〇 家・リビング(朝)

紀菜子「美容師見習い?」
母「ええ、お母さんの知り合いの息子さんがね。練習相手を探してるみたいなの」

夏休みの朝食時、紀菜子と母が会話。
母の言葉に、紀菜子が驚く。

母「ほら、近所のおばちゃんが引退したでしょ? あなたも髪が伸びて困っているって言ってたじゃない」
紀菜子「そ、そうだけど……」
母「それなら決まりね」
紀菜子「あ、えっと……」

不服そうな顔をする紀菜子。


〇 町中・美容室の前(昼)

紀菜子「多分、ここだと思うんだけど……」

スマホを見ながら辺りを見回す紀菜子。

紀菜子「悩んでいても、仕方ないか……」

母との会話を思い出す紀菜子。

母『深見さん家の魁聖君っていうんだけど、すごくかっこよくてね。私が切ってもらいたいくらいなんだけど、やっぱりこんなおばちゃんよりも若い子の方がいいでしょう?』
紀菜子「はあ、お母さんってば、面食いなんだから……」

ため息をつく紀菜子。

紀菜子(美容室なんて、柄じゃないんだけどな……」

自身の地味な容姿を思い出す紀菜子。
目の前にある煌びやかな美容室に、少し尻込みする。

紀菜子(まあここまで来た訳だし、入るしかないか……)

しかし意を決して、美容室に入る紀菜子。


〇 美容室、店内(昼)

紀菜子「お邪魔します」

ゆっくりと店内に入る紀菜子。
金髪で背が高い男性の姿を見つける。

紀菜子(が、外国人……いや、でも日本人だって言ってたし、美容師だから、染めたってこと? それにしては綺麗すぎる気もするけど)
魁聖「おっ、もしかして君が紀菜子ちゃんか?」
紀菜子「あ、えっと……」
魁聖「うん? 俺の顔に何かついているのか?」

怪訝な顔をする魁聖。

紀菜子「その……綺麗な金髪だと思って」

驚いた後に笑みを浮かべる魁聖。

魁聖「君は見る目があるな。俺は深見魁聖、美容師見習いだ」
紀菜子「あ、小宮紀菜子です。お世話になります」

ゆっくりと一礼しながら自己紹介する紀菜子。
それに対して苦笑いを浮かべる魁聖。

魁聖「お世話になるのはこっちの方さ。俺の練習相手になってくれてありがとう」
紀菜子「い、いえ……」
魁聖「さあ、早速だがこちらにどうぞ?」

魁聖に促されて、紀菜子が椅子に座る。
鏡越しに、魁聖を見る紀菜子。

紀菜子(確かにすごいイケメン……あ、泣きぼくろ)

魁聖が紀菜子の髪に触れながら表情を変える。

紀菜子「ど、どうかしましたか?」
魁聖「いや、君は今まで誰に散髪を?」
紀菜子「えっと、近所のおばちゃんですけど」
魁聖「そうか。俺はその人のことを尊敬するよ。いい美容師だったんだな」

魁聖が笑顔を浮かべる。紀菜子はそれに少し驚く。

魁聖「俺の師匠がいつも言っているんだ。美容師は心に寄り添うのが仕事だって」
紀菜子「心、ですか?」
魁聖「ああ、だから俺に聞かせて欲しい。君がどうなりたいかを」
紀菜子「ど、どうなりたいか……」

魁聖の言葉に、紀菜子少し目を見開く。
そして紀菜子が、ゆっくりと息を呑む。

紀菜子(本当はいつも思ってた。自分を変えてみたいって)
魁聖「うん? どうかしたのか?」
紀菜子「と、飛び切りイケてる髪にしてもらえますか? せっかくの機会だから、自分を変えてみたくって」
魁聖「……了解、任しておきな」

紀菜子の言葉に、魁聖が笑顔を浮かべる。


〇 学校・教室(朝)

クラスメイト1「ねえ、あれ……」
クラスメイト2「本当に小宮さん?」
クラスメイト3「小宮って、あんなに可愛かったっけ……」
クラスメイト4「この夏休み、何があったんだよ」

