夜空をこの教室に落っことしたとしたら、いちばん光ってみえる星は、間違いなくかれだ。
きっちりとした星座にはならない。だれとも本気ではつながろうとしない。たったひとり、爽やかな色で上品にかがやいて、ときどき、わざと少しだけかくれて、あやしく艶やかな色に変色する。
だから、みんながみんな、どんな距離にいたって、かれに照らされるように、すとん、ぴかんとかれの虜になってしまうのだろう。
・
・
☆ミ
「紀和くん、彼女と別れたってほんとう?」
高校二年に進級してまだ間もない、ある春の朝のこと。
新しいクラスでも、すでにたくさんのクラスメイトに囲まれている男の子に、もも色の疑問符がひとつ投下される。
わたしは、視線は向けずに、窓際のとおく離れた席からその声だけを拾った。
「彼女?」
「セントワーナ女子高の子と付き合ってたよね? すみれちゃん。わたし、すみれちゃんのInstagram、こっそりフォローしてて、お別れ投稿みちゃったから」
「え。じゃあ、いま、紀和くんチャンスタイムってこと?」
「しーちゃん、ごめんだけど、その前に紀和はおれたちといったんお遊びするから。な、紀和」
「お遊びとか、紀和くんには似合わないし。だよね? 紀和くん」
「いや、このなかでいちばんお遊び上手は、じつは紀和だよ?」
ひとつ、ふたつ、みっつとかれにかかわる言葉は増殖して、すもももももももものうち色、みたい。その真ん中で爽やかにわらっている顔が、目に映さなくてもありありと想像できた。
その想像を上から覆うように、『この女、めんどくさ。はい、おわりおわり』────昨日の夜、スマートフォンをいじりながら心底いやそうに、そう吐き捨てたかれのことを思い出す。