それから約10分後、あっという間に先生はやってくる。


家の外に出ると、ラフな格好をして黒縁眼鏡をかけた先生が見えた。
助手席に乗り込み、シートベルトをする。


「え、真帆さん。制服ですか」
「…着替えていなかったので」
「流石にまずいです」

先生は後ろから黒色のカッターシャツを取って私に渡した。

「これ着ておいてください」
「何でシャツが置いてあるのですか」
「…変装用ってとこですかね」

変装用。笑った。
いつ使うタイミングが来るのだろうか。

渡された先生のシャツを大人しく羽織ってみる。
…かなり大きい。

ふわりと服から香ってくる先生の匂いに心臓が飛び跳ねた。

「先生の大きいです」
「制服よりはマシです。うちの学校の夏服、目立ちますから」

冬服は紺色のセーラー服なのに対して、夏服はカッターシャツにえんじ色の大きなリボン、紺色のベストになる。市内でもあまり見かけないデザインだから、まぁ確かに目立つ。

「けど、この夏服が可愛いと思いませんか」
「……可愛いですけど、それは真帆さん限定です。他の子見ても何も思いません」

そう言った先生の耳は少し赤くなっていた。





少し車を走らせて、何度目かの海浜公園に入る。


時刻は21時。
流石に、誰もいない。


「ここ、久しぶりですね」
「そうですね」


波の音が静かに響いて心地良い。



歩いている途中に見つけたベンチに腰を掛け、海を眺めた。
先生にピッタリと体をくっつけて座る。


「…真帆さん。何事も上手くいきませんね」
「…そうですね。先生も、モテますし」
「……」


静寂が訪れる。

先生は私の肩を抱いて、小さく言葉を発した。


「…津田さんは、やっぱり…」
「そうですよ。先生のことが好きみたいですよ。何て言っていたかな、素敵…かっこいい、溢れ出る大人の魅力、真面目………早川先生の指先まで愛しているそうです」
「………」

スラスラと口から出てきた言葉に我ながら驚く。
あんなに言えなかったのに、こうして先生にくっついていると言えるなんて。不思議。

「津田さんの言うこと、半分は間違っていると思うんです。溢れ出る大人の魅力っていうか、溢れ出る嫉妬心ですかね。大人というよりは子供ですし。あと、真面目は真面目かもしれませんが、それでも完璧ではありませんしね。あと、かっこいいのは先生モードではない素の姿とか…」


そこまで言ったところで、先生に口を塞がれた。

力強い抱擁に、熱い唇。
いつになく荒いその行為に、体が震える。


「…真帆さんも嫉妬ですか」
「違います」


もう一度唇を重ねる。




…先生は、私の彼氏なんだから。
誰にも渡さないし、手放さない…。


そんな思いが胸に溢れてくる。









そして、気付いた。








早川先生は多分、いつもこの気持ちなのだろう。

浅野先生と、神崎くん。






先生はネガティブだと思っていたけれど。

これが…当たり前の感情なのかもしれない。




「津田さん、気を付けておきます」
「私も、浅野先生と神崎くん。気を付けます」
「…お願いしますよ。的場さんから文化祭実行委員の話を聞いた時、動揺してしまいました。僕も実行委員の担当ならどれだけ良かったか。…目の届かない場所に3人がいること、不安でしょうがなかったです」
「私だって…先生のクラスに好意を抱いている人がいたなんて。知った時は不安でした。私、3組が良かったとどれだけ思ったことか…。…お願いだから、私以外の人に心を揺るがさないで下さい」
「それは僕の台詞です。真帆さんこそ、僕以外の人に心を奪われないで下さい」


お互い思いを伝え合い、おでこをコツンとぶつける。

何度も何度もキスをしても、満たされない心。
先生の…裕哉さんの全てが欲しくて堪らない。


こんなにも好きになっていたなんて。

裕哉さんへの思いが溢れて、本当にどうしようもない。






けれど、お互い思いをきちんと話せて良かった。

私も不安だったけれど…裕哉さんはそれよりもずっと前から、不安を抱えていたのだから。


…大丈夫、今日話せたから。
何があっても、裕哉さんと一緒なら乗り越えられる…。