まった。
「どうされた」
「あのさ」
なんか詰まっている。
言いにくいことかな。
私も宇佐見の方を見て、立ち止まる。

「好き」

真剣な顔から言われたその言葉は私の胸を突き刺した。
「ごめん、気づいたら佐久間が好きになってた」
こんな嬉しいことあるだろうか。
「ごめん、なんでもない。忘れて」
宇佐見の顔は赤い。
こんな顔初めてみた。
けど、私も言わないと。

「私も好き、だよ」

ぎこちなかった。
もうちょっと、なんか雰囲気っていうかなんというか。
もっと何かあっただろう。
宇佐見はハッとすると、私を勢いよく抱きしめる。
「…マジか」
「ずっと、好きだったから避けてたし、なんて話せばいいのか分からなかった。他の女子と喋ってると嫉妬しちゃうし…、変なことばっかやっててごめん」
「俺も、佐久間と同じような感じ。距離感が分かんなかった。でも、」
え、でも?
「もう遠慮する必要なんてないよな」
なんでこんな急に甘々になるのか。
おでこを合わせて微笑む。
「失礼」
そう言って宇佐見は私の方に顔を近づける。
「ん?んっ!?」
唇を塞がれて恥ずかしくなる。
「可愛い」
「急に言わない!はい帰る!」
そして宇佐見に家まで送ってもらって。
連絡先も交換して。
何もかもが幸せってわけじゃないけど。
その日が1番幸せだった。

そして日は経ち、文化祭当日。
演劇は大成功。
私は小物の担当だったから特に何もしてない同然だけど…
「佐久間」
私が舞台裏にいると宇佐見が話しかけてきた。
「あ、ん?宇佐見か」
「なんだよ」
「いや?」
学校での私と宇佐見の関係は変わらない。
別にそこを気にしてるわけじゃないけど。
っていうか、話せるようになったのが嬉しい。
「髪、切ったな」
「あ、気づいた?」
私は長かった髪をミディアムぐらいの長さまで切った。
まあ、括ってるから分かりにくいけど。
「早く下ろしてるの見たい」
ちょっと目を逸らしながら言う宇佐見。
デレを見せないでほしい。
「さあ?見せる前に伸びちゃうかもね」
ちょっと意地悪言ってみる。
「えー、なんでだよ」
えーっと、次は表彰か。
そういえば、彩が絵で優秀賞を取ったって言ってたっけ。
「戻るか」
「うん」
そう言った時、クラスの女の子がひょこっと出てきた。
「佐久間さん!宇佐見くん!中西さんが呼んでるよ!」
彩?
「とりあえず教室に行って!」
何を企んでいるのか。
宇佐見を見てみるも、真顔のままだった。

教室に着く。
すると、机はくっつけてあり、男女数人が忙しく働いていた。
「如那!宇佐見!ちょっとこっちきて!」
そう引っ張られて何かを着せられる。
「ちょっ!?彩どうしたの!?」
何やら赤いものを着せられる。
「ここがちょっと緩いな。脱いで!」
「は!?」
「守屋ちゃん!腰回り3cm小さくして!」
「了解!」
何をしてるんだ。
そして5分も経たないうちに出来上がる。
「じゃあ、如那。制服脱いで!」
私は何やらパーテーションの中に入れられる。
「これ着てね!」
そこに置かれたもの。
広げてみると、それは真っ赤な長めのワンピースドレスだった。
恥ずかしいと思いながらも着る。
「あの〜、彩さん。このひも、どうするんですか?」
「…、如那に全任せしちゃいけなかったよね」
不器用ですよ、すみませんね!
彩は手ぎわよく、後ろでリボンを結ぶ。
「はい完成。ちょっと、そこのポーチ持ってきてくれない?」
「はい、どーぞ」
「ありがと」
そして、私は椅子に座らせられて彩にメイクをされ、後ろで私の短くなった髪をいじる子がいて。
どうなってんだ。
ここはスタジオですか。
「はい完成」
大きな鏡をかざす彩。
あの表彰の時のように一段と色味を増した私になる。
「あの、彩さん何者ですか?」
「聞いて驚きなさい。写真スタジオを経営する娘!」
「…ドレスもこれ、貸し出し用?」
「うん!でも本当はそれ破れちゃったやつで…、リメイクしたら可愛くなったから!」
私は後ろを見てびっくりする。
ハーフアップに手の込んだ三つ編みがしてあるのだ。
「よくできたね!?」
「いや、これくらい誰でもできるよ」
女子は謙遜する。
「流石に私もこのレベルをみんなできるとは言えないわ。すごいね!」
「いや〜」
すると、ガタッと音がする。
「って、なんだよこれ!?」
「はい、宇佐見様〜、もうすぐ開演でございますよ」
「その喋り方気持ちわりぃ」
「はいはい、抵抗なさらず」
宇佐見が連れていかれてるのかな。
「宇佐見の方もいい感じに仕上がったんじゃない?」
「え?」
「まあ、如那には会ってからのお楽しみね!」

