疲れてしまったのか、お兄様はしばらくこめかみを押さえていたけれど、やがて。


「セーラが君に対して目論んでいたことは子爵から聞いた。
 大変申し訳なく思っている。
 本当にすまなかった。
 それでお詫びとして、慰謝料を肩代わりした。
 返済は不要だ」

「……もういいです、お兄様の謝罪は受け入れます。
 ところで、あの方があれ程、母を憎んだ理由はご存じでしょうか?」


 お兄様の眉が一瞬寄せられたけれど、わたしだって疲れている。



「……あの女は子爵夫人に負けたことが許せなかったと、話したよ。
 同じ伯爵家に生まれて、自分は侯爵家のスペアを産む為に後妻で嫁がされて、無事男児を出産したら、夫には顧みられなくなった。
 それに比べて、勝ったと内心下に見ていたジェーン夫人には君の下にダレルと言う後継者も出来、子爵とも円満だ。
 キャメロンはあくまでもスペアだと思い知らされて、かと言って邪魔な俺を片付ける度胸も伝手もない。
 セーラは夫人にそっくりな君をいつか貶めることで、君の母上への劣等感を晴らそうとしていた」


 はぁ?そんなことで?
 そんな馬鹿みたいなことで、母が一方的に恨まれて?
 わたしは暴力まで振るわれたのよ!



 わたしも慰謝料を請求してもいいか、父に……ううん、頼りない父よりもダレルに相談してみよう。
 あの子はマーフィーを継ぐ身なんだから、我が家の名誉の為なら動いてくれるはずだもの。

 
 だって、わたしがいい気になっていた原因はセーラだ。
 長期間に渡って洗脳されていた。
 優しい笑顔に騙されて、あの女の口車に乗らなければ、こんなことには……



 お兄様は謝罪はしてくれたけれど、わたしを憎んで辱しめようとしたセーラの所へ向かわせることには、何の躊躇も無いようだった。

 それ程、王弟殿下の後ろ楯を持つシンシアとの縁組を邪魔したわたしを、赦す気にはなれないということ?
 謝ってくれたのも、ただのポーズのような気がしてきたわ。



 あんなに好きだと思い込んだ幼馴染みが、実に情けない男だと改めて思い知らされた。
 可愛い女を演じて居場所を取り戻したと思ったのに、単なる性欲解消に利用されていた……


 可哀想なわたしを、神様が見捨てるわけがない!

 いいわよ、言われた通りにキャメロンと結婚して、子供を産めばどうにでもなる。
 閣下だって、可愛い孫の顔を見たら絆されて、王都に呼び戻してくれる。
 田舎なんかで、自分の人生を終えるつもりはない。


 シンシアと次に会う時は、わたしは侯爵家の嫁だから!
 可愛い甥か姪の名付け親になってくださるよう、お兄様からアルバート殿下に頼んで貰えば……
 あんな女に遠慮は要らない。




 わたしは、あんたより絶対に幸せになるから!

 今度はわたしがあんたの顔を見て、微笑んであげるわ!
 

 絶対に絶対に、巻き返して見せるから!