【雷都side】
琴崎雷都、雲雀学園高校2年生、不登校。
そんな俺は昼になろうとしているのにも関わらず自室でスマホを触っていた。
俺のクラスは居心地が悪い。
俺に何かあればコソコソ何か話してるし、みんな変な目線で見てくる。
こんなクラスで友達だの恋愛だのできるがわけない。
勉強もイマイチ分かってない。
今から行っても元々分からないのなら効率が悪い。
と、半分捻くれて行ってないことは自分でも分かっている。
いけないと分かっているも俺は次から次へとスワイプする。
WAVE。
素人から玄人まで、幅広い年代の人が投稿している動画サイト。
最近はよくここを漁っている。
ミオト。
たまたま目に入ってきたのがこの投稿者だった。
動画を再生してみると、知っている曲が力強く歌われている。
プロフィールを見てみると、得意なことに『歌唱、作詞』と書いてある。一言メッセージの欄には、
『私の歌声を聴いてくれた人が頑張れるような活動を目指します!』
と書かれていた。
俺は一瞬目を閉じてベットから起き上がった。
パジャマを脱ぎ、制服に着替え、顔を洗ってちょっと髪もセット。
「行ってくるわ」
母さんにそういうと、驚いたように走ってきた。
「が、学校に行くの!?」
「うん。弁当は購買で買うからいい。行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
俺は母さんの少し泣きそうな声を後ろに歩き出した。
まさか、あの歌が俺の学校生活を変えるとは思いもしなかった。

2-B。
俺は後ろのドアから教室に入る。
夏の終わり頃の生ぬるい風が当たった。
今はちょうど休憩時間だったらしく、周りがザワザワしていた。
まあ、気にしない。いつものことなんだから。
俺は1番後ろの席に座り、スマホを触る。
ミオトについてもうちょっと調べてみるか…
そう思った時、俺の前に影が現れた。
「琴崎くん!登校早々悪いけど、教室でスマホを触っちゃダメ。ちゃんと職員室に預けて来て!」
クラスの学級委員長だ。
黒縁メガネを掛けた女子生徒。いかにも委員長が似合う。
まあ、見た目でどうこう言ったらいけないんだけど。
「…分かった」
俺がそう言ってスマホを閉じると、委員長はびっくりしたような顔をした。
「えっ、行くの!?」
俺がいつもスルーしてるから呆然としている。
「…じゃあ、委員長が預けてきてくれるの?」
俺が委員長を見てスマホを差し出すと、委員長はみるみる顔が赤くなっていった。
「わ、分かったよ。今回だけね!」
俺のスマホを取り上げて、爆速で走っていった。
委員長、何があったんだろう。
俺はそんなことを思いながら外を眺めた。

移動教室。
俺は1人で荷物を持って歩いていた。
すると、何も考えてなかったからか誰かにぶつかる。
「うわっ!」
「あ、ごめん」
「だ、大丈夫ですっ」
ぶつかった反動で彼女の荷物が落ちたのを俺も手伝う。
こんなに荷物を持ってたら重いのに大変だな。
「ありがとうございましたっ」
俺はそう言って走ろうとする彼女の手を無意識に掴んでいた。
「もしかして…、ミオト…?」
ただの勘だった。
声は歌声とは違うけど彼女の出す雰囲気がどこか似ていた。
「な、なんで…!?って、あ」
彼女は自分で明かしてしまっていた。
「本物?」
「WAVEのことですよね。…はい、そうです」
恥ずかしそうに言うミオト。
「本名は?」
「雨乃美音です」
「いい名前じゃん」
俺は自分でも驚くような優しい声だった。
「うっ、あ、ありがとうございます」
「ごめん、引き止めて」
「あっ、いや、」
「こんなこと言うの俺のキャラじゃないんだけど、その…密かに応援してます。…じゃ」
「あ、ありがとうございますっ!」
俺はその声を背中に教室へと入っていった。
なぜかいつもより足取りは軽かった。

【美音side】
数日後の午後3時30分。
中3の雨乃美音。趣味は歌を歌うこと、作詞。
動画投稿をしている私はルンルンで歩いていた。
とは言っても、この見た目。
メガネに長い前髪、後ろで縛られた特になんの魅力もない髪。
だけどいい。動画で素顔は公開しないから。
それにしても前の人、イケメンだったなぁ。
しかも、地声なのに気づくとか。なんで気づいたんだろ。
放課後の行き先は4階にある使われていない音楽室。
誰もいなくて…、あれ?誰かいる?
私は音楽室のドアを開けると中に入った。
窓は全開に開けられている。
「…ん?」
生徒がこっちを向いた。
「あ、久しぶり」
前のイケメンの人だ。
1番窓側の席に座ってイヤホンで何か聴いている。
「お、お久しぶりです」
白いカーテンが靡いてここは何処かの撮影スタジオかと思ってしまうほど綺麗だった。
「雨乃、だったっけ」
「はい」
とりあえず座りな?と言われたので一つ席を空けて座る。
堂々と隣に座るのはおこがましいと思ったから。
「なんで一個開けたの?こっちおいで」
私は何かのダメージを食らった。
イケメンはずるいのである。
たまに見せる微笑みと言うもの、かな。
そんなことをごちゃごちゃ思いながらもおとなしく隣に座らせてもらう。
「雨乃は結構ここ来るの?」
「大体いつもいます。勉強したり、作詞したり」
「ああ、プロフィールにも書いてあったな」
見てくれたんだ…!
嬉しい気持ちが募る。
「えっと、先輩…ですよね」
そういえば、この人のこと全然知らなかったな。
「雨乃は…、中学生、だよな」
「はい、今中3です」
「俺、高2年の琴崎」
琴崎、先輩。
確か高校生の制服を着ている。
「あのさ、もし良ければなんだけど。歌詞、見せてもらうことってできる?」
私が持っていたトートバックを漁ると、歌詞を書いたプリントがあった。
「ど、どうぞ」
「ん」
先輩は歌詞を読む。
私は横でドキドキしながら待っていた。
「…なぁ、1回これ持って帰っていい?悪いことはしないから」
「別にいいですけど…」
すると、誰かが強引にドアを開けて入ってきた。
「あ?誰かおるん?…ってお前ら誰だよ」
入ってきたのは男子生徒。
うわ、ちょっと怖いかも。
「いや、こっちこそ誰だよ」
琴崎先輩がそう言うと、少し沈黙が流れた。
「ふっ、ははっ!そうだよな、いや、そうよな。勝手に後から来てお前誰だよはなかったわ。ごめんごめん」
思ったより雰囲気がふわふわしていて逆にびっくりしてしまった。
そして奥の方に行く男子生徒。
「ったく」
そう呟き、ケースに入ったギターを取った。
「なんでこんなところにギターを置くかな、乙女は」
そう言ってギターを担いだ男子生徒。
「デートを邪魔しちゃいけないんで、邪魔者は退散しまーす。あとはお2人でごゆっくり!」
何が起きたかと思えば、ギターを取りにきただけらしい。
って、なんか勘違いしてるようだったけど…
「って、俺この後用事あるんだった。ごめん、先帰るわ」
琴崎先輩はそう言って音楽室を出ていった。
私はしばらくの間、窓の外を眺めていた。

数日後。
私は少し間を開けて音楽室にいった。
「…あ、来た」
また琴崎先輩が来ていた。
気だるげな姿も絵になっているけど、もう驚かない。
「お久しぶりです」
「久しぶり。そういえば、貸してもらってた歌詞。返してなかった」
紙が渡されたかと思うと、先輩がスマホを出した。
「その歌詞をさ、勝手に作曲させてもらったんだけど。聴く?」
作曲!?
確かに、私の歌詞を実際音楽として使ったことはない。
「聴きたい、です」
「ん」
イヤホンを渡され、耳に掛けると音楽が聞こえてきた。
ただの伴奏かと思えば機械の声が入っている。
「一応、機械が歌ってる」
「ええっ!?」
そ、そんなすごいことできたんだ。
すると、またまた強引にドアが開く。
「お、またお2人さんいる。毎日ここいんの?と言うことは毎日学校デート?」
前回の男子生徒だ。
ドアの前に立ちつくしている。
「先に言っておくと、付き合ってないから」
「あ、両片思いってやつ?」
琴崎先輩の言葉に斜め上を行く男子生徒。
「だから、違うんだって。なんなら会うの3回目だから」
「えっ、まだそんな段階なの!?」
すると、こっちにきて私の前の席に座ってこっちを向いた。
「じゃあ、何話してんのー?」
なぜか興味津々。
「あれ、イヤホンしてる。これ聞いてもいい?」
「ど、どうぞ!…大丈夫、ですよね?」
「ま、いいけど」
そう言ってイヤホンを渡した。
「…何これ。ボカロ?聞いたことないけど」
顔を顰めて考えている男子生徒。
「そりゃそうだろ」
「これ、琴崎先輩が作ったんです」
「は?お前が?」
信じられないと言う顔をする。
「うん。ちなみに俺は作曲とそのボカロだけ」
「作曲とボカロだけって、結構やってるじゃん」
「でも、作詞は雨乃」
「えっと、琴崎と、雨乃な」
私と琴崎先輩を指さして確認する。
「俺、三鼓(みつづみ)」
三鼓、って珍しいなぁ。
「3年?」
「2年」
「ふーん。後輩だ」
「って、お前先輩なの!?てっきり同学年だと思ってた」
「別に先輩扱いじゃなくていい。今のままでいいから」
「お、おう…」
少し気まずい空間が流れる。
「で、三鼓はなんでここにいるの?」
琴崎先輩がそう聞く。
「俺はさ、幼馴染みがいるんだけど。俺らよく楽器触んのね?で、その幼馴染が毎日帰りに公園とかで楽器弾くんだけど、学校に見つかったらクラブでもないから怒られるじゃん。だから毎朝ここに持ってきてるのを俺がパシリにされて持って降りてんの」
幼馴染のパシリって…、
「じゃなくて!今からその音源貸してくれない?っていうか、ついてこい!」
そのままギターを持ち、すごい速さで音楽室を出ていく先輩。
「…行くか」
私と琴崎先輩は、勢いがすごい三鼓先輩の後に驚きながらもついていった。

