あの日から2週間、隣に来海がいない。
正体を知ってしまった途端、知る前よりもっと愛おしくなってしまった。
前は半月の間でもこんなになることはなかったのに。
会えるだけで良かったのに。
今では会わないと悲しくなる。
そんな気分が落ち込んで椅子に座っていると、肩を叩かれた。
「大丈夫?」
隣の戸波だ。
彼も彼でどちらかと言うと顔は整っている。
しかも、柔らかい雰囲気でさりげない優しさがあるためモテる。
ちょっとじゃない。かなりモテている。
ただ、遅刻が多い。
「大丈夫」
別に戸波に言うことじゃない。
「話聞こか?」
大丈夫って言ってるのに。
って、私の表情がそうじゃないから言ってくれてるんだよね。
さすがモテ男。
「もしかして、来海が来ないことと関係してる?」
そっと小さい声でそう言う戸波。
何で分かるんだ。
「何でって顔してる。俺ねぇ、見ちゃったんだよね。2週間くらい前の朝の来海と藍元」
「えっ」
まさか、見られてた!?
「うっ、誰にも言わないでほしいです。お願いします!」
私は必死にお願いする。
「まあ、そう言うお年頃だし?」
うん。
「見たところ来海はイケメンだったし?」
うん。
「藍元も可愛いし?」
うん?
「だからと言って俺に利益がないといけないじゃん?」
「え?」
急に話の展開が変わってしまって驚く。
「ってわけで、来海が藍元を迎えに来るまで俺と付き合って」
「…本当に言ってる?」
「うん!」
いや、うん!じゃないんだよ。
「スキンシップとかベタベタにするわけじゃないから安心して」
一体何を考えているのだろうか。
「キスは来海に取っておいた方がいいでしょ」
そう小声で言って微笑む戸波。
「変なことを言わない!」
「合ってるじゃん」
ただ、拒否権はないらしく…
「ってことでよろしく!」
そう言った彼の顔はニコニコだった。

3日が経ち、12月20日。
「あ、藍元さんおはよ!」
遅刻の多い戸波の遅刻が少なくなった。
いや、遅刻というか時間ギリギリに来ることが少なくなった。
今だって30分前だ。
「ねぇ、藍元。今日放課後空いてる?」
「空いてる、けど」
「ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけどいいかな?」
「いいよ」
戸波は私のプライベートに入ってこない。
今は付き合って…るのかな?
なのに、一回も触れたことがない。
今だって、デートって言えばいいのに、友達みたいに言う。
何を考えてるんだか。

