夏に溶けていく




はずだった。直前に誰かに左手を掴まれていた。


「何」


そう眠い目で掴んだ人をみるとその人は…



「紫央…?」



なんだ、私はもう死んだのかな。


「真夏。なんで…」


「君たち、乗るの?乗らないの?」


「あ、乗りません」


車掌さんに紫央はそう答え、大荷物をホームにどさっと置いた。


電車は奥の方へ走って行った。


大事なものが入ってそうな鞄もあった。


だけど、私を両手で抱きしめる。


「真夏、何を早まってんだよ」


私はいまだにその状況が理解できない。


「今、飛び降りようとしただろ!」


紫央が怒っている。


「何があった」


そう言う紫央の言葉に私は口が勝手に動いた。


「私は、父親にも紫央にも必要とされなくなった。生きる意味なんてある?」


「何を言って、」


「みんなごめんって言って私から離れていく。結局最後はそうなんだ。私なんか、」


そう言う途中で私は口を塞がれた。


紫央の顔が近くにある。


だけど、その紫央の顔は怒っていた。


「私なんかなんて言葉2度と使うな!」


紫央の口調が荒い。


こんな紫央、見たことがない。


すると、我に返ったように紫央は抱きしめた。


「俺、最低だな」


私の頭は回らない。


うん、と答えるだけで精一杯だった。


「俺は!」


肩を掴まれて、私の目をしっかりと見て紫央はこう言う。


「真夏が、必要じゃないなんて思ったことは一回もない」


「え…?」


「真夏といる時が1番楽しいし、隣にいて心地いい。だけど…」


紫央は突然悲しそうな顔をした。



「俺、勢いでやらかしたじゃん」



あんなこと、とはこの前の風呂上がりのことだろう。


「まさか、自分があんなに理性を失うとは思ってなかったし、真夏を傷つけた」


紫央がそんなふうに思ってたとは。


「ちょうど、出て行った時に親に会った。もう帰ってこいって。だから、ちょうどいいとは思った。本音を言うと、本当は真夏と一緒に
いたかった。だけど、もう俺はあそこにはいられないなって」


「なんで、そんなこと言うの」


私は涙を堪えながら言った。


「私はあの時のキス、嫌じゃなかった」


「え?」


「それよりも、紫央と離れる方がよっぽど嫌だよ」





「紫央、好きだよ」





やっと言えた。


すっとこれが言いたかった。


紫央は驚いた顔をする。


「本当?」


「私が嘘をつけるとでも?」


「つけないな」


ふっと笑って次の瞬間、こう言った。


「俺も、真夏が好き」


なんて嬉しい日なんだろう。


気が抜けたのか、私の体は力が抜けてしまった。


寝不足だ。


「真夏…!?」


私の瞼はゆっくりと閉じた。