朝倉は秘書課の室長であり、CEO付、つまり俺の秘書である。

入社時から同期で切磋琢磨し会ってきた仲で、一番信頼を置いている。
始めこそ営業を一緒にやっていたが、朝倉は事務の方が性に合うらしく、総務、経理を経て秘書課に配属になっていた。
俺が社長に就任してからは仕事中はお互いに節度を守って接しているが、休みの時はそうでもない。
休憩中には時々こうして、昔の調子で話しかけてくることがあった。

「なんのことだ?」

「鬼のCEOに、とうとう恋人ができたんじゃないかって噂があるんだよ」

朝倉は得意げに言った。
仕事中にこんな砕けた話し方を出来るのは、朝倉くらいだ。

朝から事務仕事で肩が凝り始めていた俺は、カップを持つと朝倉の正面へ移動した。

「はぁ? なんだそれは」

「これまで休みも無いような仕事人間だったくせに、帰るのは早いわ出張は減るわ。
まあ俺は世界を飛び回りすぎて疲れたんで、ありがたいですけどね。極めつけは、たまに見せるデレた顔と定期的に出没する手作り弁当! 

もうこれ彼女じゃなかったら何なのって感じで。一体全体、我がウィステリアマリンを世界一に押し上げた造船王を射止めたのは、どこの誰なんだって、

社内の女性だけじゃない、取引先のご令嬢たちまで阿鼻叫喚で探し回っているわけ」

意味がわからない。

「俺に特定の女ができたらなんで阿鼻叫喚なんだ? あと、弁当は家政婦だぞ」

「家政婦~?」

「姉が雇ったんだ。お手伝いさんっていうのかな。美菜の世話と、俺の分まで家事をしてくれるから助かっている」

「ああ、雅さん離婚して日本に戻ってきたんだっけ。え~俺の勘ってはずれないんだけどなぁ。家政婦っていくつの人?」

朝倉は不服そうだ。

言われて、何歳だっけ? と考える。

「たしか……二十…一? 二だったかな」

よく覚えていない。

答えると、朝倉は立ち上がらんばかりに興奮した。

「ほらやっぱり! 恋愛対象じゃないか! 何が“家政婦だ”だよ。格好つけちゃってさ。お弁当を眺めるときの緩んだ顔今度写真撮っといてやるよ」

「朝倉個人の意見ならまだしも、俺の食事の噂が出回るなんて、どうも秘書課は口が軽いようだな」

「部下を疑うなんてどういうことだろうね。誤解無きようにお願いしますよ。一回、出張先で弁当出したことあったでしょ。噂が広まったのはそこからだから」

そういえば、そんなことがあったかもしれない。