星祭りの夕方。
宗介は、庭の塀に寄りかかって、浴衣姿の恋が玄関から出てくるのを待っていた。
「浴衣だね」
塀から体を離し、黙っていた宗介が口を開いた。
「うん」
「僕は着ない。歩きにくくて面倒だから。部屋に持ってるけど。」
星祭りは神社のそばの大通りのお祭りで、お祭りが天の川の真下に位置する時期に催されるためこの名が付いた。
毎年カップルや家族連れなど沢山の人が足を運ぶ、賑やかな祭りで、恋も宗介も毎年必ず友達を伴って遊びに行っている。
「夕方は結構涼しいね。今日はカンカン照りとは違ったからこの位になるって思ってた」
「あんまり暑くなかったよね」
「昨日学校で夏休みについて言われた事覚えてる?特別な事を積極的にしろだって。良いこと言うよね。」
「特別って言っても、あんまり無いけどね。今年は何をしようかな。」
二人は話をしながらお祭りの通りへ向かった。
浴衣姿の人が多い。うちわを持って仰いでいる人も居る。祭りのバルーンや景品を抱いている人も居る。
「綿あめ買いたい」
「良いよ、どこ?」
恋と宗介は綿あめ屋の屋台で綿あめを買った。
「宗介も食べる?」
恋が綿あめを向けると宗介はぱくりと一口端っこを食べた。
次に恋は綿あめを手に、宗介とかき氷屋へ行った。
代金を払ってブルーハワイのかき氷を受け取った宗介は、スプーンで氷を大きく掬って恋の口元に持っていった。
「はい。お返し。」
恋達は食べ物を食べながらお祭りの通りを歩いた。
「人が多いね」
「そうだね。はぐれないように気をつけろよ、恋。万一はぐれても、狐に変身して歩き回らない事。分かった?」
「大丈夫だよ」
「浴衣は見間違えないからね。お前がもし勝手に歩いても、僕が見つけてやれるから、はぐれたらその場から動くなよ。」
二人がラムネを買いに行くと、屋台のラムネ瓶は盥の氷水に浸かって売られていた。
蓋を開けて飲むと透明なラムネは涼しい味がした。
お面屋とピンバッジの屋台を通り過ぎて、チョコバナナ屋とたこ焼き屋の前を通った。
旗の立っているりんご飴屋の前で、恋は向こうから来た人にぶつかってしまった。
立ち往生していた恋に、宗介はすぐに気付いて通りを戻ってきた。
宗介は軽く恋の右手を掴むと、何も言わずに石畳の道を歩き出した。
昼間の間明るく照っていた陽は落ちて、辺りの景色が薄青い。
屋台の明かりが光りだしている。
小さい女の子の玩具のアクセサリーの屋台を通り過ぎようとした所で、宗介が口を開いた。
「恋、お前、好きなやつ居ないよな?」
恋が見上げると、宗介はいつも通りの顔で、まっすぐ恋を見返した。
「え、何で?」
「別に。」
宗介が何も言わないので視線をずらすと、安っぽい飾りの付いた女の子のおもちゃの指輪が、屋台の明かりの下で光っている。
「好きだよってお前に言う奴どう思う?」
「え」
恋は宵の空を見上げた。
一番星がもう出ていて、上の方で小さく瞬いている。
「……すぐに誰かを好きだっていう人はちょっと変だよ。」
顔をしかめた恋の口をついて出て来たのはそんな言葉だった。
「きっと一人で恋愛してるつもりになってのぼせてるんだ。」
「……なんでそう思うの?」
「別に。」
宗介の表情が微かに揺らいだ。
黙ってお客が居ない子供のアクセサリーの並びに目をやる。
宗介が聞いた。
「例えば誰かがお前を好きって言ったら、それもそういう風に取るの?」
「だって、私は誰も好きにならないし、迷惑だよ、告白なんて。」
ふいに、どこかで花火があがったようで、ドーンと大きな音が聞こえた。
通りすがりの人々が宵の空を見上げて囁やき合う。
繋いでいた手がゆるくほどけて離れたのに恋は気づかなかった。
黙っていた宗介が口を開いた。
「……帰ったら夕飯。今日家にゼリー作ってあるから、食べに来てもいいよ。」
「え。」
「これから帰ってシャワー浴びて眠る。僕やることあるけど明日にする。」
「まだ回ってない所が……」
「いい。」
あんまりきっぱりした口調で宗介が言ったので、恋は自分が宗介の機嫌を損ねたのに気付いた。
おそるおそる宗介を見上げると、宗介は普段の顔で言った。
「あんまり遅いとおばさんが心配するだろ。」
恋が何か言う前に言った。
「今日は楽しかったね。」
そっけなく、全然そんな風に思ってなさそうな口調で。
綺羅びやかなお祭りの通りを後ろに、暗い道を歩いて二人で帰ったが、宗介はほとんど何も喋ってくれなかった。