〇 美容室・店内(昼)

困惑している紀菜子に、魁聖が話しかける。

魁聖「この人は、俺の師匠なんだ。前に話しただろう? 俺の恩人だ」
紀菜子「ああ、あの……え? でも、兄貴みたいな存在だって」
シャーリー「ああ、私は男性よ。この口調は、単に好きだから使っているというだけなの。おしゃれの一環とでも思ってくれるとありがたいわ」
紀菜子「あ、そうでしたか……」

シャーリーの言葉に、納得する紀菜子。

シャーリー「ふふ、紀菜子ちゃんはいい子みたいね? 魁聖が夢中になるのもわかっちゃうかも」
魁聖「シャーリー、何を……」
シャーリー「あなたとの相性がばっちりだって言っているのよ」

笑顔を浮かべながら、魁聖の肩を叩くシャーリー。
その様に、少し首を傾げる紀菜子。

紀菜子「えっと、シャーリーさんは外国の方なんですか?」
シャーリー「あらやだ。これも紛らわしいわよね。シャーリーっていうのは、源氏名みたいなものなのよ。ちなみに本名は、ヒ・ミ・ツ」

紀菜子に対して指を振るシャーリー。
それに困惑する紀菜子。

魁聖「いやいや、この店のホームページとかに載っているだろう?」
シャーリー「ふふ、そうだったわね。気になるなら、調べてくれて結構よ」
紀菜子「あ、そういえば……この店のこと、調べてませんでした。これだけお世話になっていたのに、なんだか間抜けですね」

二人の言葉に、紀菜子は苦笑いをする。

魁聖「近しい場所程、意識が向かないものさ。この店はpositiv。誇り高きシャーリーがやっている美容室だ」
紀菜子「あの、いつもお世話になっています」
シャーリー「かしこまらなくてもいいのよ? あなたは賓客だもの。何せ、紀菜子ちゃんには大切な弟子の練習相手になってもらっているのだから」

頭を下げる紀菜子に、シャーリーが笑顔を浮かべる。
その後シャーリーが、紀菜子の髪に注目する。

シャーリー「腕を少し上げたわね。まあ、切る前に判断するのはナンセンスだけれど」
魁聖「そう言ってもらえるのは嬉しいが、言う通りだよな……」

シャーリーと魁聖が、笑顔で言葉を交わす。
そんな二人を交互に見る紀菜子。

紀菜子「最初に会った時も言われましたけど、直後じゃなくてもわかるものなんですか?」
シャーリー「まあ、ある程度はね」
魁聖「……そういう訳で、今日は師匠の採点付きなんだ、紀菜子ちゃん」
紀菜子「なるほど……」

魁聖の言葉に、少し震える紀菜子。
それを見て、シャーリーが笑う。

シャーリー「紀菜子ちゃんが心配することではないのよ? あなたはいつも通り、肩の力を抜いてていいの」
魁聖「ああ、紀菜子ちゃんはいつも通りでいてくれ」
紀菜子「は、はい……」

二人に声をかけられても、尚緊張する紀菜子。
そんな紀菜子の肩に、シャーリーが手を置く。

シャーリー「紀菜子ちゃん、リラックス」
紀菜子(あ、あれ……」

シャーリーの言葉に、紀菜子の力が抜ける。
それに驚く紀菜子。

シャーリー「さて、それじゃあ私は裏で待っているわ。終わったら呼んでね?」
魁聖「それじゃあ紀菜子ちゃん、座ってくれ」
紀菜子「は、はい……」

困惑しながらも、椅子に座る紀菜子。
魁聖が準備を進める光景を鏡越しに見る。


〇 美容室・店内(昼)

散髪が終わって、いつも通りの仕上がりで椅子に座る紀菜子。
それをじっくりと観察するシャーリー。

シャーリー「花丸……とは、いえないわね?」
魁聖「うっ……そうか」

紀菜子の髪をくしでゆっくりととくシャーリー。
それに対して、肩を落として落ち込む魁聖。

シャーリー「ふふ、そう落ち込まなくてもいいのよ。及第点はあげられるもの。何が一番大切かは、忘れていないようね?」
魁聖「それはもちろん、肝に銘じているからな。しかし、及第点では喜べない」

シャーリーの言葉を受けても、元気が出ない魁聖。
それに対して、シャーリーは笑みを浮かべる。

シャーリー「紀菜子ちゃんは、美容師にとって何が一番大切かわかるかしら?」
紀菜子「え?」

急な質問に驚く紀菜子。
しかしすぐにとあることを思い出す。

紀菜子「心に寄り添うこと、ですか?」
シャーリー「あら? 魁聖から聞いていたの?」
紀菜子「はい、最初に会った時に」
シャーリー「そう……」

魁聖に対して、シャーリーが笑みを向ける。
少し恥ずかしそうにしながら、目をそらす魁聖。
そこでシャーリーが、紀菜子の前に出て、置いてあるハサミを手に取る。

シャーリー「美容師というのは、人に刃を向ける仕事なの」
紀菜子「刃……」
シャーリー「ハサミは紀菜子ちゃんにとっても身近なものでしょうけれど、危ないものなのよ。私達は、そんなものを人に向ける」

ハサミをじっくりと見つめながら真剣な顔をするシャーリー。

シャーリー「だからこそ、私達はお客さんに寄り添わなければならないのよ。このハサミを凶器ではなく道具にするためにも、ね」

元通りの穏やかな笑みを浮かべるチャーリー。
そんなシャーリーから、目が離せない紀菜子。


〇 美容室・店内(昼)

シャーリーがいなくなり、二人きりになった紀菜子と魁聖。

紀菜子「なんだか、魁聖さんがシャーリーさんにどうして憧れたのかわかったような気がします」
魁聖「そうだろう。シャーリーには不思議な魅力があるんだ。彼は俺の兄貴であり師匠だ」

穏やかな笑みを浮かべる魁聖。
そんな魁聖を見つめる紀菜子。

魁聖「俺もいつか、シャーリーのようになりたい。シャーリーのような美容師になりたいんだ」
紀菜子「魁聖さん……私は、魁聖さんを応援します」
魁聖「ありがとう、紀菜子ちゃん」

笑顔で笑い合う紀菜子と魁聖。

魁聖「ところで、紀菜子ちゃん。来月のことなんだが……」
紀菜子「来月、ですか?」
魁聖「ああ、クリスマスがあるだろう? 予定はあったりするのか?」
紀菜子「クリスマス……」

魁聖からの質問に、動揺する紀菜子。
少し照れながらも、話を切り出す魁聖。

魁聖「基本的にクリスマスの辺りは忙しいんだが、当日の夕方は一応ここが使えることになっている。できれば、その辺りがいいんだが……」
紀菜子「は、はい。それはいいんですけど……」

同時に視線を外す紀菜子と魁聖。
二人の間に、少し気まずい空気が流れる。