ついたのは一軒家。
「遠慮せずに入って」
まさか、三鼓先輩のお宅…
「三鼓って書いてある…!?」
表札にしっかりと三鼓と書いてあった。
「とりあえず、入ってみる?」
「お、お邪魔します…」
そう言って入ってみると。
「こっちこっち!」
少し奥の方から三鼓先輩が手招きしていた。
「早くその音源が欲しい!」
だいぶ気に入ったらしい。

その部屋に入ってみると、驚くものばかり置いてあった。
キーボード、ドラム、マイクに何やら音楽機材。ギターが何本もある。
「ここ、防音室だから近所迷惑とかは考えなくていいからな!…あ、連絡してなかった。いや、呼びにいった方が早いか?」
すると、何やら分厚いカーテンを開けて窓から顔を出す。
「乙女〜、ちょっと来い!」
「はぁ?今度はなんなの!?」
大声で呼ぶ三鼓先輩に奥の方から声が聞こえる。
「まさか、幼馴染って女子…?」
唖然と呟く琴崎先輩。
私も男子だと思っていた。
すると、ガチャっと音がした。
「何?誰か来てんの?」
そこにはギャルっぽい女子が。
「おお、乙女。今回最速じゃない?8秒?」
「なんで数えてんのよ、気持ち悪い」
お、おお、結構ズバッと言うんだな。
「えっと、琴崎と、雨乃。で、コイツは2年の弦霧乙女(つるきり おとめ)。また名字が難しいの出てきたけど、よろしく」
弦霧、先輩。
「で、あの音源頂戴」
「分かった分かった」
琴崎先輩はイヤホンごとスマホを渡す。
「乙女、ちょっと聞いて、この曲」
三鼓先輩と弦霧先輩がイヤホンを分け合って聞いている。
「三鼓って、デートだの両片想いだの言ってたけど、自分の方がよっぽどそんなんじゃね?」
「自分のことになったら鈍感なんですかね?」
すると、弦霧先輩がこうボソッと呟いた。
「いいね、この曲」
足でリズムをとっている。
「ちょっと弾いてみようぜ」
弦霧先輩はギター、三鼓先輩はキーボードにそれぞれ手をつけた。
「せーの、」
三鼓先輩の合図に、さっき聞いた琴崎先輩の曲が流れている。
「えっ」
何年も一緒に弾いてきたような、息ぴったりの演奏。
「めっちゃ弾けるじゃん…」
琴崎先輩もびっくりしている。
「俺と乙女は何年も弾いてきたからな。このくらいは余裕」
「なんなら即興でもできるし」
すごすぎる…!
「で、これにボーカルと後1つ楽器が欲しいなぁ」
考え込むように呟く三鼓先輩。
「ここにボーカルいるよ」
琴崎先輩は私の肩をポンっと叩く。
「アンタ、歌えんの?」
「…えっ、あの…、うまくはないんですけど…」
弦霧先輩の迫力に押されてしまう。
「まあ、歌ってみればいいんじゃない?」
三鼓先輩から琴崎先輩のスマホを受け取り、曲を頭の中に叩き込む。
「で、アンタは?」
横で弦霧先輩が琴崎先輩にこう聞いた。
「俺は特に何もできない」
「でも作曲はできただろ?引き続き作曲をしてくれれば、バンド組める!」
テンション爆あがりの三鼓先輩。
「雨乃も良かったら言って。合わせるから」
「分かりました」
その後、しっかり音楽と歌詞を覚えた後、定位置に着く。
大丈夫、ちゃんと歌えるはず。
「いくよ?」
弦霧先輩の合図で音楽は流れ出した。
それに合わせて歌う。
今まで音源で歌ってきたからこの生での楽器は初めて。
ちょっと興奮もしながらいつも通り歌えたと思う。
琴崎先輩がずっとこっちを見ていたから緊張したけど。
曲が終わって、息を吐くと、後ろからトンッと肩に手を置かれた。
振り向いてみると、
「雨乃ってめっちゃ歌上手いじゃんか。どうよ?俺らと一緒にやらね?」
「遼平!私まだやるも何も言ってないけど?」
後ろで声を少し荒げる弦霧先輩。
遼平って誰のことかなと思ったけどすぐに三鼓先輩だと言うことは分かった。
「え?やってくれねーの?乙女のことだから一緒にやってくれるかなって思ったんだけど」
「(〜っ!)」
弦霧先輩は顔を真っ赤にして顔を背ける。
「おい、大丈夫か?乙女」
「大丈夫じゃないに決まってるでしょ!このばかっ!」
…ツンデレ、という部類に入るのかな?弦霧先輩は。
「バカって…、まあいい。雨乃、どうする?あ、ちなみに琴崎も」
「俺も?」
急に話を振られ、驚く琴崎先輩。
「うん。色々個人でやってきたけど、人数いた方が大きいこともできるし、何より効率がいいと思う。2人ともなんかすげぇし、俺は一緒にやりたい。な、乙女」
「…別に、どっちでもいい」
ふてくされたようにそっぽを向いて言う弦霧先輩。
「やりたいってよ」
どうやら幼馴染であるが故、弦霧先輩の扱い方は分かりきっているらしい。
「俺はいいよ」
「…賛同です」
「じゃあ、決定な」
三鼓先輩はボスっと横にあったソファに座る。
「活動名、えーっと、個人とグループ名。グループ名の方が先だけど。後、活動方針。色々決めていかなきゃいけないことがある」
慣れたように喋る三鼓先輩。
確かに、どんな曲を扱っていくかとか、どんなところで活動するかとか。
「とりあえず、今日はこれで解散。明日の放課後、空いてる?」
「俺はいつでもフリー」「私も空いてます」「大丈夫」
琴崎先輩がそう聞くと、みんな大丈夫ったよう。
「じゃあ、放課後4階音楽室に集合。明日までに方針とか、グループ名とかやりたいこととか各々考えて明日出し合おう」
「了解」
そして私たちは別れた。

帰り道。
三鼓先輩のお宅からは帰る方向が一緒だったらしく、琴崎先輩と並んで帰る。
「なんか、色々あったなぁ」
「そうですね…、グループ名とか、なんか難しい気がします」
「うーん、これってものがないし」
ぶつぶつ喋りながら言う。
「そういえば、ミオトの歌声生で聴けた」
「あっ…」
そっか。琴崎先輩はミオトとしての私を知っているんだ。
美音(みおん)だから、読み方を変えてミオトだ。
琴崎先輩は満足そうな顔をしていた。
「そ、それなら良かったです」
私もつい照れ臭くなってしまった。
「なんか…、色々あったな」
今になって疲れたと言う琴崎先輩。
「私としては一歩前進です。…まあ、ちょっと疲れちゃいましたけど」
でも2人ともいい先輩だったなぁ。
私はそのまま琴崎先輩に送ってもらってしまった。

翌日の放課後。
「よし!じゃあグループ名と方針、その他を決めていこう」
三鼓先輩は音楽室にあったホワイトボードを引っ張り出してきた。
そして綺麗な字でこう書いた。
『1、グループ名
 2、リーダー
 3、活動場所
 4、グループの方針
 5、その他』
「最初はグループ名。なんかあった?」
「なんかスマホで出てきたんだけどさ。プリズムってのはどう?」
「プリズム?」
「うん。ここにいるみんな全然違うタイプじゃん。光を照らすことによって反射する。違うタイプだからこそ、どの方向にも光る」
琴崎先輩の説明に納得。
「え…、なんか最初からいいの出てきちゃったんだけど」
三鼓先輩はギョッとしていた。
「グループ名さ、アルファベットはどう?小文字で『prism』。で、いざデビューするときに大きく『PRISM』にするの!」
弦霧先輩は面白そうに言う。
「え、めっちゃいいじゃん」
三鼓先輩が花を咲かせたように笑顔になる。
「とりあえず、prismに決定な。リーダーは…、誰にする?」
「琴崎でいいんじゃない?遼平だとなんか心配だし」
「誰が頼りないガキや」
「そこまで言ってないわ」
私はそんな2人の会話に思わず笑ってしまう。
「雨乃は?」
「私も琴崎先輩でいいと思います」
「いい?琴崎」
「うん。って言っても頼るからな?」
「どんとこいっ」
三鼓先輩は自身ありげにこう言った。
「あ、時間ないから次の行くよ。活動場所…、俺の家と学校だったらこの4階音楽室がいいと思う。このグループが大きくなったら一応先生にも許可を取ろう」
「分かった」
「で、問題は活動方針だな。俺が思ってるのは、ネットで配信していけたらと思う。それこそWAVEとか」
「個人チャンネルを作ってもいいかも。私だったらギターとベースが弾けるから、それで生配信とか。雨乃さんは、歌枠とか」
「なるほど」
弦霧先輩の意見も合わさり、活動は主にネットですることに決まった。
「じゃあ、計画を練っていこう」
それから本鈴がなるまで4人で話し合っていた。

私は家に着くと、個人チャンネルの更新を始める。
まだ全然聞いてくれる人は少ない。
だけど、嬉しいことに楽しみに待ってくれている人がいるのだ。
プリズムの活動が始まったら、ここに『プリズムのボーカル担当です』って書けるのかな。
そう考えただけでわくわくしてしまう。
私が動画を上げると、スマホがピコっと鳴った。
見てみると、琴崎先輩からだった。
『さっきあげた動画、視聴しました』
そう書かれているだけなのに、とてつもなく嬉しかった。
いや、書かれているだけなんかじゃない。
これは…、すごいことだ。
でもなんかちょっと恥ずかしいかな。
なんて返すか迷った末、『ありがとうございます』と無難な返事を返した。
だけど、送った瞬間後悔してしまう。
もうちょっと可愛げのある文章を作れなかったのか。
そっけないって思われたかな?
スマホを見ながら悶々と考える。
『明日、チャンネルの作り方教えて』
また琴崎先輩から送られてきた。
今度はちょっとくらい可愛げのある文章を…
『喜んで!』
…絶対キャラじゃない。
どうやら私にはこう言うのは向いていないらしい。
琴崎先輩じゃなかったらこんなに悩まないのかな…

