夏に溶けていく


「いいよ、下の名前で」


「紫央、さん」


「じゃあ俺も下で呼ぶな」



私は、シャワーを浴びた後、キッチンの上についている棚から食器を出そうと思った。


踏み台を使うが、奥にあるため届かない。


割ったら本末転倒だし、ゆっくり出さなきゃ。


そう、ゆっくりゆっくり…


「真夏、」


そう呼ばれたものでびっくりしてしまう。


その反動で、踏み台から足を外してしまった。


食器を持ったまま倒れる。


が、私は痛くなかった。


下にはなんと紫央さんが。


「え、わ、…え?…っ、ごめんなさい!骨折とか大丈夫ですか!?」


私はすぐさま紫央さんの上から離れて食器を横に置き、ペコペコと謝る。


「い、いや大丈夫だけど。真夏は大丈夫なの?」


「おかげ様で私は無事です。あ、あとこの食器も」


「そっか」


紫央さんはふっと笑った。




私は机の上で食器を開ける。


ガラスの大きな器だ。


この家に大きな器といったらこれしかない。


「これ、どうしたの?」


「紫央さんがいるので。そろそろ出してもいいかなって思ったんです」


「大事にしまってたんじゃないの?」


「まあ、一応亡くなった母の形見です」


お母さんから残してもらったと言うのはこの食器しかない。


けど、紫央さんになら使ってもいいかなと思った。


「ですが、そろそろ使わないとこの食器も待ちくたびれてると思うので」


「そっか」


紫央さんは笑った時、雰囲気が柔らかい。


こんなに私に笑顔を向けてくれる人、いたんだ。


少し感慨深くなってしまう。


「あ、敬語じゃなくていいよ。そこまで年齢変わらないだろ」


「…え、私高2ですよ?」


紫央さんって、もうちょい上なのでは?


「俺も高2」


「…っ、え?」


「よく成人してるように見えるって言われるけど、それって結局俺が老けてるってことだよな?」


そう笑う紫央さん。


まさか、同い年だったなんて。


「じゃあ、遠慮なく」


「どーぞ。あと呼び捨てでいいし」



そして夜ながらも紫央の生活品を買いに行った。


紫央はなぜかお金は持っていた。


「なぁ、これさっきの食器に似てない?」


そうやって差し出したのは、ガラスのコップだった。


さっき出したガラスのお皿と柄がよく似ている。


「うわ、すごい似てる」


いいな、これ。


でも当然、私にそんなお金はなく。


「…俺が欲しいから、買っていい?」


「ど、どうぞ」


紫央はガラスを2つカゴに入れた。




そして帰り道。


荷物は紫央が持ってくれた。


「いいな、こう言うの」


「こう言うのって?」


「なんか、楽しい」


買い物のことかな。


確かに私も久しぶりに笑ったかも。


「真夏といると楽しい」


お世辞かな。


「ほんとだよ」


「…声に出てた?」


「いや、顔に出てた」


私って顔に出やすいのかな。


でも、少なくとも私の存在が紫央のためになってたら。


そうだったら…、いいなぁ。


「よっし、今日の夕飯は、肉巻きです」


「肉巻き…、何年ぶりに食べるか」


そんな豪華なもの、滅多に食べないのに。


「真夏も、手伝ってくれる?」


「もちろん、お手伝いさせていただきます」


それから夜ご飯を食べて、歯を磨いて。


布団を敷いた。


このボロボロアパートは夜が怖い。


物音はするし、変な気配もする。


「あ、布団は俺大丈夫だから。お構いなく」


「…いやいやいやいやいや、お使いください。来客を床で寝かせるなど!」


「大丈夫大丈夫、ほら使えって」


そんなことを言っていると、無理やり布団に入れられてしまった。


「夏なんだからこのくらいがちょうどいいんだよ」


その気遣いはどこで学べるのか。


「ありがとう」


そう言って狭い部屋で2人で寝る。


離れているとはいえど、同じ部屋に男の子がいるなんて、信じられるものじゃない。


そう思いながら眠くなってきて瞼が閉じた。