心機一転の旅立ちに、改めて乾杯といきますか。
 意気揚々とカップの取っ手に指をかけ……ようとして。
 その寸前、後ろから伸びてきた手にソーサーごと紅茶をさらわれた。

 令嬢の所作も忘れてぽかんと大口を開けてしまった。
 だって斜め後ろに山田が立ってるんだもの。

 人間ってあんまりにも驚くと逆にリアクションが薄くなるんだね。未希ですら目を真ん丸にして何もできずに固まってるし。

 山田、イベント中だったよね? なんでわたしんとこに来てるんだ?

「あの……シュン様?」

 アナタが手にしてるその紅茶、わたしが飲んでるやつなんデスが。
 っていうか、匂いをかぐな、フチについた口紅の位置を確認するな、あまつさえそこに口をつけるな。
 そして何しれっと飲もうとしてるんだ、それはわたしのティーカップだと言っておろうがっ。

 頭ん中でまくし立てるも山田はくいっとカップを傾けた。
 瓶底眼鏡を湯気で曇らせながら、こくこくとノドが動いて完全にカップがひっくり返る。

「ハナコの入れた紅茶はまた格別だな」

 こいつ、本気で飲み切ったよ。満足げにカップ戻してくんな。ってか、よくそんな熱いもん一気飲みできたな。それに山田のために入れた覚えはこれっぽっちもないっ。

 言いたいことは山ほどあるのに、王子だからって言葉にできないのが口惜しすぎる。
 とにかく今すぐ追い返すなり、自分が退散するなりしないとマズいんじゃ。