<シナリオ表記>
M=モノローグを意味します。
N=主人公視点によるナレーションを意味します。
×××=短い時間経過を意味します。

○置屋・門の前(昼)
掃き掃除をしている知恵利。
右を見ても、左を見ても奈々緒の姿はない。
知恵利(M)「烏森の事件から3週間が経った。あれから奈々緒さんは、一度も置屋に帰って来ていない」
知恵利の手のひらには、おそろいの舞妓ストラップが二つ。
ぎゅっと握りしめる。

○同・炊事場
食器を洗う知恵利。
知恵利(M)
「蒼真さんに尋ねても、何も答えてもらえなかった。
『殺されはしていない。だけど、わたしが余計な動きをすると、奈々緒が戻ってくることはできない。
最悪の場合、殺される可能性もある』と釘を刺されてしまった」
知恵利の手は止まっているのに、蛇口の水が出続けている。

○八坂神社・しだれ桜の前(昼)
ぼんやりとした知恵利。買い物袋を手に提げてたまま、呪いのしだれ桜の前に立つ。
桜の木を見上げる知恵利。
知恵利(M)「奈々緒さん。どこにいるの。わたしはあの時、何もできなかったーーー
ごめんなさい・・・あなたに会いたい・・・」
知恵利の目に涙がにじむ。
ふと、隣を見ると、少女が一人、知恵利と同じように木を見ていた。
その横顔は、奈々緒ーーーそして(#1の写真の)舞妓ーーーとうりふたつ。
知恵利「!!!」
少女に歩み寄る知恵利。
知恵利「ななお・・・さん?」
少女は声に気づいて、知恵利のほうを見る。
その顔は、やはり奈々緒にそっくり。
不思議そうに知恵利を見つめる少女。
知恵利「奈々緒さん!!」
確信を持ってそう呼び、思わず少女の肩につかみかかる知恵利。
が、その肩が奈々緒よりもずっと華奢であることに気づく。
少女「あなた、奈々緒を知っているの?」
知恵利「はい。奈々緒さんと同じ置屋で、仕込みをしている小野寺知恵利と申します。
もしかしてあなたは・・・・」
見た目はあどけない少女、だが、どこか大人の女性の落ち着きがある。

インサート
#4 烏森「お前の母親と同じように・・・」

知恵利「奈々緒さんの・・・お母様・・・?」
ハッとなった少女。
両手で顔を覆い、涙目になる。
少女「はい・・・奈々緒の母のいち()と申します」
恭しく頭を下げる少女ーーーいち()
× × ×
呪いのしだれ桜前のベンチに腰掛ける、知恵利といち香。
いち香「奈々緒が舞妓をしているのは、全部わたしのせいなんです」

○いち香の過去回想(16年前)
とある置屋の裏。
いち香(15)が男衆(おとこし)と口づけを交わしている。
現在のいち香(M)「わたしは舞妓として見世出しが始まったばかりにもかかわらず、置屋を出入りしていた一人の男衆の方と恋をしていました」
テロップ「見世出し・・・見習い期間を経て、舞妓としてお座敷デビューをすること」

× × ×
手洗い場で妊娠検査薬の結果(陽性反応)を見て震えるいち香。
現在のいち香(M)「やがてその方との間に子どもを授かりました」
× × ×
置屋で大人たちから糾弾されているいち香。
現在のいち香(M)「修行中の舞妓が妊娠するだなんて言語道断。
周囲からは中絶するように言われましたが、わたしはそれだけは断固拒否しました」
すると、当時わたしを一番贔屓にしてくださっていた旦那様がおっしゃったのです。
旦那(60~70代)恰幅がよく、大物の風格。
旦那「いち香、この桜の呪いを受けて、永遠にわたしだけの舞妓として生きなさい。
それが受け入れられるなら、お腹の子供を産むことを許し、その子の将来の面倒をわたしがみよう」
現在のいち香(M)「わたしには、そうするより他の選択肢はありませんでした」
旦那の手を借りて薬を飲むいち香。
現在のいち香(M)「そして、奈々緒を出産した後、わたしは呪いの薬を飲みました。
すると、わたしの時間は本当に止まってしまったのです」
体を抱えて震えている、いち香。
現在のいち香(M)「数年後、高齢となられた旦那様との間にもう一人男の子を授かり、出産しました。
ですが、子供たちは大きくなってゆくのに、わたしが年を取ることはありませんでした」

現在のいち香(M)「呪いは本当でした。
科学的な根拠はまったく不明ですが、薬を口にした日から、わたしのすべては止まっています。
他の桜の木で同じ製法で薬を作っても、成分がまったく同じなのに、効果はなかったそうです。
解毒剤も開発されているようですが、その効果も真偽も誰も知りません・・・」

現在のいち香(M)「一人の舞妓を一人前の芸妓に育てるのは至難。それは今も昔も同じだったようで、
いつしか舞妓の人数を増やすのではなく、一人の舞妓が年をとらずに長く活躍できるようにと、この呪いの桜の薬が生まれたそうです」

現在のいち香(M)「わたしと同じように薬を飲んで、永遠の舞妓となった者がいたようですが、わたし以外の者は、全員が自死した、と聞いています」
イメージ:儚げに散りゆく花々。
現在のいち香(M)「わたしは旦那様だけの舞妓として生きて参りましたが、数年前にその旦那様がお亡くなりになりました。
かような身では普通に暮らすことも難しく、こうして止まった世界を彷徨っているのです。
イメージ:成長してゆく奈々緒と、奈々緒が生まれてから一度も変わることのないいち香の姿。