私は舞台裏に連れて行かれた。
「司会が言ってくれるから、その通りに動いてね!階段を降りてランウェイを歩く感じで!」
そこにいる彩がそう言う。
何を考えているのか。
そんなこと恥ずかしくてできない。
「はい!と、ここから皆さんお待ちかねのお二人です!」
司会よ、そんなにプレッシャーをかけないでくれ。
「桜坂小説賞を獲得された2年Aクラス、宇佐見桜雪くん!佐久間如那さん!どうぞ、舞台へ上がってください!」
私は彩に押され、舞台に出る。
その途端、黄色い声が聞こえる。
横を見てみると、そこには表彰の日と同じようなスーツを着た宇佐見が。
これは発狂するわけだ。
「可愛いじゃん」
「うるさいなっ、そっちこそかっこいい、のでは」
「何そんな恥ずかしがってんだよ」
小声でそうやりとりする。隣に立って前へと歩く。
すると、階段を降りる時、先に降りた宇佐見が私の前に手を出す。
「どーぞ」
恥ずかしい。
なのに、それが嬉しくて。
私はあの日と同じように手を取る。
その瞬間、もっと歓声が起こる。
アイドルにでもなった気分だよ。
そのまま、いつ引かれたのか分からないレッドカーペットの上を歩く。
ふっと横を見ると宇佐見は少し笑っていた。
そして、先端まで来ると、宇佐美は私の手を取る。
指の間に指を絡めてみんなに見せつけるように前に出す。
私の顔はドレスのように真っ赤になる。
くるっと振り返って、反対の手を繋いだまま歩く。
大胆すぎて心臓が持ちそうにない。
そしてそこまで来ると前に校長先生がいた。
「校長光栄賞。2年、宇佐見桜雪、あなたは桜坂小説賞に当選されました。異例の功績を称え、ここに賞します」
そう言って賞状とトロフィーをもらう。
「2年、佐久間如那。以下同文です」
私も同じものが渡される。
すると、校長先生はマイクに入らないようにそっと言った。
「2人とも、お幸せに」
ニコッと笑う校長。
いや、結婚式かよ。
そして宇佐見と別れ舞台裏に帰った。

