なんなの、なんなの、なんなの。

 何も考えられない。どうしてあんな。そんな言葉と一緒に、山田にキスされた場面が何度も何度も頭ん中で繰り返される。

 人のいない廊下の先、目の前にいきなり山田が転移魔法で現れた。
 止まりたくっても急には無理で。ぶつかるようにその胸に飛び込んだ。

「違うんだ、ハナコ! これには訳があって……!」
「いやっやめて、離してっ!」

 つかまれた腕を全力で振りほどく。山田から離れたくて、対峙(たいじ)したままあとずさった。

「これはいけませんのぅ」

 誰かの手が肩に乗せられて、やさしく後ろに引き寄せられた。
 振り向くとそこにいたのはヨボじいで。

「先生……」
「ここはわしにお任せなされ」

 茶目っけたっぷりにウィンクされる。
 上手く返事もできないまま、涙が頬を滑り落ちた。
 わたしを後ろ手にかばうと、ヨボじいは山田に冷たい視線を向ける。

「シュン王子よ。王子は(おのれ)の正義のためならば、他者を傷つけることをも良しとなさるのか」

 厳しい声音に、山田が言葉を詰まらせてる。
 青ざめてわたしの顔を見てきたけど、ヨボじいの後ろに隠れるようにしてさっと視線をそらしてしまった。

「王子は少し頭を冷やしなされ」

 それだけ言い残し、ヨボじいは転移魔法でこの場からわたしを連れ去った。