11月5日。
今日は半月だ。
私の部屋の窓は大きいから月がよく見える。
今日が半月だからと言って何もなかった。
あの日から彼は見ていないし、予告状を出したと言う噂も知らない。
私は自分の部屋に戻ってカーテンを開ける。
「うわあっ!?」
私は今月、いや今年1番の叫び声を上げた。
「月羽〜?どうしたの?」
下からお母さんの声が聞こえた。
「なん…でもないから大丈夫!」
下に向かって叫ぶ。
そして目の前をみると彼はそこにいた。
「久しぶり」
バルコニーの壁に座っているじゃないか。
「久しぶりって…、あんたはストーカーかい」
私は窓を全開に開ける。
「人聞きの悪いな。せっかく来たって言うのに」
なんで上から目線なんだろう。
「別に頼んでないし」
「いや、ひどいひどい」
私がそっけない態度を取ると笑ってこう言う彼。
「お前メガネなんだな」
「何か悪いですか?」
「いや、今は雰囲気も柔らかいし。ずっとあんなにキリッとしてんのかと思ってた」
「んなわけないでしょうが。ってか、こんなところに来てもいいの?見つかるんじゃないの?」
「ここに警察がいることは知ってる。知ってる。ここの住所を押さえる時に全て情報は確認した」
なんで漏れてるのその情報…
「今私が叫んでもいいんだよ?」
「でもお前は親が来たにも関わらず、何も言わなかった」
なんか鋭いな、こいつ。
「そうだよ。別に大事にはしたくないからね」
「将来有望なんじゃないの、お前。宝石持って帰ったんだろ」
「別に。警察になりたいわけじゃないし」
「大変だな、お前も」
ふっと微笑む彼。
やっぱり何度見ても美しい。
仕方ない、月が彼を主役にしているんだから。
「っていうか、怪盗がお前って…、イメージ崩れるんだけど」
「は?じゃあ君って言えばいいわけ?気持ち悪」
「いや、気持ち悪って言うな」
私は思わず笑ってしまう。
「んで、ご用件は?」
「用件?そんなもん今足してる」
「何にもしてないじゃん。ここには価値があるものなんて何もないよ」
私はそこにあったクッションを敷いて、窓のさんに座る。
「価値のあるもの、ねぇ」
意味ありげに聞く彼。
「俺はここにあるものを盗むために交渉中だよ、お前と」
今何か話したっけ?
何か情報を抜き取られているのだろうか。
「まあ、なんでも盗んで行ってください」
「…そのセリフ初めて聞いた」
「そうでしょうね」
最初は高嶺の花って感じがしたけど、そうでもないかも。
話していると気楽だ。
「お前、名前は?」
唐突にそう聞かれた。
「名前を使って悪事をするおつもりで?」
「んなわけねーだろ。俺が単に聞きたいだけ」
「藍元月羽、17歳」
「了解」
「あんたは?」
「えぇ…、流石に本名晒すわけにはいかないしなぁ」
裏切られた。
「ま、なんとでも呼べ」
「それが逆に困るんだけど」
「俺だけがルクスな訳じゃないし」
「…は?ルクスって何人もいるの!?」
そんなの初耳だ。
父親もその父親もルクス。代々続くものだよ。別に俺は好きでやってる訳じゃない」
私と同じような境遇だ。
「大変なんだね、あんたも」
「まあな。…っと、そろそろお暇しようかな」
帰るんだ。
少し寂しがっている自分がいた。
「ちょっと出てこいよ」
そう言われたので素直にバルコニーに出た。
やっぱり外って寒い。
またあの綺麗な目で見つめられる。
この目を見てしまったら目が離れない。
すると私の頭に手を回してぐいっと引き寄せる。
見た目じゃ華奢だが、十分に鍛えられた硬い胸に顔が当たる。
「えっ」
私はそう言う以外何もできなかった。