そして放課後。
無難な服を着て、待ち合わせ場所に。
そう言えば、来海に私服見せたことないかも。
いつもパジャマだったし。
「よっ」
少し手を上げる戸波。
「マカロン専門店に付き合って貰いたいんだけどいい?」
「ま、マカロン専門店…!?何それ初めて聞いた」
「あ、今日は俺が奢るのでそのつもりで」
「…それ初めに言っちゃうんだ」
「藍元さんが全然頼まなかったら俺いっぱい買っちゃうからね!」
そうはしゃぐ戸波。
こりゃあモテるわけだ。
そしてそのマカロン専門店に行くなり、笑顔になる戸波。
「うわ〜…、めっちゃ美味しそうなのいっぱいじゃん!」
ガラスに張り付きながら眺めている。
「藍元どれにする?俺これとこれとこれを頼んで、あれとあれとあれとあれを持って帰ろうかなって思ってる」
これやあれやがよく分からないけど、私も選んだ。
「じゃあこのピンクのにしようかな」
「ラズベリー?へぇ、いいじゃん!もう一個頼んじゃって。食べられなかったら持って帰ってもいいから!」
そう言うのでお言葉に甘えて選ぶ。
「じゃあこの黄色で」
「じゃ頼んじゃうよ?」
そして手際よく会計をしてくれる。
「食べよう食べよう!」
そんな無邪気な戸波に店内の女子たちが惚れたように見ている。
私も席についてマカロンに手をつける。
「いただきます」
私がピンクのマカロンを一口かじると、戸波が話しだした。
「藍元は来海のどこが好きなの?」
突然そう言うもので詰まってしまう。
周りの女子たちも振り向いた。
「え、付き合ってるわけじゃないんだ…」
そう聞こえてくる。
私なんかが戸波に釣り合いませんよ、そんな。
「まあ、来海って言う人間が好き。最初は顔面だけど」
「顔面なんだ」
少し笑う戸波。
「顔面から入って、性格。ってことで全部好きです」
「なるほどねぇ。マスクとメガネで隠してるけど実は超イケメンと」
「それはもう顔面国宝並ですよ」
「マジか」
マカロンを食べながらそう言う。
「こんなこと聞いた後で言うのも何だけど、俺も今フリーだよ?」
それは…、どう言う意味だろうか。
「縁起でもないけど、来海がダメだったらいつでも俺のところおいで」
そんなことを言う戸波。
いちいちずるいな、こいつ。
「私と戸波じゃ釣り合わないでしょ。可愛い女子なんかいっぱいいるじゃん」
「…もしかして自覚してないとかある?言っておくけど、藍元は可愛いからね?」
そんなわけない。
「まあいいや、それは来海に言ってもらうとしよう」
どう言うことかな。
「でも、最初来海と全然接点なかったよな?」
「私、家族が全員警察なんだけどさ。将来を決められてて。それが嫌だって泣いてたら慰めてくれたんだよ」
「…優しいじゃんか、来海」
「ね。…まあ、ご存知の通りスキンシップも多いんだけど」
「ふっ、そうなんだ」
来海のことで盛り上がってマカロンも食べ終えた。
「送るよ」
「ええ…、大丈夫だよ」
「いや、最後までやらせてよ」
そう押し切られて、甘えた。
「さっきさ、家の話してくれたじゃん」
帰り道を歩きながらそう言う戸波。
さりげなく歩くスピードを合わせてくれている。
「うん」
「それさ、俺も似たようなもんなんだよな」
「…えっ?」
「俺も父さんも母さんも警察でさ。よく干渉されるよ、警察になったらどうだって」
身近に同じ境遇の人がいたとは。
「俺はそんな紹介されてるだけだし、将来もそんなに決まってない。でも藍元は違うんだろ?」
「…うん」
「無神経かもしれないけど、話をした方がいいと思うよ。自分の意思を伝えなきゃ」
そして家に着く。
「…思ったより大きいね、藍元の家」
「そう?」
友達の家に行くとかないから分からなかった。
「ありがとね、色々」
「気にしなくていいよ。藍元が楽しんでくれたならそれで」
そう言うと、家のドアがガチャっと開く。
「あれ、月羽帰ってきた…、彼氏!?」
お兄ちゃんだ。
って、勘違いされてる!
「母さん!月羽が彼氏連れてきた!」
「待って、お兄ちゃん!」
盛大な誤解を…!
…いや、全然合ってないことではないのかな?
お父さんやお母さんがドタドタ足音を立てて出てきた。
「月羽!彼氏がいたなんて…」
え、待ってこれ怒られるヤツ…
「もっと早く言ってよ!変な誤解しちゃってたじゃない!」
…ではなかった…
「初めまして、月羽の母です」
「すみません、俺はただの友達でして…」
「あれ、そうなの。啓介、勝手な勘違いしないでちょうだい!」
「月羽が微笑んでた!」
「友達くらい微笑むでしょ!…すみません、後はごゆっくり〜」
ドタバタドタバタと登場しては去っていく家族。
恥ずかしいったらありゃしない。
「ごめんね、うるさくて」
「大丈夫。賑やかで楽しそうだよ」
そして戸波と別れてドアを開けた。
「月羽、もうあの子彼氏にしちゃいなさい!あんな子滅多に現れないよ!」
お母さんが菜箸を持ってこっちに来た。
「だから普通に友達だって」
「もう、夜に何話してるのかなって思ってたら電話だったんだ。夜遅くに…、ほどほどにしなよ」
そう言ってキッチン戻る。
あれ、なんか助かった?
そう思いながら自室に戻った。
今日は半月のはずなのに、来海は来なかった。

12月27日。
事件は起こった。
ポストに入れてあったもの。
金箔が貼ってあって、パソコン印刷の文字。
見たことがある気しかしない。

『今宵11時30分。藍元家の宝を盗みにいく。 怪盗ルクス』

来海だ。
…いや、偽物かもしれない。
どっちかと言うと偽物の可能性が高いだろう。
私の家に盗めるような宝はないんだし。
机に置いてその紙を囲むように見る家族。
「多分これは悪戯…、いや本当だったらマズい。一応全てしまっておこう」
お父さんの指示のもと、大事なものは全て集めた。
「って言うか、この家に宝なんてある?」
お兄ちゃんがそう言う。
「お母さんにとっては啓介と月羽が宝だけどねぇ」
「いや、俺は連れて行かれるわけないし、月羽も父さんと母さんの子供なんだから殴り飛ばすでしょ」
「そう言う啓介も俺とお母さんの子供だからな?」
「そうなんだけどさ」
来海は何を盗むつもりだろう。
そう言えば、1番最初に言ってたな。
私と話して「用は足してる」だっけ。
私何か話したっけなぁ。
今日は部活があったから少し遅めに帰ってきて午後6時。
家には警察がいっぱいいた。
お父さんが呼んだんだろう。
「月羽、おかえり」
お母さんもいたって普通だ。
するとあるものを渡してきた。
「防犯ブザーと手錠ね」
「い、いや、手錠なんて子供に渡していいものじゃないでしょ!」
私は焦ってこう言った。
「大丈夫、本物じゃないから。機能はちゃんとしてるけど」
そういうお母さんは普通のように言う。
これから何か起きるなんて思えないんだけど…

そして時がたち、午後11時。

事件は起きた。

私は暇だったから、自分の部屋に戻って片付けをしていた。
掃除機をかける為、窓を開けた。
今日は…、満月だ。
あと数日したらまた来海に会うことができる。
…いや、今は会わない方が良いのかもしれない。
あんなことしちゃったんだし。
ベランダに出てそう考えていると突然、目の前に人影が現れた。
「くる、…っ!?」

来海じゃ、ない!

