急いで部屋に戻ると、そこに土方さんの姿は無かった。

厠に行くときは、隣に敷いてある布団で寝ていたのに、厠にでも行ったのだろうか。
だがちょうどいい。居るよりいない方がここを出て行きやすい。

空蒼は自分の寝ていた布団を片付けて、部屋をきょろきょろ見渡す。

(洗濯に出したって言ってたけど、あたしの着ていた服まだ手元にないんだよね…)

今着ているのは、寝巻用の浴衣。
パーカーとウィンブレに執着はしていないが、出て行くにしても寝間着姿で行くわけにはいかない。
それに、服を返してくれたところでこの時代でまた着るつもりもない。どうせ変な目で見られるに決まっているし、動くなら時代に合わせた格好の方が都合がいい。

「……。」

拝借はしたくはないけど、背に腹は代えられない。
空蒼は衣服が入っていると思われる箪笥に手を伸ばした。

――スウゥゥゥゥゥ

四段ある内の一段目の引き出しを引くと、中にはたとう紙に包まれた着物が入っていた。
たとう紙をめくると、白と黒の縦線、襠高袴(まちだかばかま)が皺にならないように綺麗に畳まれていた。

(土方さんって案外几帳面なのかも?)

そう関心しながら、二段目も同様に開ける。
次に入っていたのは、白色の襦袢(じゅばん)とクリーム色の長着(ながぎ)
三段目には、紺色の羽織が入っていた。
見た物全てにたとう紙がくるまれており、丁寧に衣服が畳まれたところを見ると、さっきも思ったように確実に几帳面だ。いや、神経質なだけなのか?着物を滅多に着ない空蒼からすると、着物にはこうするのが当たり前なのかもしない。
とは言え、男性の一人や二人くらいは乱雑に入れていそうなのに、ここまで綺麗に整頓されているとなると、土方さんはきっとA型に違いない。
勝手にそう決めつけながら、四段目を開けると足袋や帯など、着付けに必要な小物類が入っていた。
こうも箪笥一つで、空蒼の欲しかったものが見つかるとは、流石A型だ。

そう思いながら、急いで目に付く着物を取り出していき、今着ている夜着を脱ぐ。
すると、久しぶりに目にしただろうか、ヒートテックがお目見えした。
本当はこのヒートテックも洗いたいのだけどそうも言っていられない、早く着替えなくては。

先ほど箪笥から拝借した襦袢から手に取り、その上にクリーム色の長着を着る。
そして、足袋を履き、最後に紺色の羽織を羽織って出来上がり。

見よう見まねで着付けしたにしては上出来だと思う。そう思いたい。
因みに襠高袴を履かなかったのは、自分にとって分不相応だと思ったから。
それに、そこいらの町人は袴なんて履かない、せいぜい長着止まりと言ったところだろうか。袴を履く人はだいたい刀を持つ武士だったり、新選組の様な仕事を持つ人、あとは身分の高い人だろうか。なのでどれにも当てはまらない空蒼はむしろその格好で十分なのだ。

(新選組に入隊する事が決まっただけで、正式に入隊したわけではないから、局中法度で捕まることもないし、誰も困らない。……そう考えるとあたしの立場って動きやすいね)

それにしても、サイズが丁度いいのには空蒼もびっくりしたようだ。うむと自分のつま先から袖の所までもう一度確認をしている。
ぶかぶかになるかと思ったのだが、少し大きいだけでさほど困らない。それに生地がさらさらしているので、とても着やすい。

そう言えば、昔の人は背が低いって聞いたことがある。
空蒼は163㎝だが、男の人でもそれ以下だと聞いた時は本当に驚いた記憶がある。
現代では170,180なんてざらにいるし、背が高い方が何故かモテるという現象もある。同じ日本人でもここまで違うとは、栄養が足りないからか?と考えながら、現実に引き戻される。

(他に…)

他にやる事と言えば特に無し。
持ち物なんて無いし、悲しい事にお金すら持っていない。
その事実を痛感しながら、もう一度部屋を見渡した。

「……。」

空蒼は不意に天井を見上げた。
穴が空いているであろう天井を見るが、穴に詰め物がしてあるのかよく見えない。
最近は見張られている気配もないし、穴が空いている時も見ない。

(最後くらい彼にはあいさつしておきたかったけどしかたないか…)

空蒼は詰め物がしてある天井に向かって口を開いた。

「さようなら……顔も知らない影の支配者さん」

そう言い空蒼は微笑んだ。

そして、聞いたはずの彼の名前を口にはしなかった。
返事が無いと分かっていながら彼の名前を口にするのは、なんだかいけない気がしたし、他の隊士にでさえ秘密にしていることを、空蒼がそう軽々しく言うのはきっと間違っている。
それに、やっぱり一番最初に彼の名前を呼ぶ時は、お互い面と向かった上で目を見て口に出したい。
それはきっとわがままなのだろう。だから、自分で名前を聞いておきながら、口にしない自分を許してとは言わないけれど、どうか新選組を影の支配者として支えてほしい。
貴方の得る情報がこの先必ず新選組に役に立つから。

その気持ちと、複雑な気持ちを胸に空蒼は部屋を後にした。