シャワーを浴び終わって電話をしていたらしく、雅にいが少し濡れた髪のまま私の背中に張り付く。
「もうできる?」
私の頭に、顎を乗せて鍋を覗き込むから「重い」と文句を言えば、渋々と避けた。
「あとは俺やるよ、ごはんよそって」
「ここまでやったから、いいよ」
「えー、じゃあ俺がごはんよそう」
隣でごはんをよそいながら、いちいち「これぐらいでいい?」と私に問いかける。
うんうん、と適当に返事をしながら、出来上がった肉じゃがをお皿に盛り付けた。
「うまそー!」
「大したものじゃないけど」
「ナミが作ってくれた、ってだけで、付加価値めちゃくちゃあるよ。嬉しいなぁ」
お皿を手渡せば、雅にいの顔が目に入る。
まるで、本当に幸せと思っているような顔で微笑んでるから、胸がどきんっと高鳴った。
「早く食べよ」
「う、ん」
テーブルについて、二人で手を合わせる。
「いただきます」
雅にいの反応が気になって、ついつい見てしまう。
箸でじゃがいもを摘んで、口に運んでいく。
ぱくりっと食べたかと思えばすぐさま「うまい!」と声をあげた。
ほっと安心して、私も箸で運べば、いい塩梅に作れていると思う。
……じいっと見つめられて「なに」と言い返せば、「料理うまいんだね」と褒められる。
素直に「ありがとう」とだけ返して、雅にいの顔を見ないようにする。
今更、今更、実感してしまった。
おいしいと言って欲しい。
おいしそうに食べてて嬉しい。
この気持ちは……ユイの言う通り恋なのかも。
だって、私は、こんな気持ち知らない。
胸の中がうるさくがなりたてて、よかったって思ってしまうなんて。
いい塩梅に作れていたと思ったのに、急に味がわからなくなった。
しょっぱいも甘いも、ごはんの味も、よくわからない。
ただ、嬉しそうにパクパクと食べる雅にいを、つい目で追ってしまう。
ごはんを食べ終われば、雅にいは「作ってくれたから俺釜洗うよ」と洗い物を始める。
部屋にまだ戻りたくなくて、キッチンまでついていく。
「何今日は甘えん坊? もっと甘えていいんだよ」
わざわざ手の泡を洗い流して、タオルで拭いて、私の頭を一回撫でる。
撫でられた頭がやけに熱く感じてしまう。
そして、またスポンジを泡立てて、洗い物を始めた。
一個一個の行動が、まるで、私を思っているみたいで勘違いしてしまいそうになる。
洗い物が終わる頃には、雅にいの体に穴が空いてしまうかもしれない。
見つめすぎで。
洗い物を終えた雅にいが、タオルで手を拭きながら、ソファの方を見つめる。
「映画でも見る? 明日休みだし」
明日の予定は何もない。
宿題も特に出ていないし、完全な休日だから断る理由もない。
「うん」
ソファに二人で移動すれば、クッションひとつ分くらいを開けて雅にいは隣に座る。
近いと言って私がこの前逃げたからか、雅にいは前ほど近くには座らなくなってしまった。
好きだと自覚してしまったら、残念に感じてしまう。
自分のワガママに少し嫌気が差した。
雅にいはそんな私の思いには気づかず、隣でどれにしようかなと選んでいる。
映画は、あまり見たことがないからどれでもよかった。
それでも、雅にいは、一つ一つ概要欄を見せながら「これは?」と私の反応を窺う。
「お任せでいいよ」
「じゃあ……これにしよっか」
雅にいが選んだのは、先生と生徒の恋愛がテーマの映画。
わざと選んでるのか、何も考えていないのか、わかりかねて唸ってしまった。
「え、イヤだった?」
「ううん、わからないからどれでもいいよ」
「じゃあ、これにしよう。あ、先に飲み物とか持ってくるよ、お茶でいい?」
「うん」
クッションを抱きしめて、画面を見つめる。
お茶を持って戻ってきた、雅にいが先ほどより近くに座った。
避けずに、そのままにしていれば許されたと思ったのか雅にいの唇がにまぁと緩んだ。
二人していつのまにか映画に熱中しているうちに、ぴったり太ももが触れるくらい近くに座っていた。
映画の先生と生徒は、禁断の恋だからと苦渋の選択として別れを選ぶ。
「先生……私、好きでした。ずっと、先生のことが、好きでした」
「俺は……」
ヒロインの告白に、先生はぐっと唇を噛み締めて、後ろを向いてしまう。
そして、ただ冷たい声で「お前はただの生徒だよ」と告げた。
振られたヒロインは泣きながら走り去っていくけど、先生の目には涙が浮かんでいる。
その前のシーンで友人に「先生と生徒が思い合っていたって、辛い思いをするのはあいつの方だから」と打ち明けていた。
だから、先生と好きなのに、相手のために身を引いたのがひしひしと伝わってきて、私まで涙が出そうになる。
まるで、私と雅にいの恋の終わりを示してるみたいで。
ヒロインは、結局紆余曲折あって先生以外の男の子。
幼なじみのヤンチャな子に慰められてるうちに、恋に落ちてしまって先生のことは思い出にしてしまった。
エンドロールを見ながら、雅にいの反応をこっそり盗み見る。
鼻をぐっと抑えて、泣くのを我慢してるように見えた。
エンディング的には、ハッピーエンドだったのに。
傷ついたのは、先生ただ一人だけ。
その先生に……感情移入していたんだろう。
予想してしまって、ずきんずきんっと体の奥の痛みは大きくなる。
やっぱり、雅にいの好きな人は……生徒なんだね。
あの時の子、なのかな。
恋心を自覚してしまって、始まる前から終わってるなんて。
初恋は叶わないと誰かが言っていた言葉を思い出して、私もうっかり涙目になってしまった。
こちらを見る雅にいは、まるで何もなかったかのような表情だった。
でも、少しだけ赤い目をしている。
「面白かったな」
「うん。映画とかあんまり見ないから新鮮だった」
「映画見ないんだ」
「うーん、あんまり。動画配信とかは見るけど、周りにもあんまり見る子は居ないかも」
ユイも「二時間見てるの、ちょっとキツイよね」と映画デートの後に話していたし。
雅にいは残念そうな顔をする。
「雅にいは、映画好きなの?」
「休日は、わりとよく見る」
「また、誘って。私もっと見たい」
「本当に? じゃあ、ナミが楽しめそうなの探しておくよ」
雅にいと一緒なら、もっと見たい。
映画なら、同じ気持ちになれるから。
感動できるところで一緒に感動して、叶わない恋に切なくなれる。
この好きと言う気持ちは、同じになれないとしても、映画を見た時の感情は同じにできる。
まるで、雅にいに近づけたみたいに錯覚できるから。
それだけで、満足だ。
だって、私の恋は叶わない。
それで満足しないと、ワガママになって、欲張りになったら、まだ傷つくことになってしまう。