無理矢理引っ張られて担がれて連れ去られる。
恐怖で声が出なかった。
そしていつの間にか眠っていて、ついたのは暗いオフィス。
私は手と足縛られて動けない。
「起きたか」
スーツを身に纏った男性。
おそらく30代手前だろう。
「藍元月羽、ルクスの情報を吐け」
唐突にそう言われて何が何だか分からない。
ルクスの情報を吐け?
目覚めて最初がそれか。
「私は知らない。会ったこともない」
私は否定した。
来海に危害が及んでほしくない。
「嘘をつくな。証拠は押さえてあるんだから」
そして目の前に出されたのはあの屋敷から逃げていた時の写真だった。
幸いなことに来海の顔は写っていない。
「その日って、何日ですか?」
「11月20日。22時36分53秒」
そんな精密に…
「11月20日…、私はその日特に何もなく寝てたんですけど。人違いじゃないですか?」
「だから証拠は押さえてあるって言ってるだろ!」
声を荒げる男性。
「じゃあ私がぐっすり快眠だったっていう証拠もないと確証ではないですよね?」
私がそう言った途端、目の前に手が振り翳された。
「いっ!」
パシンっと頬を叩かれ、じんじんする。
「こら、義弘(よしひろ)。手は出さない」
そう言った声の主は右の奥の方からだった。
あれ、この人って…、
「戸波!」
まさか、まさかだ。
そんなわけない。
だけどあの日みた表情とは違った。
悪意が顔にしみでている。
「ごめんね、藍元。俺が藍元を好きなのも、マカロンを好きなのも全部本当」
だんだんこっちに寄ってくる。
そして私の目の前に座って、私の叩かれた頬を撫でた。

「ルクスが関係してる藍元をほっとくわけにはいかないんだ」

悪寒がした。
怖い、素直にそう思った。
「何の因縁だよ」
私が睨んでこう言うと、戸波は笑った。
「ははっ!その目、好きだよ。柔らかい雰囲気もいいけど、人見知りポーカーフェイスも好きだけど、その目が1番いい」
危ない危ない、こんな男と付き合ってたんだ。
早く気づいて良かったよ。
「ルクスにはね、大事なものを奪われたんだ」
来海が何を奪ったと言うのだろう。
いや、来海じゃなくてお父さんかもしれない。
「結局来海は来なかったよね。どう?本格的に俺と付き合うと言うのは」
「なんであんたと付き合わなきゃいけないの」
「ん?でも、藍元は一応俺と付き合ってるよね?」
とぼけた表情をする戸波。
怒りが沸々と湧いてくる。
「じゃあ言うよ。戸波、私と別れて」
「嫌だ」
うっ、まあそうだよね。
「来海が帰ってくるまでって約束だったよね。まだ期限はあるはずだ」
そう言われ、涙目になる。
嫌だよ、こんなやつ。
時計を見てみると11時30分。
約束の時間だ。
来海…、家の宝とついでに私も連れ去ってほしい…

そう思った途端だった。

冷たい風が吹き込み、窓ガラスが割れた音がした。
私より窓側にいた男がいたため、私には破片が飛んでこない。
恐る恐る見てみると、窓のさんに足をつけてこっちを見ている男がいた。
「ルクス!」
そう言う戸波。
すると、ナイフ2本を取り出して私の方に向かって投げる。
「なっ」
咄嗟に目を瞑ったがどこも痛くない。
「えっ!?」
私を縛っていた縄が見事に2つとも切れていた。
私はそのことを理解すると、来海に腕を引っ張られた。
「藍元!逃げる気だな!?」
戸波が焦っている。
「約束は、来海が帰ってくるまで、って言ったよな?」
来海がそう言う。
どこで聞いていたのだか。
「は?」
来海は仮面を外した。
「っ、来海!」
「せっかく家まで行ったのに。戸波が連れ去ってるなんて予想外だったわ」
そう言って頬を触る来海。
「えー、色々ありまして…」
「色々じゃない。ま、いいや」
私をよっとお姫様抱っこする来海。
「ってわけで、攫っていきます。残念だったな、戸波」
「クッッソ、待て!」
そう言う戸波を置いて、窓から飛ぶ来海。
「うわあああっ!」
「舌噛むよ」
そして見事地面に着地。
「降りるよって言って欲しいな!」
「降りるよ」
「今じゃない!」
そう言って笑ってしまう。
来海も笑っていた。

ああ、やっぱり、好きだな。来海のこと。
怪盗である来海も、普段の男子高校生である来海も。

好きで好きで好きで好きで仕方がない。