突然帰宅し部屋に閉じ籠もった娘に、家族は何も言わなかった。

「仕事辛かったの? 大丈夫? やっぱりお金持ちの家は難しいのかしらね」

お母さんは心配していたが、少し休暇を貰っただけだと返した。

ふたりで旅行に行ったことも言えなくて、たくさん買ったお土産も渡せずにいる。
なにもやる気が起きなくてゴロゴロとしていると、その夜、怜士さんから電話がかかってきた。

『凛、メッセージも未読だし心配したよ。書き置き見たよ。お父さんの具合がよくないんだって?』

嘘をついたことが後ろめたくて、返事が曖昧になる。

「ええ……少しだけお世話をしたくて……突然で、家のことを出来ずに申し訳ありません」

『雅たちもまだ帰らないし、それは問題ないけど。大丈夫か? 大変だろう。何か手伝えることがあったら言って』

鼓膜に直接響く優しい声に、鼻がツンとする。
わたしはどうすればいいんだろう。
この人を恨むなんて出来ない。
ウィステリアマリンの社長かもしれない。
けれど、わたしの好きな人だ。

(――――でも)

別れなくちゃいけないかな。
このまま付き合ったとして、わたしは家族みんなに紹介できる?
わたしたちを苦しめた会社の人、それも社長が好きだなんて、家族はなんて思うだろう。
呆れるかな。怒るかな。
ふざけるなって、怒鳴られるかも。

「ありがとうございます。大丈夫です」

必死に取り繕う。

『本当に大丈夫? 声が震えてる気がする……参ったな。会いたくて仕方が無い。不安そうな君を今すぐに抱きしめてあげたいよ』

我慢していた涙が、堰を切ったようにあふれ出した。
わたしは今、家族もこの人にも嘘をついているんだ。

「大丈夫、です。忙しいって行ってたじゃないですか。お仕事頑張ってくださいね」

深呼吸をしてから、平然を装って言った。
どうか、泣いてしまったことがバレませんように。

空を仰いだけれど、星はひとつも見えなかった。
海上で見上げた空とは違う。

やはり、彼とは住む世界が違うのだと思い知らされているようだった。