私は夫に心の底からは愛されていない。

 そんなの、分かってたわ。

 けれど、夫は誠実で。
 ……夫の千秋は優しい。

 私を愛そう、愛そうと頑張ってくれているのが分かるから。

 それが私にとって……、とてつもなく、……惨めだとしても。
 ナンバーワンでありたい私にとって、屈辱だけれど。

 私――、千秋を愛せない。

 どうしても千秋の兄の優大《ゆうだい》さんが頭から離れない。

 ――優大《ゆうだい》さんは私を一度だけ抱いてくれた。夢のような一夜だったの。
 たった一度だけ。
 忘れられない。
 ずっと憧れていた。
 私、ずっと優大《ゆうだい》さんに焦がれ続けていた。

     ✧✧✧

『許婚の相手は優大《ゆうだい》さんだったのに、どうして弟の千秋に変わったの!?』
『ごめん。俺、本気で愛してくる女は愛せないんだ。自由恋愛の性質なの、香恋は知ってるだろ? 俺は女を不幸にしてしまうから、君とは結婚できないよ。大切にしたい人ほど、……傷つけて酷いことをしてしまいそうになる』

 ……大切な人。
 それって。
 あの人……?


    ✧✧✧


「歌恋さん、まだ帰んなくって良いんだ? 人妻なくせに」
「うちは出来た夫だから。家事力も私より上だし、すごい理解があるの。ミヤビくんだって帰る時間じゃないの? お母さん、心配しない? まだ大学生なのに、12時回ったよ」

 私は物心ついた頃には子役をしていて、今はモデル活動をしているから、要らぬスキャンダルに襲われないよう身辺には気をつけている。
 ラブホテルには絶対に行かない。
 恋人との待ち合わせも、かなり気を遣ってる。

 私、恋人は複数いるけど……、長いのは颯斗だけだ。
 彼はずっと私が好きだ。
 颯斗は、ずっと私と奥さんの二人を愛している。


 目の前の新しい恋人は、モデル仲間のミヤビくん。
 大学四年生で、もうすぐ本格的に俳優デビューするっていうの。

「僕、まだ大人じゃないって言ったらビビる? 責任取ってくれるの? 歌恋さん」
「どういう意味?」
「成人してない」
「うそ。調べたもの」
「くっそー。バレてたか。……歌恋さんは慎重だな。他の男と会う時も充分に警戒してんの? 外で普通なデートしたくならない?」
「普通のロマンチックなデートは夫としてるから」

 ミヤビの上手に鍛え抜かれた裸を見て、美しいと思った。
 モデルとして、磨いて。
 丁寧にメンテナンスしてるのが感じ取れる。

 それに、若い。
 夫とも違う肌質は、最高にしっとりとしてて。そして力強かった。

 魅惑的な中性が売りのモデルのミヤビ。
 私は信頼を寄せてる自分の直感で、ミヤビが口が堅そうかなと思って選んだんだけど、ハズレだったかな。

「私、あなたとは一回だけにするわ」
「一晩だけ? 冗談。僕、やっと歌恋さんをくどいて抱けて、有頂天なのに、今夜だけで満足するわけないっしょ? これからも会って。ねえ? どうする歌恋さん、さもなくば雑誌にリークするよ」
「あなた、この私を脅すの? ミヤビ」
「フフフッ、冗談だよ。僕だってまだモデルでいたい。芸能界でやってみたいことたくさんあるし」
「それなら、相手の見極めと週刊誌に撮られないよう注意することね」

 ミヤビはベッドの上で「はあーっ、さっすが歌恋さん。すごく上手《うわて》だなあ」と微笑んで、私を後ろから抱きしめた。

「しょうがないわね。まだ遊んであげる。ただし、私を裏切るような真似してご覧なさい。すぐあなたとは手を切るわ」
「怖いお姉さんだな。だけど、すっごくそそられるよ」

 素足にキス。
 つま先からほどこされていくと、ミヤビの舌先はさっきまで繋がっていた場所を執拗に攻めだしてる。

「甘い声、また聞かせてほしいなあ」
「ミヤビが良い子でいたらね」
「悪い子の間違いでしょう? ……ねえ、なんでこんなに歌恋さんはやらしいのに旦那さんは抱かないの?」

 そんなの、私が聞きたいわよ。
 ううん、答えは知ってる。

 夫の千秋は気づいたんだ。
 ……たぶんね。
 千秋の【大事な小夏ちゃん】の夫と私が、不倫していることに。

 夫の大切な思い出の初恋の子、小夏ちゃん。

 私、あの子が大っきらい!

 だって、優大さんの大切な思い出の子も小夏ちゃんだから。


 私は与えられる快楽に没頭する。
 新しい恋人はまだセックスに不慣れで、手つきが一生懸命で可愛い。
 ただ、私との愛撫に夢中で。

 怖いぐらい集中してる。
 私を好きだと打ちつけてくる腰つきが余裕がなくて、嬉しい。
 切羽詰まった欲情を、私のなかに迸らせてばらまいて、何度も愛してくる。

 二人の蕩けるような声と熱と、汗ばんだ肌が溶け合う。

「頭の中が空っぽになるぐらい、ミヤビ……たくさん私を抱いて」
「んんっ、煽ってくんなあ〜。歌恋さん、綺麗だよ。……愛してる」

 ただのセフレなら、何人もいるのに。

 私はこれからも【千秋の大切な小夏ちゃんの夫の颯斗】を手放せないのだろうね。

 だって優越感に浸りたいから。

 小夏ちゃんの愛した夫は、私に焦がれていて。私を求めて、この私を抱くの。

「愛してる。愛してるよ、カレン」

 何年も続いた浮気の関係。
 なんでバレたの?

 ……やっとバレた。

 ほんとはきっと知らしめたかった。
 私の好きな優大さんの思い出の片隅にしまわれた【小夏ちゃん】が、すごく憎くてたまらないから。

 今、あなたはどんな顔してるのだろう?

 すっごい、心地良い。喜びが、震えるぐらい私を満たしてる。

 ミヤビのいち部分が私に入り込んで愛と欲を貫いて打って侵入して、穿つと快感が全身を駆け巡る。

 私の耳元でミヤビが囁く。

「気持ちいい、歌恋さん? すっごい小悪魔で素敵な表情《かお》してる」
「くすくす……。小悪魔、か。……ミヤビ、ねえ。もう一回出来る?」
「もちろん。歌恋さんを満足させてみせるよ」

 誰も私を満足なんかさせられないわよ。

 身体は満たされたって、いつまでも心は満たされない。

 本当に好きな人は、私を愛してなどくれないのだから。

 だから、私はいっときの情事を重ねて、いっときの熱情で紛らわすの。

 恋しいあの人は、私なんかを見てくれたりしない。
 分かりきったことなのよ。

 私は幾晩も打ちのめされてきた。
 その人の視線が私を向いてはくれないことに……。