× × ×
戻って、木の前のベンチ。
いち香「大きくなった奈々緒に会いたい。そして、その手を握ったら、桜の花のように散って消え去ってしまいたい。
花と同じように、やはり、命は限りがあるからこそ美しいのですから」
いち香の頬を一筋の涙がつたう。
いち香「わたしだけが呪いに苦しむ。それで良かったのに、どいういうわけか奈々緒は花街へやってきた。
舞妓に扮して、呪いの秘密を探ろうとしているようなのです。
もう誰も苦しんで欲しくないのに・・・」

○置屋・知恵利の部屋
敷き布団の上に倒れ込む知恵利。
知恵利(M)「きっと、奈々緒さんは、自分を産むために呪いを受けたお母さんを救いたくて、
舞妓になって解毒剤に関する情報を手に入れようとしていたんだ・・・」
仰向けになって天井を見つめる。
知恵利(M)「わたしには何もできないの? もし、奈々緒さんが戻ってこなかったら・・・」

インサート(知恵利の回想)
#2 奈々緒「舞妓になれるといいね」

知恵利(M)「奈々緒さんが、教えてくれたこともすべて無駄になってしまう・・・」
蒼真、知恵利の部屋の前に立ち、
襖越しに話しかける。
蒼真の声「知恵利、すぐに下の部屋に来い」
知恵利「あ、はい!」
知恵利(M)「蒼真さん? わたしに用事なんて・・・」

○置屋・和室
蒼真「これから舞踊の稽古をつける」
知恵利「え・・・」
蒼真「時間を無駄にするな。お前はなんのためにここへ来た? 奈々緒がいなくなったら全部諦めるのか?」
知恵利「いえ。舞妓に・・・芸妓(げいぎ)になるためにここへ来ました」
蒼真「だったら、そこで舞ってみせろ。奈々緒から教えてもらったことを、披露してみろ」
戸惑いながらも、舞を始める知恵利。
三味線がなくても、しっかりと舞を体で覚えている。
真剣なまなざしで知恵利の舞踊を見ている。
踊り終えて、蒼真に向かって一礼する知恵利。
蒼真「奈々緒がお前にしっかり稽古をつけていたのだとわかった。
改めて聞く。この街で生きていく覚悟はあるか?」
知恵利「はい・・・」
静かに力強く答える知恵利。
蒼真「お前が今やるべきことは、舞妓になるために歩み続けること。
今日からの仕込みの指導役は弟の俺が責任を持って、引き受ける」
知恵利「弟・・・?」
蒼真「俺は奈々緒の腹違いの弟だ」

インサート
いち香「旦那様との間に、もう一人の男の子を産んで・・・・」

知恵利(M)「それが、蒼真さん・・・」
立ち上がって、知恵利を抱きしめる蒼真。
知恵利よりもはるかに大きい蒼真に抱きすくめられてーーー

(第5話 呪われた舞妓 以上)

■6話以降から完結までの大まかなあらすじ(1,000文字以内)
 烏森家の地下施設「舞妓の墓場」に幽閉されていた奈々緒は、3ヶ月ぶりに置屋へ帰ってきた。
 その表情はすっかり生命力を失っており、まるで別人のよう。
 奈々緒は、幽閉されている間に、母・いち香と同じく『しだれ桜の呪い』を完成させられ、時間を止められてしまっていた。
 「これ以上自分に関わると危険だ」と知恵利を諭し、置屋から出て行く奈々緒。
 
 しかし、奈々緒の決断を受け入れられない知恵利は、一人で烏森の屋敷へ乗り込み、解毒剤を手に入れようとする。
 その途中で地下施設「舞妓の墓場」を目撃する。
 そこには、15歳で時を止められた複数の舞妓たちが幽閉されていた。
 烏森家は闇組織とつながっており、呪いをかけた舞妓たちを裏社会で何年間も働かせていた。
 花街の深淵をのぞき見てしまった知恵利は、烏森の手によってむりやり呪いの薬を飲まされ、始末されそうになる。
 だが、その時、知恵利を助けに、奈々緒と蒼真が現れる。
 二人の出自である白河家が、今回の事態を知り、烏森家の粛正に動き出したのだ。
 (奈々緒が幽閉されている間、蒼真が裏で手ぐすねを引いていた)
 五花街全体を取り仕切る白河家には太刀打ちできず、烏森は花街から姿を消した。

 知恵利と奈々緒は幽閉されていた舞妓たちを解放し、烏森家で秘密裏に開発されていた『しだれ桜の呪い』の解毒剤を手に入れる。
 だが、人体に問題なく使用できる解毒剤の数は、残りわずかしかなかった。
 奈々緒は、いち香や墓場にいた舞妓たちに解毒剤を飲ませ、最後の一人分を知恵利に渡す。
 薬を飲んだら花街を離れてふるさとへ帰り、平和な世界で生きてゆくよう知恵利を諭す奈々緒。
 奈々緒はこのまま、烏森家の監視を続けながら、呪いとともに、この街でひっそりと生きてゆくと話す。

 しかし、知恵利は奈々緒の提案を拒否。
 ともに生きて、いつか自分たちの力で呪いの解毒剤を開発しようと返す。
 知恵利は二度と、奈々緒を一人にはしたくなかった。

 その後、知恵利は仕込みから舞妓見習いとなり、奈々緒と「姉妹の盃」交わす。
 知恵利は、奈々緒から名前を一文字譲り受け、「()はな」として、花街で芸妓として生きてゆく決意を固める。

(6話以降のあらすじ 以上)