〇 学校・教室(昼休み)

教室でお弁当を食べる紀菜子と沙苗。

沙苗「それじゃあ、宮ちゃんはそのカリスマ美容師見習いさんの練習相手になった訳か」
紀菜子「うん。まあ、そんな感じかな」

沙苗の言葉に、ぎこちなく頷く紀菜子。

沙苗「いいなぁ。私も、その人にお願いしようかな?」
紀菜子「え?」
沙苗「練習相手は多い方がいいでしょ?」
紀菜子「だ、駄目っ」

沙苗の言葉に、焦る紀菜子。
それに笑みを浮かべる沙苗。

沙苗「ははーん。そういうことか」
紀菜子「な、何?」
沙苗「いやいや、宮ちゃんの邪魔はしませんよ」
紀菜子「さ、沙苗ちゃん……?」

嬉しそうに笑顔を浮かべる沙苗。
それに対して困惑する紀菜子。


〇 美容室・店内(昼)

再び美容室に来た紀菜子。
魁聖に髪を切ってもらっている。

紀菜子「……魁聖さんは、どうして美容師を志しているんです?」
魁聖「む……」
紀菜子「その、少し気になっていて……」

紀菜子の言葉に、魁聖が驚く。
しかしすぐに、笑みを浮かべる。

魁聖「紀菜子ちゃんは、俺の髪色を褒めてくれたよな?」
紀菜子「え? あ、はい。綺麗な金色だと思いました。やっぱり美容師を目指してるから、綺麗なんですか?」
魁聖「いや、そういう訳ではないのさ」

紀菜子の言葉に、笑う魁聖。
作業を進めながら、紀菜子からの質問に答え始める。

魁聖「俺の髪は地毛なんだ」
紀菜子「地毛?」

魁聖の言葉に驚く紀菜子。
それに対して、笑う魁聖。

魁聖「驚いたかい? まあ、そうだよな。俺は見るからに日本人である訳だし」
紀菜子「もしかして、ハーフとか?」
魁聖「惜しいな。祖父が欧州の出なんだ」
紀菜子「クォーター、ということですか?」
魁聖「ああ」

作業を進めながらも紀菜子との話を続ける魁聖。

魁聖「隔世遺伝とでもいうのだろうか。俺の金髪は、その祖父さんから受け継いだものであるらしい」
紀菜子「そ、そういうこともあるんですね」
魁聖「ああ、でも俺が祖父から受け継いでいるのは、この金色の髪だけだ。それ以外は、日本人でしかない。まあ、四分の三は日本人である訳だからな」

鏡越しに改めて魁聖の顔を見る紀菜子。
魁聖は苦笑いを浮かべている。

魁聖「幼少期、俺はこの髪色が原因で色々と言われたものだ。だから俺は、この髪が嫌いだった」
紀菜子「それは……」
魁聖「だけど、そんな時に出会ったんだ。俺の髪の色を肯定してくれる人に」
紀菜子「え?」

紀菜子の髪をゆっくりととく魁聖。
そこで紀菜子は、魁聖が笑顔を浮かべていることに鏡越しに気付く。

紀菜子「もしかして、美容師さんに、ですか?」
魁聖「まあ、ここまで話したらわかるか? ご明察だ、紀菜子ちゃん。要するに、俺はその人に憧れて美容師を志すようになったんだ」

作業を続けながら紀菜子と話を続ける魁聖。

魁聖「その人は、魔法みたいに俺の髪を整えてくれた。その姿に、俺はすっかり惚れ込んでしまった」
紀菜子「ほ、惚れ込んだ、ですか?」
魁聖「ああ、その人のような美容師になりたいと思った。それを本人に伝えたら、応援してくれると言ってくれた。それからは、俺にとっては兄貴みたいな存在だ」
紀菜子「兄貴……」

魁聖の言葉にほっとする紀菜子。
ほっとしている自分に、少し驚く。

魁聖「俺はあの時初めて、自分自身を肯定できたんだ。それからだな胸を張って生きられるようになったのは……まあ、俺にとってその人は恩人という訳だな」
紀菜子「魁聖さん……それなら、私の恩人は魁聖さんです」
魁聖「何?」
紀菜子「魁聖さんに髪を切ってもらって、私も自分を肯定できるようになったんです。なんだか世界が明るくなったというか……」

紀菜子の言葉に、目を丸くする魁聖。
その直後に、嬉しそうな表情になる。

魁聖「そうか。それなら嬉しいな。俺もあの人に一歩近づけたということだろうか」
紀菜子「はい、そうだと思います」
魁聖「紀菜子ちゃんは、どんな風に変われたんだ? それを聞かせてもらいたい」
紀菜子「そうですね……自分で言うのもなんですが、可愛くなれたと思っています。最近は、男の子から告白なんてされちゃって」
魁聖「告白……」

紀菜子が少し照れながらした発言に、手を止める魁聖。
それに少し驚く紀菜子。

紀菜子「魁聖さん、どうかしましたか?」
魁聖「ああいや、紀菜子ちゃん、彼氏ができたのか?」
紀菜子「ああいえ、お断りしました。その……嬉しかったですけど、お付き合いはできないと思ったので」
魁聖「そうか……」

少し安心したような表情をして、作業を再開する魁聖。
その様に少し顔を赤くする紀菜子。
気まずい雰囲気が、二人の間に流れる。


〇 美容室・店内(昼)

散髪が終わって髪が短くなった紀菜子。
その出来栄えを改めて確認する魁聖。

紀菜子「魁聖さん、ありがとうございます。それでお代なんですけど……」
魁聖「いやいや、それはいらないさ。前にも言っただろう?」
紀菜子「でも、こんなに良くしてもらっているのに……」
魁聖「むしろ、紀菜子ちゃんにお金を払いたいくらいだ。練習相手は、貴重だからな」

紀菜子が財布を取り出そうとするが、魁聖に止められる。
それに対して、腑に落ちない表情をする紀菜子。

紀菜子「む、無償でここまでしてもらうのは気が引けるというか……」
魁聖「ふむ……」

紀菜子の言葉に、考えるような表情をする魁聖。
そして何かを思いついたかのように、手を叩く。

魁聖「それなら、今度俺に付き合ってくれないか?」
紀菜子「え?」
魁聖「紀菜子ちゃんさえ良ければ、一緒にどこかに出掛けたい。それで今回の件はチャラということにしよう」

魁聖の提案に、固まる紀菜子。
その様子に苦笑いを浮かべる魁聖。

魁聖「まあ、流石にそれは乗れないか。ただ、俺はそれ以外のお返しを受け取るつもりはない。お金を貰うのはこちらも気が引けるからもちろんなしだ」
紀菜子「……いえ、魁聖さんと出掛けるのがお返しになるなら、私はそうしたいと思います」
魁聖「む……」

紀菜子の返答に、驚く魁聖。
魁聖との距離を少し詰める紀菜子。

紀菜子「一緒に出掛けましょう、魁聖さん」
魁聖「……そうか」

頬をかく魁聖。
意気込むような仕草をする紀菜子。