慶介「この前西野さんが食べたのはイチジクだったけど、今日はマスカットを用意てみた」
 菜穂子「嬉しい……! 私、マスカット大好きなんです」

 ぱっと表情が明るくなる菜穂子。

 慶介(美奈、ナイス……!)(※美奈に教えてもらった)

 慶介はマスカットをひとつ摘み、菜穂子に手渡す。

 慶介「食べる?」

 マスカットを食べ、彼の顔を上目がちに見上げる菜穂子。マスカットを食べるだけなのに色っぽい。

 菜穂子「ん……甘い」
 慶介「…………」
 菜穂子「?」

 マスカットを半分にカットしていく。切るのが下手で、大きさがバラバラになってしまう。

 慶介「もしかして、あんまり料理しない?」
 菜穂子「忙しくて。自炊は全然しないですね。ほとんど出前とかで済ましちゃいます」
 慶介「身体が心配だな」
 菜穂子「ほんと、不健康な食生活ですよね」

 クリーム生地を作ってタルト生地の中に流してから、余熱したオーブンで焼いていく。
 オーブンをふたりで並んで眺めていると、慶介がおもむろに言う。

 慶介「普段は料理しないのに、タルトの作り方を覚えようとしてるのは……食べさせたい人がいる、とか?」
 菜穂子「…………」

 キッチン台にもたれながら頷く菜穂子。

 菜穂子「はい」
 慶介「……そっか。彼氏?」
 菜穂子「付き合ってはいないんですけど……好きな人です」

 菜穂子は目を伏せ、千晶のことを思い浮かべる。

 想像の中の千晶『え? これ菜穂子が作ったの? すご、売り物みたいだ』
 タルトを食べた想像の中の千晶『うまっ。めっちゃ美味しいよ。ありがとう菜穂子』

 にこっと笑う千晶の姿を想像して、菜穂子の頬が緩む。

 慶介「相手は西野さんのことどう思ってるの?」
 菜穂子「たとえ両想いでも、付き合うことはできない相手なんです」
 慶介「訳あり、か」

 そのとき、オーブンのタイマーが鳴る。

 慶介「あ、焼けたみたいだ」