文化祭が終わった。
流石にメイクは落としたけど、髪はそのままだ。
あの後、クラスのみんなに褒めてもらって。
「彩はなんか事前に言っておいてよ!」
教室の片付けをしている時に彩にこう言った。
「ごめんごめん!急に決まったもんで」
机を運びながらそういう。
「…って、言ってなかったよね。賞のことも、活動をしてることも」
「気にしないでいいよ。…でも、次からは言ってほしいな。あ、良ければだけど」
「気にしてるじゃん!うん、ちゃんと言えることは言うよ」
「よろしくお願いします〜、ほら、宇佐見待ってるよ」
「え?どこに?」
窓から下を見ている彩の隣に行く。
体育館の片付け担当の宇佐見はもう終わったらしい。
荷物を持って立っている。
「ごめ〜ん!ほら、この如那ちゃん、彼氏さん待ってるらしくって!」
彩が大きな声で言う。
「なっ!」
「抜けてもいい?その分私が働くからさ!」
「いいよいいよ!」「早く宇佐見のとこに行きな!」
なんていいクラスなんだ、ここは。
って言うか!
なぜ宇佐見だと分かる!
…、あ、大勢の前であんなことやったんか。
「ほら、行ってこい!」
私の持ってるものを全て受け取って鞄を渡してくる。
「…ありがとう」
「その代わり!後日しっかり聞かせるんだよ?」
「分かったよ。あの、みんなもありがとう」
「そんなことはいいからもう早く行きなよ!」「ご心配なく!」
私は教室を出て下に行った。
「宇佐見、誰か待ってる?」
私はひょこっと宇佐見の前に現れる。
「え?」
「誰も待ってなかったら、その、一緒に帰りたいです…、もちろん送れって言ってるわけじゃいので!」
しどろもどろになる。
けど、宇佐見は微笑んでこう言った。
「佐久間待ってた」
「ありがとうございます…」
そっと上を見てみると、彩とクラスの何人かがこっちを見ていた。
彩は親指を立ててるし…
思わず笑ってしまう。
でも恥ずかしくなって、宇佐見の腕を掴んで走る。
「うわっ!?」
正門まで来て手を外す。
「どうしたんだよ」
「…なんでもないっ」
もうなんて言えばいいのか分からない。
先に歩く私の肩に手を添える宇佐見。
「寄り道して行こっか」

「うわっ、ここも染まってるんだ!」
連れて来られたのは公園。
「これ、賞もらったやつに入れたとこ」
ベンチに座る宇佐見。
私も隣に座る。
「…あ、あれか!」
「え、読んだの?」
「私は小雪先生のファンだからね!本も全部買ってるよ」
「…マジか」
嬉しそうな顔をする宇佐見。
「言って俺も佐久間のやつ全巻買ってる」
そうニヒっと笑った宇佐見の顔と言ったら。
国宝級では?
「…ねぇ、下の名前で呼んでいい?」
「ふぁっ!?…い、いいけど…」
「よし」
かっこよかったり可愛かったりなんなんだ。
「如那」
「…やめて。もう心臓が持たない」
「言ってよ」
「う…」
心の準備をして。
そこで戸惑った。
「…ごめん、下の名前の読み方なんだっけ。桜に雪で…」
「いや、マジかよ」
「失礼なことを…、ごめんなさい」
宇佐見と小雪先生のイメージしかなくて…
「おうせ、だよ」
「桜に雪でおうせか!うわっ、綺麗な名前!」
「春と冬の真ん中にあるのは秋。俺秋生まれだからこうなったらしい」
そうなんだ。
よく考えたな、そんなこと。
「え、誕生日いつ?」
「今日」
「…は!?今日!?」
「うん」
知らない知らないそんなこと!
「私何も準備してない!」
「いいよ、今日色々してもらった」
「何を?」
「あのレッドカーペットの上。綺麗な如那を見せてもらった」
そんなこと言うもんで、赤くなる。
「髪、似合ってる」
「…ありがと。桜雪も、今日センター分けが綺麗」
「それはどういう褒め方?」
「ふふ」
私がそう言うと桜雪は私の頭を撫でる。
「ちなみに俺、今回書いたやつ重版決定済み」
「は!?もう書かないって、」
「やっぱり俺は書いてないと何もすることがない」
そう笑った桜雪はいい意味で私の対抗心を煽らせた。
「私だって次は歴史に残るくらい売らせてみる」
「できるんか?」
「できる!」
なんて2人で笑って。
「また誕生日プレゼント、買っとくね」
「ありがと」
2人で一緒に帰った。

まさかこれをあの人が見ているなんて、思いもしなかった。

だけど、私は幸せな時間をたっぷり過ごしたんだ。


End.(3/19 17:26)