「そろそろオリ曲撮ってみるか!」
そう言い始めたのは三鼓先輩だ。
「個人チャンネルは琴崎経由で雨乃に教えてもらったし、もうやることはこれしかないだろ」
今日、合わすことができるんだ…!
「とりあえず練習して、全員が完成したら合奏な」
「俺はどうすればいい?」
「えーっと…、何かできたりする?」
「何も」
少し沈黙が流れた後、弦霧先輩がこう言った。
「ギターは?」
「ギター?」
「私、ギターよりベースの方が得意だからさ。私の穴埋めみたいなもので申し訳ないけど、ギターの方が個人でもできるかなって思って…」
いつもの威勢は弱まり、少しオドオドした様子を見せる弦霧先輩。
「その代わり、実力派の私がみっちり叩き込んであげるわよ」
「じゃあ…、お願いしようかな」
「ボーカルは雨乃、ギターは琴崎、ベースは乙女、ドラムとキーボードは俺でいいか?」
「うん、いいと思う」
そして、三鼓先輩のお宅で練習することになった。

「最初に乙女は自分のベースを一回録音して置いた方がいいと思う。後で聞いてダメだったら直せばいいし」
「分かった」
「俺ももう録音はできるけど、雨乃はまだ練習した方がいい?」
三鼓先輩が聞いてくる。
「もうちょっと時間をください」
「焦らなくていいからな」
こんな風に準備は着々と進んできている。
「雨乃、準備ができたらキーボードと合わせよう」
「オッケーです」
数分後、私はマイクの前に立つ。
いつもしていることだけど、いつもとは違う。
周りに人がいる。
緊張して声が裏返ってしまう予感しかしない。
「練習だからな、気楽にやれよ」
「は、はい」
私は後ろから聞こえるキーボードに乗せて歌い出した。
思ったよりも楽しく、爽快感を感じられる。
「…うん、なんか思ったより3倍くらい上手かった」
曲が終わるなり、三鼓先輩はこう言ってきた。
「なんだと思ってたんですか…」
「えっと、そう意味じゃなくて、単に上手かったよってことだけで別にそんな、深い意味はなくて…」
必死で弁解する三鼓先輩が面白くて私は笑ってしまった。
「分かってますよ」
「な、なんだよ…」
ふいっとそっぽをむく三鼓先輩。
「すみませんって!」
「別に?俺は?お前に遊ばれたとか思ってないし?」
本音が丸見えな先輩。
「今回はギターも乙女が弾いてもらうけど、次回ぐらいからは琴崎も弾けたらいいな」

そして投稿。
「…再生数はあんまり良くないな」
1週間経って5回再生。
まあ、最初からうまくいくはずがない。
「数をこなしていきましょう!」
「…そうだな。俺もギター頑張らないといけないわ」
また、新しく個人チャンネルも開設。
私は今のままで続けてるけど、三鼓先輩と弦霧先輩ももう投稿を始めているらしい。
私は引き続き歌ってみたを投稿し続けている。
最近見てくれてる人も多いからモチベーションにもなる。
「タグも付けてるんだけどなぁ。とりあえず最近は流行ってる曲をアレンジして投稿はどう?見てもらえる人も多いと思う」
琴崎先輩がこう提案する。
「いいじゃん。ただ、くれぐれも無理はするなよ」
「はい」

と、こんなことがあって、なぜ私は三鼓先輩とカフェにいるんだろうか。
練習終わりになぜか連れてこられた。
周りからヒソヒソと何か話されてる気がする。
まあ三鼓先輩顔がいいもんなぁ。
「なあ雨乃。どう思う!?」
「な、何がですか!?」
ジュース握りしめてすごい迫力で聞いてくる三鼓先輩。
「乙女だよ」
「弦霧先輩?」
「そう!ずっと琴崎に付きっきりでさ!嫉妬するっつの…」
不服そうな三鼓先輩。
「三鼓先輩は弦霧先輩のことがお好きなんですね」
「そうだけど。…ってなんで分かったんだよ!俺普通にしてたよな!?バレバレだった?」
「いや、さっき嫉妬って…」
あ、ほんとだ、と自分で驚く。
「雨乃はどうなんだよ。琴崎は」
「こ、琴崎先輩!?そんなの、何もないですよ!」
不意を突かれてびっくりする。
「焦ってる〜」
「違うんですってば!」
「いや、俺も思うよ。最初雨乃にピッタリだったのにさ。また距離置いてる。沼だよなぁ」
何を言ってるのかさっぱりわからない。
沼ってなんだ?
「でもさ…、言ってギターの邪魔をするわけには行かないしさ。複雑ぅ〜」
最初ちょっと堅いイメージがあったのにちょっと親身に感じる。
「雨乃と俺って結局中学生高校生はあれど、1歳差でしょ?」
「まあ、そうですね」
「敬語はずしていいよ。堅苦しくない?」
なんと気の利く。
「いや〜、でもなんか癖なんですよね。急に外せと言われると…」
「逆に難しいか。いいよ、そのままで」
ジュースを飲み干してそのまま帰った。

一方、琴崎先輩と弦霧先輩はと言うと…

【雷都side】
「この指はここね。これでFコード。あ、ズレた」
「難くない!?これ」
「ん〜、なんかこれが難しすぎて挫折する人もいるらしい」
三鼓の家で弦霧と特訓中だった。
後輩から教えてもらうのもなんか恥ずかしいけど今は自分が足を引っ張ってるからそんなこと言ってる場合じゃない。
「ねぇ、遼平って雨乃さんのこと好きなのかな?」
弦霧がそう言うと俺は気道に何か詰まってしまい、何も食べてないのに咽せる。
「だって引っ張って言ったよ?気になるわ〜」
「なんでそんな恋愛ごとに結びたがるんだよ。ただの相談事だろ」
「そーんなこと言ってるあんたも雨乃ちゃんめっちゃ心配そうに見てたでしょ!私知ってるんだから!」 
「なんで知ってんだよ…」
得意げに俺を見る弦霧。
だがすぐに元の表情に戻った。
「どうする?あのまま引っ付いちゃったら。私立ち直れないよ」
「その割にはお前ツンツンしてるじゃん」
「うっ…、だってできないんだもん。遼平に甘えるとか」
本当は甘えたいのか。
「あんただってできないでしょ。まださ、確信した気持ちではないだろうけど、今から甘えるなんて怖くてできないじゃん」
俺は弦霧の言ったことばかり考えていた。

【雨乃美音side】
4階音楽室。
放課後少し話をしていた。
「いやぁ、ライブとかしてみたいな!マジで」
三鼓先輩がこう言う。
「でも、未成年でできる?お金もいっぱいかかるしさ、まだバズりもしてない」
ライブまでの道のりはまだまだだ。
すると、突然音楽室のドアが豪快に開いた。
「ここでバンド組んでるってほんと!?」
履いてきたのはショートカットの女子生徒だ。
「うぉっ、びっくりした」
「福川詩(ふくがわ うた)、今高2!僕もそのグループに入りたいんだが!」
高校2年生って、琴崎先輩と同学年だ。
「あ、不登校の琴崎じゃん!最近来るようになったね!」
ハキハキと喋り、さっぱりしている。
「んで、入りたいって…、何か出来んのかよ?」
三鼓先輩が確認する。
「えっとね、僕はピアノができるよ!自慢じゃないって言ったら嘘になるけど、去年の芹岡ピアノコンクールで優勝したんだ」
芹岡ピアノコンクール…?
「それって…、は?マジで!?」
「証拠がいるんだったら明日持ってくるよ!トロフィーがあるからね!」
三鼓先輩の反応を見ると芹岡ピアノコンクールは大きいコンクールらしい。
「いや、これで、楽器が一つ増えるんだよな?」
琴崎先輩が三鼓先輩に聞く。
「雨乃ボーカルと乙女ベース、琴崎ギターで、俺がドラムに移動すればコイツがキーボード。…あれ、最高じゃね?」
嬉しそうに微笑む三鼓先輩。
「どうかな?自分で言うのもなんだけど、ピアノの実力はあるほうだと思うよ」
「いいか?」
「私はいいと思います」「いいんじゃない?」「いいよ」
「じゃ、福川詩。簡易的だけど、prismにようこそ」
琴崎先輩の声と共に「よろしく!」と福川先輩が言う。
「prismって言うんだね!」
「小文字な。本当にデビューする時に大文字になる」
「え、エモすぎん?僕そういうの大好きだよ」
「琴崎が考えたんだよ」
「…ぼっちじゃなかったんだね!」
少し驚いて笑顔で福川先輩が満面の笑顔でこう言う。
「失礼な」
「あ、名前聞いてないや。僕のことは気軽に詩って呼んで!」
「雨乃美音です。あ、中3です」
「三鼓遼平、高1」
「弦霧乙女。同じく高1」
「琴崎」
「美音にリョーへーにおとちゃんと琴崎ね!了解!」
なんか親みやすい人だな。
「早速だけど、今日は歌ってみたの収録だけど放課後空いてるか?」
「大丈夫だよ!」

