「と、いうことでな、リザ。何人もの求婚を断り続けているが、お前ももう十八歳。そろそろ婚約者の一人でも添えねばならん。数人候補者を用意した。一か月以内に婚約者を決め、一年以内に結婚、二年以内に世継ぎを作ってもらいたいのだ」

 ……は?
 なんてった?
 一か月以内に婚約者?
 一年以内に結婚?
 二年以内に世継ぎ……って……。

「はぁぁぁあああああ!?」
 思わず上げた声に目の前で先ほどの言葉をのたまったお父様が耳をふさぐ。

 どんな過密スケジュールなのよ!?
 ふざけてるの!?
 しかも世継ぎとか、そんなの、時の運でしょうに!?

「まぁお前も思うところがあるのだろうが、私も身体の具合があまり芳しくなくてな。私が元気でいられるうちに、地盤はきちんと整えておきたいのだ」
「お父様……」

 お父様はお身体があまりよろしくない。
 三年前から手がしびれ始め、年々しびれは強くなり、今では右手はほぼ使えない状態だ。
 だから公務のほとんどを私が行い始めているのだけれど……ついに来るべくしてきた、ということなのかしらね。

 何にしても、今までのらりくらりしていられたのが奇跡、よね、きっと。
 ここらが潮時、か。

「……わかりました。婚約者候補にはお会いしましょう。ですが、私が無理だと思ったらそれは無理です。いいですね?」

 婚約者候補。その中に私の前世の夫が含まれている可能性は十分にあり得る。
 私だって前世私を殺した人達に会うのは怖い。
 今回は絶対に死にたくないし、できることならその婚約者候補に会いたくなどない。
 そのどれかに、私を殺そうとが画策した首謀者もいるんだろうから。
 でも、そうはいっていられないのも事実。

 だって私は、この国の唯一の王女ですもの。
 やらなければならないことはやらなければならない。
 たとえそれが、自分の意思に反することでも。
 嫁ぎたいと思う相手ではなくとも、一度目の夫達以外で求婚の言葉も無効化されない人ならこの際誰でもいい。

 ただし今世ではたった一人。
 たった一人だけを私の夫にするわ。
 その夫が殺人鬼でないことだけを祈って。

「うむ、わかった。お前の意思は尊重しよう」
「ありがとうございます。では、セイシスにスケジュールを組ませますわね」

 そう言って私は頭を下げると、お父様の執務室を後にした。

 ***

「そういうことだからセイシス。婚約者候補との面談のスケジュール組み、適当にしておいて」
 4人の候補者が書かれた紙をひらりと隣で控えるもはや私の隣にいないことがないであろう男に渡すと、男はそれを見るなりにげんなりと顔をゆがめる。

「うぇ……めんどう……」
「あんた私の護衛兼側近でしょ? ちゃちゃっとやっちゃって。あぁでも公務に支障のない範囲でね」

 婚約者候補との面談に気を取られて公務がおろそかになっては本末転倒だわ。
 私はあくまで一国の王女。
 一番にするべきは、国のことを考えて改革を進めていくことだもの。
 一回目の人生のように責務から逃げ国政を放り投げて【稀代のビッチ悪役王女】だなんて噂されたくはないし。

「はぁ……わかりましたよ。……ったく……。でも、無理はすんなよ?」
「え?」
「いや、さ、なんかお前、昔から異様に結婚嫌がってるだろう? お前が理由なくそんなに嫌がることなんてないだろうし、無理はすんなよ、って」

 こういう時、こいつは私の芯の部分をついてくるから嫌だ。
 一人っ子王女様のわがままだとでも思ってくれればいいものを、私の核心について、でも決して深堀りはしない。
 なんだかセイシスの方が私よりもずいぶん大人みたいで、少しだけ面白くない。

「大丈夫よ。無理しそうになったら、あなたが止めてくれるでしょ? セイシス」

 私がわざとらしくにっこりと彼を見上げれば、セイシスは眉間にしわを寄せて言葉を詰まらせ、そしてはぁ、と深くため息をついた。

「お前なぁ……ったく。そういうとこ、タチが悪いよな」
「あら、止めてくれないの?」
「止めるよ。羽交い絞めにしてな」
「お、お手柔らかにね?」

 この人、私が王女だって時々忘れてないかしら。
 というか、女だということすら多分忘れてるわ、この男。
 解せぬ。

「ふーん、フローリアン王国の第二王子フロウ・ブレイン・フローリアンに、隣国ノルン王国の第二王子カイン・デレイアン・ノルン。おっと、ディアス公爵家の次男サフィールに……え……アルテスだと!?」

 あーそういえばそうだった。
 まさかの一度目の人生と同じ婚約者候補。
 ということは、そう、このアルテス……アルテス・マクラーゲンもいるのよね。
 セイシスの4つ下の異母弟。

 一度目の人生ではこの候補者全員が私の夫になった。
 この人たちは何度も何度も私に熱烈な求婚をしてきた。
 見目も整っているし、私を裏切りそうにないほどに私にべた惚れだったし、何より、結婚するにおける私の要求をのんだからこそ、私は彼らの求婚を受けた。

 結婚の条件その1。
 王女である私は重婚が認められるが、他の夫たちと決して争うことなかれ。

 条件その2。
 私が誰の子を孕んでも、分け隔てなく愛する事。

 条件その3。
 私以外の女を愛することなかれ。

 我ながら何て奴だとは思う。くずだ。くず。
 だけどあの時の私には、それが絶対条件だと思っていた。

 たった一人の王女である限り、私は必ず、子を産まねばならないのだから。
 まぁあとは、どうせ抱かれるならば見目の整った男が良いっていうのもあったけれど。

「うーん……あながち悪役王女っていうのも間違いではない、か」
「は?」
「ううん、こっちの話。じゃ、スケジュール管理お願いね、優秀な護衛騎士様」
「へいへい。……あんま気が進まねぇけど……な……」

 憂鬱そうに窓から覗くオレンジ色の空を見上げてため息をつくと、セイシスはすぐにスケジュールの調整を始めるのだった。