教室で話題になる紀菜子。
髪を切ったことによって、以前までとは別人のようになっている。
本人は赤くなって縮こまる。

沙苗「宮ちゃん、何があった訳?」

友人である木本沙苗からの質問。

沙苗「やっぱり、男?」
紀菜子「ち、違うよ。美容師さん――正確には見習いだけど――それが変わって」
沙苗「男の人?」
紀菜子「それはそうだけど」
沙苗「やっぱり男じゃん」

少し頬を膨らませる沙苗。

沙苗「宮ちゃんは、そういうのじゃないって思ってたのに」
紀菜子「違うって」
沙苗「羨ましい。でも、おめでとう」
紀菜子「だから違うって」

涙を流しながら紀菜子の肩を叩く沙苗。
それに対して呆れ顔を浮かべる紀菜子。

紀菜子(それから時が流れて……)

勉強する紀菜子、友達と話す紀菜子、告白される紀菜子など、場面が推移。


〇 町中・美容室の近く(昼)

一か月後

紀菜子(また来ちゃった……しかも、アポなしで。でも、お母さんに言ったら、色々と言われそうだし)

美容室の近くまで来た紀菜子。
母親の温かい笑顔を思い浮かべて、紀菜子が呆れ顔になる。
そこでふと周囲を見渡した紀菜子が、見知った姿を見つける。

紀菜子「え?」

女性に笑顔で話しかける魁聖。
それを見て、固まる紀菜子。

魁聖「頼む、俺に君の髪を切らせて欲しいんだ」
女性「すみません。間に合っています」

女性が困惑しながら魁聖の前から立ち去る。
それに落ち込む魁聖。

紀菜子(練習相手を探していたんだ……)

一安心しながら魁聖に近づく紀菜子。

魁聖「……何故、成功しないんだ」
紀菜子「あの、魁聖さん」
魁聖「え?」

紀菜子の顔を見て驚く魁聖。

魁聖「紀菜子ちゃん、どうしてこっちに?」
紀菜子「あ、その……」

魁聖の質問に、目をそらす紀菜子。
そこで紀菜子は、苦笑いを浮かべる。

紀菜子「魁聖さんに、また髪を切ってもらいたくて……」
魁聖「なっ! お、俺に?」
紀菜子「はい」

自分の髪を少し弄る紀菜子。
その様子に笑顔を浮かべる魁聖。

魁聖「嬉しいよ。見習いの俺をまた指名してくれるなんて」
紀菜子「いえ、私は魁聖さんのおかげで、変われたので」
魁聖「俺が君の力になれたのなら、何よりだ。それで、今から始めるということでいいのかい?」
紀菜子「はい、魁聖さんが良ければ」

魁聖の言葉にゆっくりと頷く紀菜子。
それに対して、再び笑みを浮かべる魁聖。

魁聖「よし、それなら早速始めるとしようか」
紀菜子「はい」

二人で美容室に入る紀菜子と魁聖。


〇 美容室・店内(昼)

紀菜子「魁聖さんは、いつもああやって声をかけているんですか?」
魁聖「ああ、見ていたのか」

散髪の準備をしながら、会話に応じる魁聖。

魁聖「情けない話ではあるが、実の所成功率はそんなに高くないんだ」
紀菜子「そうなんですか?」
魁聖「俺の風貌が風貌だからな」

魁聖の言葉に首を傾げる紀菜子。
しかしすぐに思い至り、鏡越しに魁聖の髪などを見る。

魁聖「まあ、それは仕方ないことだと割り切っている。そもそも、成功率なんて低くて当たり前だからな。それくらいでは、折れないさ」
紀菜子「魁聖さん、それなら私が……」
魁聖「うん?」
紀菜子「これからも魁聖さんにお願いしたいんです。私の散髪を……」

意を決して言葉を発する紀菜子。
それに対して、驚いたような表情をする魁聖。
その後すぐに笑顔を浮かべる魁聖。

魁聖「ありがとう。嬉しいよ、紀菜子ちゃん。これから、どうぞよろしく」
紀菜子「こちらこそ、よろしくお願いします」

笑顔で挨拶を交わす紀菜子と魁聖。