「それに…私の自己紹介もしないとね」
ニコリと微笑んだかと思うと、壁に寄りかかった。
本当に空蒼の話を聞いていなかったんじゃないかと思うくらいごく自然に。
(…あたし、了承してないんだけど)
それに、自己紹介しなくても誰だか分かっている。
近藤さんは、手に持っていた行灯を、背丈くらいまである目の前の棚にゆっくりと置いた。
その様子を見て、空蒼が何を言っても聞かないだろうと悟った。なので空蒼も近藤さんの隣に同じように壁に寄りかかる。
気が済むまで相手をするしかないか。
「…俺の名は近藤勇…今は新選組局長をやっているよ」
(…近藤勇…か…こう改めて自己紹介をされるとなんだか不思議な気分になるな…)
空蒼は前を向いたまま、近藤さんの話に耳を傾ける。
近藤さんも前を見つめたまま話しているのか、視線は感じない。その方が有難い。
「…約半年前にここ京に居着いてね……新選組という名が与えられる前までは、壬生浪士組と名乗っていたんだ」
「……壬生浪…」
ぽつりと、そんな言葉が自然と口から出てしまっていた。
空蒼はハッと我に返り近藤さんにすかさず謝った。
「っ…す、すみません」
すぐさま近藤さんのいる右側を向いてすぐに謝る。
「いや構わないよ」
そんなあたしに近藤さんは怒ることなく、ニコッと微笑んでくれた。
(…どう、して…)
普通なら壬生浪と言われたら嫌なはずなのに、どうして近藤さんは笑っていられるんだろう。
侮辱されて良い人なんて一人もいないのに。
近藤さんの言うように、新選組になる前は壬生浪士組と名乗って、京の治安維持に勤めていた。
だが、非正規組織のだった為お金が足りず、色々な面で貧しかった。
それを「みぼろ」から「みぶろ」と揶揄して、一部の京の人から呼ばれていたのだ。
今では色々と実績を残している新選組は、もう貧しいとかはあまりないだろうが、近藤さんがそう呼ばれていたのを知らないはずがない。
(…これも、近藤さんの優しさだと言うの?)
空蒼は近藤さんから視線を逸らした。
好きなのに、大好きなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
近藤さんの優しさに触れれば触れるほど、苦しくなる。
今すぐにでも、「自分は未来から来たので、この先の新選組の事を知っています」と言ってしまいたい。
それを言ったらすぐに歴史を変える事に奔走するだろうから。
(でもそれは……きっと彼らは望まない…そんな気がする)
もし、空蒼の存在全てを彼らに言ったら、彼らはどんな反応をするだろうか。
「……壬生狼と呼ばれていた頃が懐かしいな」
考え込んでいると隣からそう聞こえてきた。
近藤さんの顔が見れない。もし見てしまったら、きっと涙が出てきてしまうと思う。
この後起こるであろう新選組の末路を思うと、胸が締め付けられた。