そして放課後。
いつも通り三鼓先輩のお宅で活動していた。
「一回全体合わせてからそれぞれの収録に移ろう。詩、できた?」
「うん、完璧。でもよく作ったね!こんなの。すごいよ!」
詩先輩が絶賛している。
「それも琴崎が作曲した」
「…僕琴崎のこと単なるイケメンだって舐め過ぎてたかもしれない」
「ぶはっ、そうだな」
そしてキーボードの収録が終わった後、詩先輩は私の方にきた。
「美音〜!できた?」
まさかのバックハグ。
びっくりしてしまった。
「い、いや、もうちょっとです」
「僕も美音の生歌聴きたい!録音の時バッチリ聞かせて貰うからね!」
「は、恥ずかしいです…」
「何この子、めっちゃ可愛い〜!」
すると琴崎先輩が詩先輩をベリっと剥がす。
「…あ、…ごめん」
全くの無意識だったようですぐにその場を離れた。
「も〜、分かりやすいなぁ、あいつは」
私には全く何のことだか分からないけど、深い意味はないんだろう。
「じゃあ琴崎がいないところでいちゃいちゃしようね!」
「は、はい…?」
まあ、詩先輩と仲良くなれるのは嬉しいことだ。
「雨乃〜、録音するよ!」
三鼓先輩に呼ばれて行った。
「わぁ、結構本格的」
「親父が持ってたんだよ」
お父さん何者…?
「リョーへー、イヤホンに音流すよ!」
詩先輩が手伝ってくれるらしい。
「いいよ」
聞き慣れた音程が流れ、マイクに向かって歌い出す。
そして録音後。
「さすが雨乃。安定した音程だった」
「あ、ありがとうございます」
「美音めっちゃ上手いじゃん!想像の上だったよ!」
三鼓先輩も詩先輩も褒めてくれて嬉しくなる。
家で一生懸命練習した甲斐があった。
「で、終わってすぐ言うのもなんだけど、次はカバーを2つ挟んでオリ曲だから歌詞を考えててくれるか?」
「了解です!」

後日、全ての楽器を録音し終わり、琴崎先輩が編集してくれた音源を聞かせてもらった。
私の歌声が入ってるのが少し恥ずかしいけど、思った以上のクオリティとなった。
「いやぁ、いいねぇ」
詩先輩がうっとりとしている。
「琴崎も頑張ったもんね」
「マジで頑張ったよ」
弦霧先輩と琴崎先輩の親密度は上がり、チームワークもそれなりになってきた気がする。
「じゃあちょっと休憩!次集まるのは3日後な」
「あ、カバーの音源とか決まってる?」
琴崎先輩が三鼓先輩にこう言う。うた
「いやぁ、迷ってんだよな」
「見せてみなよ」
弦霧先輩が三鼓先輩の方によって画像を見せてもらっている。
「ねぇ、雨乃さん。…私も美音って呼ぼうかな」
「あ、えっ、はい!」
「動揺しすぎ」
弦霧先輩が笑う。
唐突だっためびっくりするのも当然だ。
「私のことも下の名前で呼んで」
「乙女先輩」
「うん。で、これとこれ。どっちがいいと思う?」
三鼓先輩のスマホをこっちに向けて動画のサムネを見せられる。
「右、ですかね。今までとは違った雰囲気になると思うので」
「…美音がそう言うならそれでいいか」
「じゃ、この音源聞くだけ聞いてて」
ここで解散となった。
「美音〜、一緒に帰ろうぜ!」
詩先輩が元気いっぱいに話しかけてくれた。
「はい!」
「美音って家どこら辺なの?」
「神羅です」
「えっ、あんな良いところに住んでるの!?」
「良いところ…、なんですかね…?」
「いやあ、それはもう僕のロマンが集まったところだよ!西洋風の建物がいっぱいあるし、かっこいいよね!」
まあ、建物はいっぱいあるけど…
「ついていくだけついっていっていい!?じゃなくて、えっと送らせて!」
「大丈夫ですけど…」
「おーい、琴崎〜!一緒に帰ろうぜ〜!」
「何でだよ」
「美音と帰り道ほぼ一緒だろ?僕も着いていくからさ!帰ろう帰ろう!」
詩先輩と琴崎先輩と帰る。
「こうやって並ぶと琴崎と美音って美男美女だね」
「詩先輩の方が綺麗ですよ」
「いやん、何それ。惚れる」
そう照れる詩先輩を変なものを見るような目で見る琴崎先輩。
「ほら、帰るよ」
三鼓先輩と弦霧先輩に挨拶をしてその場を去った。

「美音って歌うまさんだよねぇ。いいなぁ、僕も歌が上手くなりたいなぁ」
そう呟く詩先輩。
「詩先輩は歌ったりしないんですか?」
「僕?うーん、名前はうたなのになぁ。うん、歌わない」
「雨乃はずっと歌ってるのか?その…、小学生とか、そこら辺から」
「歌に興味を持ったのは小学校高学年くらい…かな。そこから歌い出しました」
なんてプロみたいな口ぶりで言ってしまったことを後悔。
「ふーん、じゃあ何年も練習してるんだ」
「練習、というか最初に投稿したのは1年前くらいですけど。以前はカラオケに行ったり」
「…最初に投稿?」
急にそう言い出したのでびっくりした。
「ああ、福川は、」
「詩!」
琴崎先輩を遮るように言う詩先輩。
そこだけは譲れないんだ。
「雨乃は三鼓らと会う前から活動してるんだよ」
「へぇ!それでりょーへーと乙ちゃんと会ったわけか!…あれ、琴崎は?」
「最初に琴崎先輩と会ったんですよ」
「どうやって!?」
興味津々な詩先輩。
ちょっと可愛い。
「俺が雨乃を見つけたんだよ。なんでだっけ、あ、ぶつかったんか」
「そんな典型的な少女漫画まじきことあるかい!」
今思えばそうかもしれない。
「それで、三鼓と会って、弦霧と会って…、で、詩が来たってこと」
「なるほどね!」
なんて話すと駅まで着いてしまった。
「僕名川方面なんだけど…」
「私は反対側ですね」
「俺も反対」
「じゃあ、バイバイっ!また明日ね!」
そう言って人混みの中に紛れていった詩先輩。
「んじゃ、乗るか」
「はい!」

少し人が多い時間帯。
一つ空いていた椅子に座らせてくれた琴崎先輩。
さりげなく気遣いができるんだよな。
ここから…10駅か。
すると、私の前に無線のイヤホンが出された。
「ん」
私はイヤホンをとって、右耳に入れる。
今流行ってる曲だ。
「次これがいいと思うんだけど、どう?」
「いいと思います!」
周りから見たらなんの話をしているのか分からないだろう。
5駅すぎて、大半がいなくなった。
琴崎先輩は私の横に座った。
2人も、何を話すわけでもなく音楽を聴きながら外の景色を眺める。
いいな、こう言う時間。
「あと何駅?」
「あと4駅です」
「もうすぐか」
そう会話が終わる。
だけど、気まずくなんかない。
ふと、琴崎先輩の横顔を見てみると、ドキッとしてしまった。
イヤホンをして外を眺めているだけなのに絵になっている。
イケメンとは恐ろしいもの…
「どした?」
「いや、なんでもないです」
そして私が降りる駅に着いた。
「ありがとうございました」
そうイヤホンを返した。
「じゃ、また今度」
「また」
そう電車を降りる。
少し寂しくなってしまった。
また走り出した電車をしばらく見つめ、また歩き出した。

数日後の放課後。
私は学校を出てすぐに波止場に向かった。
学校は寄り道を制限しているわけではない。
すると、1人、波止場に座っている人がいた。
ギターを持って、ゆっくりその時間を過ごしている。
邪魔しないように近づいてみると、それは乙女先輩だと分かった。
少し距離を取ってから座る。
「…美音じゃん」
すぐに気づいた。
っていうか、そんなすぐに受け入れてくれるんだ。
「美音さ、You are the bestって曲知ってる?」
それはこの前、琴崎先輩が聞かせてくれた曲だ。
「はい」
「歌える?」
まあ、いっぱい聞いたし…
「歌えると思います。…確信はないですが」
「私ギター弾くから歌ってよ。ほら、もうちょっとこっちに来て」
私がよると、乙女先輩は伴奏を引き出した。
今の夕焼けに合った曲だ。


『あの日の空 君と歩いた日々
最後に笑ったのはいつだろうか

曇り空に晴れた空
感情が揺さぶられて
こんなに愛していたのに 君はもういない』


伴奏が心地よい。
誰もいない波止場にギターと歌声だけが聞こえる。


『もう一回だけ、会いたいな

You are the best
君が今、ここにいてくれたら
僕はどんだけ幸せなことだろうか

You're the only one
僕が今、君と一緒なら
君はどんな表情をしているのだろうか

朝日がのぼり、夕暮れ時
僕の心は晴れてなんかないさ』

そう1番が終わり、伴奏も終わる。
「さすがでした」
そう乙女先輩に言われ、照れ臭くなる。
「いえ、乙女先輩のギターも、いつも通り心地良かったです」
そういい、ふっと笑う乙女先輩。
「…ねぇ、美音はさ。遼平のことどう思う?」
「三鼓先輩?」
どう思う、って…、え?
「メンバー、ですかね」
「それ以上は?」
それ以上って…
「よく乙女先輩の話をしますね」
「…え?」
「三鼓先輩、本当に乙女先輩の話しかしないんですよ。琴崎先輩と一緒にいるから…っと、ここから私が言うことじゃありませんね」
乙女先輩は赤くなっていた。
「ごめん、変なこと聞いた」
「大丈夫ですよ」
もうこれは成立してるんじゃないかな?
「もう一曲、いい?」
「はい」
そう言って流れ出したのは最初に作ったprismのオリジナル曲だった。
ギターアレンジでしっとりしている。
歌っていると、隣に人が座った。
横を見てみると、詩先輩だった。
私の顔を見るなり、アルトを歌い出した。
すると、段々人が集まってくる。
会社帰りのサラリーマン、学生、犬の散歩途中の主婦まで。
そして知らない間に、三鼓先輩と琴崎先輩もいた。
三鼓先輩は持っていたウクレレを弾き、琴崎先輩はまた低い音程でハモリを歌っている。
なんか、青春ぽい。
そう思いながら曲が終わる。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん!」
お母さんの元にいた小さい男の子が私の元にやってきた。
「えっ?」
「お姉ちゃん、アイドル?」
そう言われ、思わず吹き出してしまう。
「うん、お姉ちゃんは歌を歌ってる。でもね、みんな上手に楽器を弾くんだよ」
「楽器?」
男の子は首を傾げた。
…可愛い。
「僕らはねぇ、バンドやってるんだ」
歌先輩が笑顔で男の子に話しかける。
「プリズムって、検索してみな。さっきの歌出てくるから」
そう言った三鼓先輩の声は響き、周りにいたほとんどの人がスマホを触り始めた。
調べてくれてるのかな。
「じゃ、そろそろ帰る?」
「5時だけど暗いな」
琴崎先輩が周りを見渡す。
海が夕焼け色だ。
「それにしても、なんでこんな集まってんのよ。最初美音と2人だったんだけど」
「だって、2人が楽しそうにしてたから。僕も混ざりに行こって」
「俺らは2人帰ってたんだよ。だけど、3人いて。じゃあ行くかって」
「まあ、楽しかったけどさ!」
乙女先輩が照れくさそうに言い捨てる。
「乙女、今日晩飯そっちで食べて良い?」
「は?」
「今日親2人ともいねーんだよ」
「まあ、いいけど」
「よっし!」
三鼓先輩が乙女先輩の肩を組んでいる。
乙女先輩の耳は真っ赤だ。
「ふふっ」
「美音、どしたの」
詩先輩が私に聞く。
「なんでもないですよ」
「ふーん、教えてくれないんだ〜?」
「教えないです」
「いやそこは教えてよ!?」
「詩、声がでかい」
「出た、琴崎おかん!」
「誰がおかんだよ!」
なんて楽しく5人して帰った。

