少し離れた所で降ろされる。
西洋風の建物がいっぱいあるところだ。
「神羅(かみら)?ここ」
神羅とは地区の名前で西洋をモチーフにされた建物が多いことで有名。
「うん」
大きな川に架かる橋の上で柵に寄りかかる。
「どこにいたの?3週間」
「パリ」
「ぱ、パリ!?」
通りでそんなに長い期間いなかったわけだ。
「じいちゃんに無理矢理連れて行かれた」
「びっくりしたじゃん」
私がそう言うとこっちを向いてふっと笑う。
「心配してくれたんだ?」
「まあね」
可愛くないな、私。
自分で言ったことなのに気に入らなかった。
「でもまぁ、ミッション成功かな」
「ミッション?で、何盗ったの?何も言わないから見せてよ」
するときょとんとする来海。
「え、何、どした?」
「見せてよ、か」
ニヤッとして私の手を引き、引き寄せる。
「自分では見れないか。お前だよ、盗んだの」
何秒か、理解できなかった。
「…えっ!?」
近くで微笑む来海。
「あの日からお前の顔が離れなかった」
そう遠くの船を見つめる来海。
「もちろん、浮気なんてしてないよ。お前以外盗まないって決めたから」
ドクドクと心臓の音が早まる。
そしてこっちをみる来海。
「お前は警察、俺は怪盗。どうやっても仲良くはなれないけどさ」
1回、目を伏せて私の目をちゃんと見る。
あの日みたいに顎に手を添えられる。

「俺はお前が好きなんだよ、月羽」

初めて名前で呼ばれて思った以上に破壊力があった。
「俺はずっと月羽に笑っててほしい。俺がそばにいなくてもいいから、月羽が幸せだったらそれでいい」
そう少し悲しそうな声で言う。
「って綺麗事だと思うだろ?本当なんだな」
私は何も言えずにただ、来海の目を見つめることしかできない。
括っていない髪が風に靡いた。
「まあ、本当は俺のものにしたくてしたくて仕方ないけど。流石にそれは現実的に厳しい」
「…じゃあさ」
「ん?」
私はポケットからあるものを取り出した。
お母さんにもらった手錠だ。
来海の手を取って左手に掛ける。
「お前になら捕まってもいい」
もう片方を私の右手にかけた。
「あーあ、間違えて私の手に掛けちゃった」
わざとらしく言う。
すると来海は右手で自分の頭を押さえて
「あー、そんな可愛いことするな。俺がどうなってもしらないよ?」
「別にいいよ、どうしたって」
「じゃあキスするよ」
そう冗談めいた顔をして言う来海。
「いいよ」
そう言うとびっくりした表情をする来海。
「私も好きだよ、来海のこと」
「…最高か」
強引に手錠で繋がれてる方の手を引かれて抱き止められる。
そして顎にそっと手を掛け、私に唇を落とした。
すると鐘がなった。
12時だ。
手錠のガチャっと言う音がするも気にしない。
来海の唇は思ったよりも柔らかくて。
「俺、ちゃんと月羽を盗めてたんだ」
おでこをくっつけて安心したような顔をする。
「ふふ。私は来海のものですよ」
「夜凪(よなぎ)」
「よなぎ?」
「…もしかして知らないとか?」
何の話だろう。
「俺の下の名前。来海だと家族みんな来海じゃん」
…初耳だ。
「来海夜凪、か。綺麗な名前だね、夜凪」
すると、おでこを離してぎゅっと抱きしめる。
「思ったよりきゅんってした」
そう赤面する彼に私は笑う。
「俺は、月羽が好き。藍元月羽って言う人間が好き」
そうまっすぐ伝えてくれる夜凪。
「さっきも言ったように許されないと思う。一緒にいるのは」
それはそうだ。
「うん」
家族は絶対に了承してくれない。
まして、私が警察にならないことも許されないんだから。
しかも怪盗と警察が結ばれたなんて聞いたことがない。
「だけど俺は、この手を離したくない。そう言う我儘な人間だけどいい?」
手を握りしめる。
「私は夜凪がいいの。夜凪じゃないと嫌」
「ありがとう」
「私は夜凪以外好きになることはない。なんて言っても信じられないと思う。私はまだ17歳だし」
この先心変わりするなんてことがないはずがない。
「だけど、私は何があっても死ぬまで夜凪を愛し抜くって決めてるから」
「かっこいいじゃん」
さすが俺の好きな月羽だ、と愛おしそうな目で見られるものでびっくりしてしまう。
「だから、それを近くで見ててほしい。私は家族と離れてでも夜凪といるつもり」
「…そう簡単に決めていいの?嬉しいけどさ」
「私がそんな簡単に決める人だと思う?」
「思わないよ」
夜凪は微笑んでこう言い出した。
「来海月羽、どうよ?似合いすぎじゃね?」
「うん、我ながら似合ってる」
そうふふ、と笑った。
なんて幸せな時間なんだ。
「…もう12時か。家族が心配するよな」
今更だけどと言う風に言う夜凪。
ガチャっと手錠の音がする。
「あ、これ嵌めたんだった」
「…寂しいけど…」
ガチャっといとも簡単に手錠を外す夜凪。
「さすが怪盗だよ」
「まあね」
得意げな表情をしてまた悲しそうな表情になる。
「家族を説得するのは無理かもしれない。無理じゃなくても時間はいると思う。それを踏まえて、俺と、ずっと一緒にいてくれる?…いや、ずっと一緒にいてください」
強い意志を持った目。
「喜んで」
夜凪は私をぎゅっと抱きしめ、一回キスをする。
色っぽい夜凪の目に溺れそうになる。
「俺がここまで連れてきたんだし、送って帰る」
「でももう遅いでしょ。夜凪だってまた家に帰らないと」
「…知ってた?月羽。俺と月羽の家ってそう遠くないから。同じ電車乗ってるじゃん」
…そうだった。
もうそんなこと全くもって忘れてた。
「それに、こんな可愛い彼女1人で帰せられない」
私の指を絡めるように手を繋いだ。

冷たい風が吹く。
「ごめんな、電車じゃなくて。寒いだろ。終電あっという間に過ぎちゃったからなぁ」
夜凪は下に来ていた私服で私の隣を歩く。
「大丈夫だよ。夜凪と一緒にいれるの時間が長いから」
「これ俺の心臓持つかな」
そう照れている夜凪。

こんな現実味のない恋だけど。
先が分からない将来だけど。
夜凪と一緒だったらもうなんでもいいかもしれない。

私は人気のない信号の前で夜凪の顔に自分の顔を近づける。
少し、当てるだけのキスをした。
「っ、だから可愛いことするなって言ってるじゃん!誘ってるの?」
今まで見たことない焦っている夜凪だ。
「そう言うつもりではないけど…」
「姫様のご希望ならなんなりと」
そうニヤッと笑う夜凪に私の危険センサーが反応した。
って言うか、私絶対姫様っていうキャラじゃないけど。
「じゃ、もうちょっとだけ時間をもらおう」
そして誰もいない路地裏に隠れる。
遠くで警察のサイレンが鳴っている。
偶然だろうか。それとも私と夜凪を追いかけてきたんだろうか。
唇を重ねながら夜凪はこう言う。
「好きだよ」
そう言った夜凪は色気しかない。

夜凪はあの日、言っていた。
「いつか、奪い去るから」


あなたと共に素敵な夜を。



End.