「んー……っ」
 身体が重い。
 いつもはすっきりしゃっきりと起きることのできる身体が、なかなか起動してくれない。
 何か乗っているんじゃないかというほど重い瞼に気合を入れ、ゆっくりと引き上げると──。

「んぁ!?」

 なっ……なっ……。
 ──何これ!?!?

 薄く目を開けて飛び込んできた光景に、私は思わずあんなに重かったはずの瞼を一瞬にして前回にしてしまった。

 ふかふかのベッドなんかじゃない。
 私の目の前にあったのは、少しはだけた硬い胸板。
 そこからさらに少しだけ視線を上げれば──。

「!? セイシス!?」
「起きたかトンデモ娘」

 不機嫌そうに私を見下ろすセイシスの黒い双眸。
 その白目はどことなく赤く充血している。

 いやそんなことはどうでもいい!!
 な、何で私、セイシスに抱きしめられてるの!?

「いったい何が……。……ぁ……」
 じんわりと思い出される昨夜の失態。
 それと同時に昨夜とは違う種類の熱が身体中に広がっていく。

「う……うあぁぁあああ!?」
「やっとちゃんと起きたかトンデモ娘」

 わ、私、媚薬に浮かされてセイシスにとんでもないことをさせて……!!

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 媚薬なんかに負けたうえ一人で抑え込むこともできずセイシスに拘束させちゃってごめんなさい!!」

 私はベッドの上で正座すると、そのふかふかの布団にこすりつけるが如くセイシスに頭を下げる。
 いやもう本当、弁解のしようもないわ。

「待てお前は勝つ気だったのか!? ったく……いったいお前はどこの戦闘民族だよ……」

 うぅ……。
 小さい頃から次期女王として一通りの毒には免疫をつけてきたというのに……。
 媚薬なんかに……あんな奴に負けるなんて……!!
 しかもセイシスに自分の痴態を止めてもらってしまうだなんて……!!

 リザ・テレシア・ラブリエラ。
 一生の不覚……!!

「お前なぁ……。媚薬相手にあれだけ理性保ってたんだから、上出来だろう?」
 言いながらセイシスが身体を起こすと、んん~っ、と声を出しながら伸びをする。
 うっすらと見える目の下のくま。
 ま……まさか寝ずに私を抑えていてくれたの!?

「セイシス……ありがとうね」
「……別に。お前を守るのは俺の一番大切な仕事だからな」
「? ……セイシ──」
「それにこんな戦闘部族相手に抑えかかることができるのは、俺ぐらいだろ? 他の奴なら死んでるぞ」

 あぁ、うん、このデリカシーの無さ、セイシスだ。
 この微妙な失礼な感じ。
 真剣な物言いが別人のように思えて一瞬でも心配した私がバカだったわ。

「悪かったわね、戦闘部族で。これでもちゃんと猫かぶってるからいいのよ!!」
 外面良ければすべて良し、よ!!

「……そのまま猫かぶってればいいよ」
「え?」
「トンデモ娘の世話をするのは、俺一人でいいんだよ。他の奴に任せてられるか」

 さっきからトンデモ娘って……でも今回ばかりは何も弁明できないのが痛すぎるわ。
 迷惑をこうむったのは100%セイシスだし。
 それに私も、セイシス以外が私の傍にいるのは違和感でしかない。
 一度目の人生も、セイシスはずっと変わらずに私の傍にいたのだから。

「んじゃ、おれはちょっと顔洗って着替えてくるから、お前も支度しとけ。いいか? 俺が戻ってくるまで人を部屋に入れるなよ?」

 言いながらベッドから降りると、セイシスは扉に向かって歩き出す。
 と、扉の前で立ち止まり、こちらを振り返ってセイシスが再び口を開いた。

「それと、そのネグリジェ!!」
「ネグリジェ?」

 ネグリジェがどうしたのかしら?
 どこかほつれでもあった?

「もう少し首のあたりまで布増やせ。発育良いんだから!!」

 わずかに顔を赤くしてそれだけ言い残すと、セイシスはのっそりと私の部屋を出ていった。

「ん……? ……どういうこと?」