そして琴崎先輩と駅のホームに向かう。
「あの、相談があるんですけど」
「どした?」
「最近、歌詞が全然出てこなくて」
「スランプ?」
「…そうなん、ですかね…」
もうすぐオリ曲を出してもいいころなのに歌詞が全然出来上がらない。
「テーマは何にしてる?」
「夜の遊園地です。イルミネーションが主に出てきます」
「うーん」
琴崎先輩は少し考えた後、こう言った。
「夜の遊園地、行ってみたら良いんじゃない?実際に行くことで何か見つかるかもしれないし」
「なるほど!」
「なんならついていくけど。他に誰か呼ぶ?」
そう聞かれ、考えてみた。
けど…
「いえ、琴崎先輩で十分です」
そう言うと、電車が来た。
今日は2人とも座れなかった。
吊り革は高いのしか残っていない。
仕方なくポールを掴む。
ちょっと恥ずかしい。
琴崎先輩はポールの上の方を持った。
「あれ届かねぇ」
そう言うもので笑ってしまう。
琴崎先輩でもこう言うことあるんだ。
…確かに、あの吊り革は革が短すぎるかもしれない。
そして駅に停まるごとに人が段々に少なくなった。
「いつにする?」
そう言われて、すぐに遊園地だと言うことに気づいた。
「来週の日曜日はどうですか?」
「ん、了解」
そう言って琴崎先輩と別れた。
私の気持ちは不覚にもワクワクしていた。

そして時は過ぎ、日曜日。
1番悩んだのは服装だ。
本当に何にすれば良いのか迷った。
5時、急いで待ち合わせの駅へと向かう。
薄暗い空の下で1人、マフラーとイヤホンをして待っている人がいた。
聞こえないだろうから、先輩の手をトントン、と叩く。
「お待たせしました」
「いや、大丈夫」
イヤホンを外し、鞄にしまう先輩。
イケメンは、何を着てもイケメンであり、何をしていてもイケメンだと言うことが分かる。
しかも、服のセンスが非常に良い。
日常でこんな人が身近にいるのだと思うと心臓が早くなるのを感じた。
「今日は俺はついていくだけだから。したいものがあればなんでも言ってな」
「はい」
そうして、電車に乗ってもうイルミネーションがつけてある遊園地に足を運んだ。
「あ、もう12月か」
「そうですね。…早いなぁ」
「本当にそれ」
琴崎先輩と電車で話す時間は私は好きだ。
今は帰宅ラッシュで人が多いため、そんなハキハキ喋るわけにはいかない。
「何聴いてるんですか?」
私なりに勇気を出したと思う。
イヤホンをつけている琴崎先輩に話しかけた。
なんか、知りたかったんだと思う。
「…聴く?」
そう言って出されたイヤホン。
そこから聞こえた来たのは、私の歌声だった。
顔が赤くなる。
「やっぱ、良い歌声だなと思って」
そんなことを言われたらもっと顔が赤くなってしまうじゃないですか。
それと同時に、私の心臓の音も早まる。
でも、先輩はなんともない顔をしていていた。
やっぱり自分の曲を聴くのは恥ずかしくて。
そんな私の様子を見て気づいたのか、スマホを操作して違う曲に変えてくれた。
気遣いができるなぁ。
私だったら分からないかも。
琴崎先輩と目がバッチリ合ってしまう。
すると、ニコッとではなくても先輩は少し笑った。
なんだ、今の。
理解が出来なくて自分でもびっくりする。
『次は名川〜』
そうアナウンスが流れる。
電車から降りて駅から数分歩けば、そこには遊園地が。
もう寒くて、息は白くなる。
マフラーに顔を埋めてみる。
「寒くね?」
「まぁ、12月なんで」
「…そうだった」
なんか可愛いな、と不覚にも思ってしまう。
「で、ストーリーどんなの?」
「よくあるクリスマスの失恋ソングですね」
いいじゃん、と言ってくれたことに嬉しさを感じる。
あれ、今日私おかしいな?
「じゃあ、回想が入るな」
「そうですね。手を繋いだところから入って、風を感じるところがいいですかねぇ」
「了解」
すると、ん、と右手を出してきた。
「手を繋ぐところから始まるんだろ。俺じゃ役不足かもしれないけど、一応体験ってことで」
そう言われ、それもそうだよなと手を重ねてみる。
なんでこんな恥ずかしいんだ。
こんなのでよく私恋愛ソング作れてたな?
琴崎先輩の手は思っていたよりも大きいし、骨の形がよく分かる。
やっぱり男の人なんだな、と思うとまた鼓動が早くなる。
すると、琴崎先輩の手が少し動き、私の指と指の間に先輩の指が挟まれる。
それに少し、琴崎先輩との距離も近くなって。
これに関しては琴崎先輩は何も言わない。
暗くてよく分からないけど、微かに琴崎先輩の顔が赤くなっている気がする。
装飾はキラキラ光っていて綺麗だ。
「最初どこ行く?」
「あー、緩めのジェットコースターでもいいですか?」
「ん」
2人横に並んで乗った。
でも、やっぱりジェットコースターは苦手で。
「大丈夫…、じゃなさそうだな」
ベンチに座った私に水を差し出してくれる琴崎先輩。
「激しくないからいけると思ったんですけど。思ったより速くて!」
涙目になりながら答える。
「ふっ、いけると思ったけどダメだったんだ?」
「はい…」
怖かった…、もう…
「命の危機を感じました」
「そんなにか」
迷惑をかけているはずなのに嫌な顔をしない琴崎先輩。
「すみません…」
「酔ってはない?」
「それは大丈夫です」
「じゃ、気休め程度に船があるみたいだけど。どう?」
もうこの人、接客業が天職なのではと思うほど周りを見ている。
すごいな。
「じゃあ、そこに行ってもいいですか」

船に乗ると、イルミネーションで飾られた遊園地が360度見れる。
これも歌詞に使えそうだ。
「写真撮る?」
「え?」
そうスマホを内カメラにする先輩。
「はい、チーズ」
そう言われ、びっくりしながらもピースサインを出した。
「写真とか、回想の中で使えるんじゃない?」
スマホをしまいながらこう言う琴崎先輩。
「後で見返したりできるじゃん、写真って」
そう歌詞のヒントをいっぱい出してくれる。
よかった、今日琴崎先輩と来て。
「いっぱい見つかりました。今日来て良かったです。また後日お礼をさせてください」
「…じゃあ、そのお礼、今使っていい?」
「いいですけど…」
今何も持ってないけど…
「手、繋いでくれない?」
「え、そんなことでいいんですか?」
「そんなことって。うん、これがいい」
見たこともないくらい優しい顔。
暗いから他の人には見えない。
私だけが見た、琴崎先輩の優しい笑顔。
そう思うと自分の中で欲が生まれてきてしまう。
それを必死で抑えた。
「はい」
琴崎先輩の手にまた自分の手を重ねる。

