チョコレートケーキに伸ばしたフォークが止まる。
今まで触れられなかったから先生はスルーしてくれると思っていたけど、甘かった。先生はそんなに甘い人じゃない。おそらく私の気が緩んだタイミングで聞こうと思っていたのだろう。

「誰かから逃げるようにエレベーターに乗り込んできましたよね。中年の男性が九条さんを追いかけていたように見えたのですが」

そこまで見られていたのか。そう言えば私が乗り込んだタイミングで扉が閉まった。きっと先生が閉まるボタンを押してくれたんだ。

好奇心でいっぱいの目を先生が向けてくる。この目を向けられたら、白状するまで尋問される事を学生の時の経験で知っていた。先生は意地悪な所がある。

家の恥をあまりさらしたくなかったけど、仕方ない。

「大した事ではないのですが、父に騙されまして」

先生の瞳が驚いたように左右に揺れた。

「その、20歳年上のバツイチ男とお見合いを」

口にしてみると、居たたまれなくなってくる。こんな恥ずかしい話、先生にしたくなかった。

「父曰く、私には若さぐらいしか価値がないそうなので、30歳までに結婚させたいようです。でも、私は一生独身を貫くつもりですから」
「では、お見合いがある度に逃げ出すのですか?」

痛い所をついてくる。
あの父が簡単に諦めるはずがない。今日のお見合い相手と私をまだ結婚させようとしているかもしれない。

でも、私はもう父の操り人形ではない。ちゃんと意思がある人間だってわからせてやる。

「お見合いがある度に逃げます。私は結婚するつもりありませんから」
「お父様は納得しますか?」

言葉に詰まる。いくら逃げても父は納得しない気がする。