真っ暗闇の中を、ただ一人、彷徨っていた。
 ここがどこか。
 どっちが前でどっちが後ろか。
 そんなことすらわからない深い闇。
 
 ふわふわとおぼつかない足元。
 手さぐりに手を伸ばすも、何も掴めず終わるだけ。

 いつも、どんな時だって傍にいたはずのセイシスが、いない。
 私一人。
 こんなにも寂しいだなんて。
 例えようのない寂しさと悲しさを覚えた、刹那──。

「大丈夫よ」
 真っ暗闇の中で、声がした。
 いつか聞いた、ふんわりとした、優しい女声。
 だけど姿は見えない。
 あいかわらず、ただ闇が広がるだけ。

「誰?」
私はたまらず姿なき人に問いかけると、相変わらず姿のない声がかすかに笑った気がした。

「大丈夫。あの惨劇の未来を自分の手で変えたあなたにならきっと、これから多くの幸せが待っているわ」

 惨劇の未来を変えた?
「!! この声……」
 どこかで聞いたこの声。
 そうだ……私が一度目に死んだ時、私にチャンスをくれた女の人の声だわ……!!

「じゃぁ私……、もう、殺されない? セイシスも……お父様も……誰も……。誰も血で汚れることなく、ちゃんと生きていられるの?」

 脳裏に浮かぶ惨劇。
 血だまりの中沈む私とセイシス。
 その周りで次々と自害していく夫達。
 思い出すだけで鳥肌が立ち震えてしまいそうになるあの場面。
 2回目の人生は、あれを見なくても済むの?
 ちゃんと私は、変えることができた?

「えぇ。これからはあなたは、一からの未来を作るのよ。一回目の運命に沿ったものではない、あなたにとっての、一回目のその先の未来を──」

 私にとっての、一回目のその先の未来……。

「奇跡は2度は起こらない。この2回目は最後のチャンス。だから今度は後悔しないように、貴女らしく生きて」

「あなたはいったい……」
 呆然としたつぶやきに、その声がくすりと笑った気がした。

「2回目で私の未来を変えてくれてありがとう、リザ。幸せになってね──……」

 2回目で、未来を変えた……?
 あぁ……なんだ、そうか。これは……この声は──。

「お母……様?」
 1回目で幼い頃に亡くなった、私のお母様の声。
 ずっと……ずっと見守っていてくれていたのね。
 あぁ、なんだ……。
 私、一人じゃなかったじゃない。

 一回目の時、ずっと私は孤独だと思っていた。
 父の不調がある中、替えのきかないたった一人の跡継ぎとして、私は一人で立たねばと思っていた。
 苦しい時、甘えたい時、頼りにしたい母もいない。
 自分は一人なのだと。

 そして孤独に耐えきることができなかった私は、たくさんの夫をもち、公務をそっちのけで快楽に耽った。
 ただただ、一人であることを忘れたくて。
 ただただ、誰かの特別になりたくて。
 ただただ、寂しくて。

 甘やかしてくれる場所を、ひたすら求めた。

 でも違ったんだわ。
 目に見えなくても、お母様はずっと私を見守ってくれていた。
 一回目の私も、ずっと、一人じゃなかったんだ。

「ありがとう──1回目のお母様」

 心がすぅっと軽くなって、私の真っ暗な世界に光が差した──。

 私はもう、大丈夫だ。