6時半。
琴崎先輩と私は電車に乗る。
お母さんとの門限は7時だから間に合うだろう。
席に座り、少し寂しさを感じながらも遊園地と別れを告げる。
数分すると、私の肩に何かが乗った。
琴崎先輩の頭だ。
…本当は前から眠かったのかな。
私は横に抱えていた上着を琴崎先輩に掛ける。
後ろの席だから誰にも見えない。
すると、ゆっくり琴崎先輩の目が半分開く。
「雨乃…」
そう言って私の手を繋ぐ。
寝言かい。
私は琴崎先輩の頭を少しだけ撫でてみる。
さらさらの黒髪。
綺麗だな。
琴崎先輩が横にいるだけで安心するのはなんでだろう。
詩先輩や乙女先輩、三鼓先輩とはまた違った距離感。
物理的なものじゃなくて、私自身の心の距離感かな。
結局、何も分からずに20分経ってしまった。
目的地に着くちょっと前に琴崎先輩を起こす。
「もうすぐ着きますよ」
「ん…」
なんだそれ、可愛い。
いつもとギャップがある。
「…わっ、ごめん。重かっただろ」
「いえ、大丈夫です」
すると、琴崎先輩は私がかけた上着に気をつけた。
「雨乃は俺の彼氏かなんかか?」
そう言われ、少し照れ臭くなってしまう。
「ありがとう、これ」
「気にしなくていいですよ」
そう言って上着を受け取り、席を立った。
「今日は送っていくよ」
「え?あ、大丈夫ですよ?」
「いや、送っていく」
そう言って一緒について来てしまった。
「すみません、迷惑かけて」
「さっきのお礼、です」
琴崎先輩の聞いたことのない敬語に少しドキッとしてしまう。
「寒いな…」
「行く前も言ってたじゃないですか」
「いや、それは1時間前の俺が冬を甘く見すぎてた」
「ふふ」
しっかりしてそうで全然可愛いところもあるんだよな、琴崎先輩って。
「家まで何分くらい?」
「うーん、10分ぐらいです」
「普通に遠いじゃん!危ないし、これからも送っていこか?」
どこまで優しいんですか。
これが声に出てたみたいで。
「え?」
琴崎先輩の顔が赤い。
「別に。雨乃だけだし」
マフラーに顔を埋めて言う。
そう言われた途端、私まで赤くなってしまう。
「詩とか送ってみろ。すぐに置いていかれるわ」
「それはそうですね」
詩先輩、家に帰るのは速そう。
「それに、たまにあったほうが特別感を感じられますし」
ちょっとおこがましいかな、と思ったけどそうでもなくて。
「ん。じゃあ、たまに送っていく」
琴崎先輩は少し嬉しそうだった。
「もう着きます。ここまでで大丈夫ですよ」
「いや、ちゃんと最後まで送っていく」
こうきっぱりと言った琴崎先輩に言い返すのも失礼だと思ったから何も言わなかった。
「着きました。今日は、ありがとうございました」
家の10歩手前で私は琴崎先輩にお礼を言った。
「ん。俺も最初はついて行くだけだと思ったけど、普通に楽しかった」
「それは良かったです。…では」
そうまた歩き出そうと思ったら、腕を掴まれた。
「え?」
そうびっくりしたら、腕を引き寄せられあっという間に琴崎先輩の腕の中へ。
「…えっ!?どうしたんですか!?」
琴崎先輩は何も言わない。
こ、こんな、恋人みたいなことされたら余計に意識しちゃうじゃん。
琴崎先輩の暖かさと柔軟剤の香りが身近に感じられる。
「…さっきさ、雨乃は彼氏かなんか言ったけどさ」
それ今掘り返してきます!?
何も反応できなかった。

「雨乃は彼氏じゃなくて、彼女だな」

なんで、なんでそんなこと言うの。
「って、ごめんな、こんなこと急に」
「いえ…」
「じゃ、また明日」
そう言って琴崎先輩は来た道を戻って行った。
「はい…」
玄関のドアを開ける。
「ただいま」
私の頭の中は琴崎先輩のことでいっぱいだった。

「あのさ!いいこと思いついたんだけどさ!」
みんなで集まって新曲の練習をしていた放課後。
休憩時間に詩先輩がこう言った。
「この歌詞で思い出したんだけど、もうちょっとでクリスマスじゃん?ってことで、クリスマス会しよう!」
「クリスマス会?」
「そう!一緒にご飯食べたり〜、プレゼントを交換してみたり〜、ゲームをしたり〜。面白そうじゃない?僕はこの5人でしたいなって思って」
確かに面白そう。
「いいんじゃない?俺と詩はもうすぐ受験だし」
そう琴崎先輩が言った言葉で周りが凍りついた。
そうだ、大学受験だからこの活動はできない。
「あ、あのさ。追い打ちかけるようで悪いけどさ」
そう言い出したのは三鼓先輩だった。
「俺、香芝大学受けようと思ってさ」
「香芝大学って…、この辺じゃ1番偏差値が高い大学ですよね?」
「うん。俺は今の活動が1番楽しい。別に前の乙女と趣味程度に弾くのも楽しかったけど、今はこうやって全力で取り組めてる。変わらず乙女もいるしな」
そう不意に言った三鼓先輩の言葉が乙女先輩を赤くさせる。
「俺はお前ら4人を信じてる。でも、やっぱりこういう活動はうまくいかない。もしもって考えたら」
安全な道を1つでも増やしておきたいのか。
「やっぱ、もう高2だし、勉強しておかないと、今の俺だとあの偏差値は無理だなって」
三鼓先輩は真剣だ。
「これで、俺と詩と三鼓が抜けると、雨乃と弦霧だけだ」
「難しくない?2人で活動続けるのは。私と美音だったら弾き語りはできるよ。前したもんね」
「はい!」
乙女先輩の表情が柔らかかったもので私も自然と笑ってしまう。
「でも…、今みたいな活動はできない。これはもう…、潮時じゃないかな」
「雨乃はどう思う?」
「私は乙女先輩と一緒に活動することもありだとは思います。私も乙女先輩のことは大好きです」
「そう言われると恥ずかしい」
乙女先輩は照れている。
「ですが…、やっぱり5人でprismだと思うので」
そう言うと沈黙が流れる。
「解散、か?」
そう琴崎先輩が言った途端、私に鳥肌が立つ。
「いや、『解散』じゃなくて『一時休止』。みんなの意思がある限り」
三鼓先輩がこう言う。
「みんなの受験が終わって本格的にやればいいんじゃない?その時はもう成人してるし。ライブだってやろうと思えばできるよ!」
みんなの意見がまとまりだした。

「じゃあ、この新曲とクリスマス会が終わったら。一時休止、な」

「分かりました」「ああ」「うん」「分かった」
決して離れるわけではない。
今は違うことをするべきなのであって、終わりじゃない。
一つの分岐点、夢へのスタート地点だから。
「ってことで!まずは新曲投稿しちゃおうぜ!クリスマスぐらいにみんなに見つけてもらたほうがいいと思うからさ」
三鼓先輩はこの空気を壊すように元気に言った。
「…これさ、琴崎に聞かされた時から思ってたんだけどさ。リアルすぎない?」
そう乙女先輩に言われてドキッとする。
「美音の実体験だったりして〜?」
詩先輩が私の頬を指でツンツンしながらそう言う。
「そんなことあるわけないじゃないですかっ!」
「ほら、隣見てみな。琴崎の耳が赤い」
三鼓先輩まで!
「早く練習しますよっ!」
「「「はいはい」」」
なんでこんなにみんな鋭いのか。
そう思いながら練習し、録音が終わった。
3人からニヤニヤ生ぬるい目を向けられていたのは言うまでもないことだ。

クリスマス会当日。
この前投稿したMVが今までにないほどに伸びていて嬉しい。
みんなもご機嫌だ。
「ようこそ!りょーへー家へ!」
琴崎先輩と三鼓先輩のお宅へ訪問。
「それ俺が言うやつだから。まあ、いつも通りだけど上がって。乙女が準備してる」
そう三鼓先輩の頭にはビニールテープが付いてる。
「どしたんだよ、その頭」
琴崎先輩が笑いながら言う。
「詩が来た時にクラッカー鳴らしたんだよ」
「盛り上げようと持ってきたらりょーへーの頭に乗ったんだよ」
詩先輩も三鼓先輩を見るなり笑っている。
「とりあえず上がれ!」

「うわ、すげぇ本格的」
机に並べられていたのはさまざまな料理。
「乙女が料理うまいんだよ」
初耳だ。
どの料理も美味しそう。
「遼平!これ持っていって!」
「はいはい」
この三鼓先輩と乙女先輩のやりとりをみた詩先輩はこう言う。
「もう夫婦だよね!あの2人」
「ちょっ、声でかいって!」
琴崎先輩が焦った瞬間には2人して反論していた。
「そんなわけあるかっ!」「そんなわけないでしょ!」
2人とも顔が赤い。
「いつくっつくかな」
「そろそろですよね」
「だな」
もう一回見るけど、違和感がない。

「よし、グラス持って〜」
準備が終わり、みんなが席に座ってこう言う。
「よし、リーダー、掛け声お願い」
「初めてだけどな、リーダーの役割」
「確かに」
私も炭酸は飲めないからぶどうジュースを入れてもらったグラスを持つ。
「じゃあ、最後の集まり。心ゆくまで楽しんでください。乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
ぐびっとぶどうジュースを飲む。
「っていっても、活動期間短かったな!?」
「いや本当にそれ。中学の時に会っておけばよかったのに」
「うち中高一貫だし」
「本当だ」
みんな、この4ヶ月のことを語る。
あの曲が好きだったとか、これまでの思い出とか。
私から話すことはなかったけど、みんなの話で楽しむことができた。
「美音は?何が1番楽しかった?」
「私は…、最初の自分の歌を聴いてもらったことが1番印象的です」
「うわぁ、確かに最初はギャップでびっくりした」
乙女先輩が笑いながら言う。
「詩も印象だけだったらまさかピアノ激うまだとは思わねぇよなぁ」
「あはっ、それよく言われる。ピアノもキーボードも好きなんだけど、みんなでワイワイするのが好きだからな〜、ずっとグループ組みたかったんだ」
「音楽室に急に『入れてくれ!』って言って来た時は本当にびっくりした」
「もう僕の運命だと思って!」
詩先輩らしいな。
そして、プレゼントを交換して、prismの歌ってきた歌を全部歌って。
まだ歌ったことない曲も、みんななら弾けちゃって。
とても楽しい時間を過ごした。
「お、もう6時になるな。どうする?」
「外も暗いし…、そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
沈黙が流れる。
だって、これが最後なんだもの。
「俺は楽しかった。短い時間だったけど、こうやって俺の数少ない得意分野を使うことができて、嬉しかったし楽しかった」
「何言ってるの。琴崎はMIXも作曲も動画編集も、私が教えたギターももう一丁前に弾いちゃうでしょ」
「うん、弦霧にもありがとう」
「僕も楽しかったよ。みんな面白いし、それぞれ楽器がめっちゃ上手いし!でもこれで終わりってわけじゃないからさ。また今度ね、で終わらそう」
「そうですね」
「じゃあ、リーダー、最後の締めを」
「うん」
悲しくなって、涙が出そうになる。
「まずは4ヶ月、ありがとうございました」
「「「「ありがとうございました」」」」
「詩も言ったとおり、これで終わりじゃないし。なんなら逆に復帰後活躍してやるし!の気持ちで、」
「ふふ」
急に琴崎先輩らしくなくて、みんな笑ってしまう。
「今はとりあえず、頑張る方向をちょっと変えて、それぞれやり抜いていきましょう」
「はい!」「ああ」「うん」「そうだね!」

