紀和くんは、半分まぼろし



お風呂も歯みがきもすませて、パソコンの画面をじいっと見つめる。真夜中になる少し前。

二十三時きっかりに、とん、と、部屋の扉をしずかに一度だけたたく音がする。家族のだれにもばれたくないから、パソコンの画面をそのままにして、足音を立てずに急いで扉のところまでいく。一呼吸おいて、ゆっくりと扉をひらけば、シャボンの清潔な香りがふわりと鼻腔をくすぐった。

見上げたら、まだ半分だけ濡れた髪のまま、アンニュイな表情でわたしを見下ろすひとの姿がある。

「おまたせ?」

品のよいパジャマに身をつつんで、偉そうにそう口にする王様みたいな────そめい、きわくん。

昼間とは、まったく別人のようである。

「……き、わ、くん」

待ってないです、と言える度胸を、去年のクリスマスなんかに頼んでおくべきだったのだ。そうすれば、冬のおわりに備えていられた。

言えない言葉のかわりに、名前を呼んで、降伏してうなずくしかない。

かれは、許可をとることもなく部屋にはいってきて、後ろ手で素早く扉をしめる。つけっぱなしのパソコン画面にちらりと目をやって、またこんなの見てるのかよ、とでもいうような半端なあきれ顔をつくったあと。

またまた許可をとることなく、すたすたとわたしのベッドまでいって、巨大サイズのカバのぬいぐるみ――カババちゃんのうえに平気で腰をおろした。

「……カババちゃん、かわい、そう、だから」

「そのネーミングセンスのほうが全然かわいそうだろ」

有無を言わせないような手招きをされて、おそるおそるかれに近づく。

自分の部屋なのに、きわくんがくるとすぐにかれの王国みたいになってしまう。早まる鼓動は、全力で知らないふり。