その後岩泉君は、移動の際や休憩中、何かと接近してきては私に愛を囁き続けた。

 その度に動揺してしまい、正気を保つだけで精一杯な私は、どうやって残りの日程を消化したのか最早定かではない。

 徐々に大胆さを帯びてきた岩泉君に、私は危機感を覚え始めた。帰国後、会社で同じように接近されるのはどう考えてもまずいだろう。彼の友人である坂井君と親しくしていただけで攻撃対象になった学生時代が脳裏をよぎる。彼を狙う女性達からの攻撃は、おそらく坂井君の時のそれとは段違いに凄まじいと想像せずにはいられない。

 一体どうすればいいのか‥‥そもそも岩泉君とのことだって考えなければいけないのに、当の本人によってその思考を遮られるのだから、本当に参る。

 明日は視察最終日。夜の便で日本へ戻る予定だ。今日と同じように迫ってこられたら、なんの答えも出せないまま帰国することになってしまう。落ち着いて頭の中を整理できるのは、ホテルの部屋でひとりになった今がラストチャンスだと思った方がいいだろう。

 まずは一旦、岩泉君が私を好きだというのが事実だと仮定して、思考を前に進めてみる。

 岩泉君が私を好き‥‥そんなはずないという疑念を排除してみれば、嬉しさからなのか恥ずかしさからなのか、顔が熱くなるのを感じた。枕に顔を埋め、ベッドで足をばたつかせる。

 そんなの、嬉しいに決まってるじゃんか!

 私にとって岩泉君は、長年推し続けてきたアイドルみたいなものなのだ。推しとリアルで恋愛なんて、少女漫画の世界観だよね?

 あ、そうか。私はいつの間にか少女漫画のヒロインとして別次元の世界に転移しちゃってるのかも?一体いつから‥‥海外出張あたりから?いや、そもそも岩泉君の存在が非現実的なのだから、下手したら転移は8年前だったかもしれない。いやいや、もしかして私の存在自体が非現実?

 ここが少女漫画の中で、しかも私がヒロインなら、岩泉君とのハッピーエンドもありなのかもしれない。

 いや、ないだろう。別次元に転移?私の存在が非現実って、哲学か?うっかり現実逃避してる時間の余裕はない。

 もっとリアルに考えなければ。

 岩泉君が私を好きで、お付き合いすることになったとする。百歩譲って彼がアイドルならまだ現実的だったかもしれない。芸能人が一般人と結婚するとか最近よくあるし。だが彼は三角グループの御曹司なのだ。

 よくわからないけど、政略結婚とか親が決めた婚約者とか、一般的な感覚とは相違があると予想される。昔、坂井君がそんなことを言ってたし。第一、来る者は拒まずで恋人を作っていたこともある岩泉君は、お付き合いの概念が私とは違うのかもしれない。