「じゃあ、prism、解散!」

意思とは関係なく、涙が出てきてしまう。
「美音〜!」
乙女先輩が私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「すみません…!」
「また弾き語りやろ!ね!」
「はい」
涙で視界がぼやぼやしてる中、三鼓先輩も泣いていることが分かった。
「大丈夫ですか、三鼓先輩」
「お前に言われたくないわ!」
「ふふっ」
「りょーへー!もうお前どこ行ってもいいやつだな!」
詩先輩が背中をさする。
「って、電車の時間があるわ。お、52分のやつに乗れるんじゃない?」
「なんか、実感が湧いてきて私も涙が出そう」
乙女先輩が笑いながら言う。
「じゃあね、また今度」
「三鼓先輩も、乙女先輩も、2年後の嬉しい報告待ってます」
「頑張るわ」
「私も遼平と同じとこ行こうかな」
「あ、マジ?」
そんなこと言いながら三鼓先輩のお宅を後にした。

「あー、もうこうやって帰ることもない、のか」
「そうだな」
「なんか寂しいですね」
「琴崎、今日は美音を送っていってやりなよ」
「元々そのつもり」
もう感謝しか言いようがない。
同時に嬉しくて笑みが溢れる。
「美音が嬉しそう」
「えっ?」
詩先輩は見てなさそうでよく見ている。
気をつけないと、何を言われるか分からない。
「じゃあ、ここで。またね!美音と琴崎!」
「また」
「ああ」
そして2人。
カードを通して、人の多いホームに行く。
今だ。
「あの、琴崎先輩!」
比較的小さな声で言う。
「ん?」
私は包装してあるプレゼントを渡した。
「ど、どうぞ」
色々してもらってるため、そのお礼だ。
「え、いいの?」
「はい!」
中にはお守りと文房具が入っている。
「じゃあ俺からも」
そうやって渡された。
「プレゼントの、お返し」
「あ、ありがとうございます!」
帰ってゆっくり見よう。
そう思って、鞄に大事にしまった。
すると電車がきてしまう。
それに乗って、私の家の駅まで行った。
「冬休み、勉強漬けかなぁ」
そう言った琴崎先輩。
「私はまだ宿題が終わってないのでそれを終わらせないといけないです」
「歌詞、書いといてな。1年後ぐらいに俺がメロディーつけるから」
「はい!」
嬉しい。
「実感湧かないなぁ。もう受験生だって。俺勉強できないから詩に教えてもらわないといけないかもしれない」
「…詩先輩、勉強得意なんですか?」
「うん、まあまあ上の方にいるよ」
意外。
琴崎先輩と詩先輩逆だと思ってた。
「えっと、ここだっけ」
「はい。今日もありがとうございました」
「気にしなくていい」
すると、私の頭に手を置いてポンポンとする。
「冷やさないようにしろよ。じゃ、また」
びっくりして何も返せなくて。
今まで感じていた気持ちが今、この瞬間に分かった。
もう琴崎先輩と今まで通りとはいかないのに。
もう今更遅いのに。

私、琴崎先輩が、好きだ。


そして冬休み。
いつもとは違った日常が始まる。
もうあの音楽室に集まることはないし、みんなで合わせることもない。
私は私のできることをしよう。
そして。
琴崎先輩の隣にいれるような人間になろう。

それまで、待っててくださいね!



















3年後。
「え〜、お久しぶりです」
久しぶりのこのメンツ。
今日は会議だ。
「4年前に約束した通り、集まることができました。俺の長い話は置いておいて、はい乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
三鼓先輩のお宅であの日のように乾杯をした。
「あーっ、うまい!…あ、美音はまだお酒飲めないのか!」
詩先輩がこう言う。
「あと1年です」
「それにしても、美音激変したね!めっちゃ可愛い」
乙女先輩もこう言ってくれる。
コンタクトにして服装もちょっと変えただけだけど。
三鼓先輩は無事難関大学へ進学、乙女先輩も三鼓先輩と同じ大学へ進学。
琴崎先輩も地方の高偏差値の大学へ進学、詩先輩は第1志望校には落ちたものの、難関大学へ進学。
私も無事合格発表も終わり、ほっとしている。
「受験期、マジで気が狂うかと思ったけど、美音の歌声聴いたらマジで癒されたんだよ!ありがとう!」
詩先輩がこう言ってくれる。
「い、いえ!」
「それで。活動を復帰するってことでいいな?」
「「「「「はい」」」」
「じゃあ、今度は大文字だな。prism及びPRISM、本格的に活動開始!」
やっとだ。
前みたいに、前以上に活動を本気でできる。
「あ、そうそう。先に言っておくか」
「そうだね」
そう三鼓先輩と乙女先輩が言った。
「なんか、みんなでいる時は気にしないっで欲しいんだけど。乙女と、付き合いました」
そう言った瞬間、詩先輩が叫んだ。
「やっとか〜っ!」
「やっと、って」
「いや本当にもうくっつきそうでくっつかなくてもどかしかったんだよ!ねぇ、琴崎」
「うん」
「美音も頷いて…!」
2人とも赤い。
「ま、そこがくっつくかどうかだよな!あとは」
そう言われて心臓が飛び出そうになる。
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「勝手なこと言うな!」
「うん、まあ今はそう言うことにしておいてやろう」
今は。
「で、先に決めよ、活動の方針」
「ん、了解」
そして、部屋の端の方からホワイトボードを出してきた。
「グループ名はPRISM、バンドグループ。リーダーは琴崎。活動は主にネット」
「たまに路上ライブでもやったらいいかも」
「確かに」
こうやって案が出されていく。
「俺らの最終目標は?」
「私は、PRISMの存在で頑張る人を後押しできたらいいなって思っています。形としては大きい会場でライブはどうでしょう」
「なるほど。ライブ、か」
「ライブだったらグッズとかを出してもいいかも。でも、それには結構な費用がいると思う」
「お金が入ってこないといけないのか」
「テレビに出てみるとか!いろんな世代の人が見るのはテレビだから知ってくれている人がふえるよ!」
テレビ…、無縁だと思ってたけどそうでもないのかな。
「WAVE…、久しぶりに開くな。…っ、ん!?」
三鼓先輩がWAVEを開くなりこう言う。
「prismが、500万回再生されてる」
「え!?」
prism、とは最初に私と琴崎先輩が作った曲のことだ。
「ちょっとずつ、前に進んでる…!?」

それから数日経つと、prismがテレビで紹介されていた。
『忘れ去られた中高生バンドグループ』
テレビで紹介されると一気にprismの曲が再生され始めた。
4年前までそんなことなかったのに。
そして、PRISM復帰とWAVEに流すとたちまち人気に。
「す、すげぇな。登録者数80万人って、考えられねぇ」
三鼓先輩がこう言う。
「これから新曲だったり歌ってみただったりどんどん上げていこう!あ、歌だけじゃなくても企画とか配信とかもいいと思う!」
そして、何ヶ月か経った後、突如ライブが決まった。
事務所には入ってないため、自分たちでしないといけない。
だけど琴崎先輩が取ってきてくれた。
「3ヶ月後に近くのドームでライブだ。それまでにグッズも出したいし、新曲も段々出していこう」
「オリ曲は何曲目安ですか?」
「さあな…、でも今まで数えれるほどしかないだろ。1ヶ月2、3曲のペース…、できるか?」
「モチーフを下さればいくらでも。琴崎先輩はこれからどんどん忙しくなりますよね…」
動画編集もMIXも作曲もしないといけない。
負担が半端ない。
「…作曲とMIXは難しそうですが、動画編集なら私でもできると思うんです」
「確かに」
「それに、無理なようでしたら提供してもらうこともできますし」
琴崎先輩は考え出した。
「MIX師さんを雇ったり。色々できると思います」
「なるほどな。みんなと相談してみるか」
みんなと試行錯誤して、他の人にも頼ってあっという間に3ヶ月が経った。

「よし、本番まであと10分切った」
琴崎先輩がこう言う。
みんな綺麗な衣装を纏っている。
「とにかく成功させよう」
「「「「はい」」」」
「落ち着いて、楽しんで」
そして開演だ。
最初から歌で始まる。
音楽が終わった後、琴崎先輩がこう言った。
「こんにちは!」
会場から歓声が上がる。
「ギター・作曲担当の琴崎雷都です」「ドラム担当三鼓遼平です!」「ベース担当の弦霧乙女です!」「キーボード担当!福川詩です!そしてっ!」
「ボーカルの雨乃美音です」
こうしてライブは順調に進み、ラスト。
琴崎先輩が私の横に来てもう一つのマイクを持った。
「俺らは、最初はただの高校生でした。…いや、三鼓と弦霧と詩は違った。最初からもう楽器に触れてたんですよ」
琴崎先輩の目がキラキラしている。
「それに雨乃と会って、三鼓と弦霧に会って。詩と会って。これから活動が膨らんでいくって時に、受験があって。三鼓も弦霧も難関大学を目指すって一緒に勉強し始めて。prismは活動一時休止になりました」
会場を見ていると頷く人がいっぱいいた。
「でも大学生となった今、学校は違いますが、またあの日に戻れた感じです」
そうだ。
私が感じていたことはこのことだったんだ。
「これから前以上の活動を目指します。だから今日、PRISMの初ライブに行ったんだよって、誇りに思ってくれると嬉しいです」
すると会場に歓声が沸く。
嬉しい限りだ。
「ラストはライブ初公開曲です」
そう言うと会場がより一層盛り上がる。
この曲は琴崎先輩とのデュエット曲だ。
琴崎先輩は歌も上手くて。
この人、できないことないのでは…!?
「じゃあ、聴いてください。『君の声が聞きたくて』」

『ハイビスカスのワンピースきた君
向日葵に囲まれて もはや妖精のよう

白いTシャツを着た貴方
風に纏わられて 吸い込まれていきそう

太陽に照らされて 彼方(あっち)まで行ってしまいそうで
怖くて

青空の下にいて 彼方(あっち)まで行ってしまいそうで
怖くて

逃げてしまったんだ

君の声が聞きたくて 何としてでも聞きたくて
ずっとずっと一緒にいたい
向日葵(青空)の方に行って欲しくない

すぐに吸い込まれそうで それでも聞きたくて
ずっとずっと一緒にいたいんだ
君が遠くても すぐに迎えに行く
暑い夏なんかに負けやしない


君の声が聞きたくて どうしても聞きたくてーーー

Uuuuu…

貴方の声が聞きたくて どうしても聞きたくてーーー

お互いに歩んだんだ

Aaaa…

君の声が聞きたくて 何としてでも聞きたくて

向かい合って走ってたんだ

手を取り合いながら 一緒に歌いながら

未来を一緒に歩もう』

この曲が終わった後、締めの言葉を発する。
「今日は、遠いところからここに来てくれた方もいるでしょう。本当に、ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
「また出会える日を待ってま〜すっ!」
詩先輩は元気いっぱいに言う。
「じゃあ、今日はここで。今日は、本当に本当にありがとうございました!ばいばい!」
そう言って会場を去る。
すると、アンコールが聞こえる。
「皆さん、アンコールです。どうぞ、会場へ」
私たちは服を急いで着替え、会場に出た。
「アンコールがあったので、もう1曲だけ歌います」
「本当に最初の曲。みんなでタイトルコールできる?」
乙女先輩が珍しくこう言った。

『「prism」』

『この世界でたった一つの光を見つけ出して
輝く星を掴み取って
それをこの仲間と一緒に掴みに行こう
さあ、走り出せ』

私はマイクをホルダーから外して観客席の方に繋がるステージを歩く。

『辛いこともしんどいこともあって
もう全部辞めたくなって 何もしたくなって
何もできない状況で僕は
なにをしているんだ

だけど仲間がいるから
掴みたいものがあるから
このままじゃ平凡の僕だから

また立ち向かえるんだ』

サビだ。
会場が最高級に盛り上がる。

『この世界でたった一つの光を見つけ出して
輝く星を掴み取って
5色の色が光る夜空
無理難題なんかじゃない

朝も夜も昼もいつでも走り出して
青空に駆け上って
仲間と一緒さ
怖いことなんかもう過ぎた』


『さあ、駆け出して行け、PRISM!』


2部も無事成功して、初ライブが終わった。 
もう8時だ。
疲れてるから、打ち上げはまた今度にしようということで各自帰ることに。
「じゃあ、また打ち上げの日に!」

「雨乃、送っていくよ」
琴崎先輩がこう言ってくれた。
私と琴崎先輩はライブ会場の裏を歩く。
「じゃあ、お願いしても良いですか?」
「ん」
琴崎先輩は高校生の時とは雰囲気が違い、大人の余裕が見える。
いつの間にかセンターパートになってるし。
高校生の時にはなかった色気が見えて、心臓が保たない。
「あ、今日俺車なんだけど」
…何そのかっこいいセリフ。
「疲れてませんか?」
「俺めっちゃ車酔いしやすくてさ。バイトとかめっちゃ頑張って車の揺れが少ないやつ買ったんだよ。あ、あれ」
なるほど、普通のタクシーじゃダメなんだ。
あっという間に駐車場に着いてしまった。
琴崎先輩が指差した車は黒い車。
…見るからに高そうだな。
大学生が乗るやつか?
「車乗るのが嫌だったら俺もタクシー乗るよ?」
「いえ、大丈夫です。…そのー、お邪魔します」
「はい」
そう言って、助手席のドアを開けてくれる。
ふっと笑った琴崎先輩の顔があの時とは変わってなくて。
いつまでもこの人の隣にいられたらな、なんて。
こんなルックスだったら彼女が…
…なら私が乗っちゃダメじゃないか!?
「よし、出発」
なんて思ってると車は発車してしまった。
チラッと横を見て見る。
琴崎先輩の運転している姿がかっこいい。
「あのさ、ちょっとだけ寄り道していい?」
「あ、はい」
どこに行くんだろう。
そして数分すると、海が見えるフェンスの立ててあるところに着いた。
琴崎先輩が降りたので私も降りる。
「うわ、綺麗」
夜の海に遠くの岬に灯台が見える。
橋も、船も見える。
こんなところあったんだ。
「昼に来るのも良いけど人通りがな。朝早くとか、夜とか。1番綺麗な時間帯だよ」
でも、こんなところどうやって見つけたんだろう。
いつも私が降りる駅とは違う。
もっと前の駅だ。
「なぁ、雨乃」
琴崎先輩フェンスに寄りかかって言った。
「はい」
「誰にも言ったことなかったんだけど、俺prism結成まで不登校でさ」
「はい。…はい?」
そんなの、唐突すぎてびっくりした。
私の反応を見て琴崎先輩は笑う。
「でさ、たまたま雨乃の動画を見つけて。曲を聴いて学校に行こうと思ったの」
そう言われると嬉しかった。
自分の歌で誰かの挑戦の後押しができれば、と思って活動し始めた。
叶っていたんだ。
「だから、俺が今ここにいるのも、PRISMに入っているのも、元を辿れば全部雨乃のおかげ」
街灯が琴崎先輩を照らす。
「雨乃」
「は、はい」

「雨乃、好きだよ」

そうサラッと言った。
「大学で、彼女さんとかいないんですか」
「いなかったら言ってないし。元々雨乃以外作る気更々ないし」
なんでそんな嬉しいこと言うの。
「私も、琴崎先輩の隣に立てるような人になろうと思って洋服とかメイクとか勉強したんです」
「…マジ?」
「はい」
嬉しくて笑みが溢れてしまう。
「私も、琴崎先輩が好きです」
「雨乃!」
ぎゅっと抱きしめられる。
「中学生の頃から好きで。でも琴崎先輩が受験だったから言えなくて。その時の分も合わさってもう今最高の気分です」
「そんな嬉しいこと言うな」
琴崎先輩の顔が赤い。
「それに、もうそろそろ先輩なくても良くない?」
「いえ、それじゃあ敬意が抜けちゃいます」
「別に敬語じゃなくてもいいし、メンバーじゃん。特に俺とか、その、もうちょっと近づいた関係じゃん」
それもそうか。
ずっとこれだったら逆によそよそしくなっちゃうのか。
「じゃあ、敬語、外しましょうか?」
「うん。ついでに先輩を外してもらって下の名前で。な、美音」
そう言われた時の破壊力。
「待って、顔が赤い!」
私は顔を手で押さえる。
「雷都、さん」
「…もう可愛すぎる。なんだこれ」
そして家まで送ってもらった。

日にちは経ち、打ち上げ。
居酒屋に来た。
「えっと、乙女先輩はどうなされます?」
「私いちごのカクテル」
「三鼓先輩と詩先輩は生ですよね」
「やっぱ美音は分かってる!」
「よく分かったな」
「で、雷都くんはどうする?」
「ああ、ジンバックで」
「雷都くん!?どうする!?」
3人が立ち上がる勢いで聞いてくる。
あ、癖で…
「ご注文はどうなされます?」
「えっと、いちごのカクテルと生ビール2つとジンバック、あとぶどうジュースをください!」
「了解しました」
「やっぱりぶどうジュースなんだ?」
「うん」
雷都くんが聞いてくる。
私だけお酒が飲めないもので。
「ちょっとちょっと、そこでイチャイチャしてないで聞かせなさいよ」
「いや、ちょっと関係進歩しすぎじゃね?」
「僕そんな関係になったって聞いてない!」
「はい、生ビールお2つとジンバックですね。いちごのカクテルとぶどうジュースはもう少々お待ちください」
「あ、はい」
そしていちごのカクテルとぶどうジュースが届く。
「それじゃあ、ライブ成功を記念して!乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
ぶどうジュースをゴクっと飲む。
うん、おいしい。
詩先輩と三鼓先輩がゴクゴクと飲んでいるのに対して雷都くんは一口でコップを外した。
「帰りは私が運転するから飲んでもいいよ?…ってもう運転できないか」
「…いや、俺めっちゃ酒弱いんよ」
意外。
強いタイプかと思ってた。
「はいはいそこ。夫婦感を出さない!」
「いちゃいちゃしない!」
三鼓先輩と乙女先輩がこっちを見て言う。
「俺マジでビール飲んだら速攻で酔う」
「そう!琴崎めっちゃ弱いんだよ!強そうな見た目して〜」
詩先輩は酔っているのか酔ってないのか分からない。
「で!付き合ったんでしょ」
「…はい」
「ほら〜、遼平。付き合ったって」
「…ん、おめでと」
「でも琴崎にタメ口なら私らにもタメ口で良くない?」
「そうだよ!フレンドリーに行こうよ!」
「えっ」
そう言われるとそうかも、と思うと、横から肩を引き寄せられる。
「それじゃあ俺の特別感がなくなるだろ。だめ」
そう言って私の右肩に顔を埋めてくる。
酔ってるのかな。
何これ可愛い。
「ほらそこでイチャイチャしない〜!」
「琴崎思ったより酒弱かったな」
「ギャップでしょ、ギャップ」
なんて3人が言っているけど、雷都くんは私を離すつもりはないらしい。
「また、ライブしようね。今度は5万人」
雷都くんがこう言う。
「5万人!?琴崎、それは流石に難しいんじゃ…」
「テレビに出る!バラエティ番組に音楽番組、朝のニュース番組だって!」
詩先輩が楽しそうだ。
「もっと上を目指して、活動頑張りましょう!」
「美音の言う通り!…琴崎〜、大丈夫そう〜?」
「…大丈夫じゃない」

PRISMはこの後、テレビには引っ張りだこ、音楽番組も何本も出て、CMに出演し、アニメの主題歌を任され、冠番組も持って。

ファンの笑顔を増やすことができることを、この5人はまだ知らない。


End.(2024/02/06 9:38)