「お前は笑ってる方がいい」

そう耳に囁かれ、おでこに柔らかいものが当たる。
それが唇だと言うことはすぐに分かった。
「じゃ、また」
そう言ってまたあっという間に飛んでいった。
赤面しないはずがない。
私はしゃがみ込んだ。
さっきまで友達みたいな感じだったのに。
一気にその、恋人みたいな感じになった。
何を考えてるの、本当…
その日、寝付くまでに時間がかかったのは言うまでもない。

なんてことがあっても世間はずっと夢を見せてくれるわけではない。
学校だ。
行きたくないなんて思いながらも靴を履いて駅へと向かう。
私は学校に行くまでに電車を2回も乗り換えないといけない。
遠いのだ。
最初の電車に乗っている時、同じ柄の制服を着た男子生徒がいた。
メガネにマスクをしていて容姿はよく分からない。
見たことないな。
ぐっすりと眠っているようだが、もうすぐ着く。
起こしてあげた方がいいかな。
私は迷いに迷って男子生徒に声を掛けた。
肩を少し叩いて、
「もうすぐ着くと思いますけど」
と言う。
「…どうも」
思ったよりも素っ気なくて少し悲しくなる。
するとまた寝る男子生徒。
私は放って電車を出た。

そして1時間半の時間を経て教室に着く。
友達がおはよーっと…
言うわけがない。
私に友達なんていない。
いわゆるぼっちである。
まあ、人見知り故に入学時から本ばっかり読んでいたためこうなるのも自業自得だ。
するとクラスメートから話しかけられる。
「席替えだって。黒板に書いてあるよ!」
親切に声をかけてくれたのだ。
「ありがとう」
そして黒板を見てみると、1番後ろの席だった。
今私最後列3連覇中なんですけど…
先生気づかないのかな?
隣の人は2人とも来ていないらしく、非常に広く感じる。
私の両隣って誰なんだろう。
そう思って黒板に観に行く。
来海と戸波…、同じような名前だな。
クラスメートに関心は一切ないため、余程のことでなければ名前と顔が一致しない。
まあ、困ったことがないからいいけど。
そして本鈴がなる10分前に右隣の戸波、1分前に左の隣の来海が来た。
そこで驚く。
この少年、さっき電車であった男子生徒じゃん!
目が合って2秒ぐらいお互いを見た後、焦って目を逸らす。
男子生徒は椅子に座るなり、机に突っ伏した。
すると段々周りに友達らしい人が来る。
「おーい、来海」
「何」
「お前本当に寝起き悪いよな」
「知らね」
そして本鈴がなる。
担任がやって来るなりこう言った。
「来週、遠足があります」
遠足、だと…!?
「今日席替えした班で行います」
まさかの班単位でやるらしい。
ぼっちには非常に優しくない行事だ。
「今回の遠足は飯盒炊爨です。班で協力して作りましょう」
と、絶望の企画が計画された。

11月20日。
今日も半月だ。
夜、私が窓を開けるとやっぱり彼はいた。
私はなんでこんなに彼に会うことを楽しみにしてるのだろう。
そんなことを思いながらも戸惑いなんてない。
またバルコニーの壁に座っている。
彼の姿を一目見ると、鼓動が早くなるのを感じた。
「久しぶり」
「どうも」
だめだ、今日の私は何か変。
顔が赤くなるのがわかる。
胸が苦しくなって、彼に触れたくてたまらない。
「どした?」
「なんでもない」
「もしかして体調悪い?」
怪盗がなんちゅう心配してるんだ。
「全然。でも寒くなってきたでしょ」
「まあな」
「って言っても家に入れるわけにはいかないけどさ」
そう言った途端、下から声がした。
「月羽〜?誰と喋ってるの?」
階段を登る足音が聞こえる。
待って、どうしよう。
すると、彼は壁から降りて私の手を引っ張る。
そしてカーテンと窓も閉める。
窓から見えないように端によって私を抱きしめる。
もう限界だ。
ドキドキしすぎて本当にダメ。
「月羽布団に潜ってるの?苦しくなるよ」
そう言ってお母さんは降りて行った。
「びっくりした…」
離れるかと思ったが、腕を外す気配がない。
少し安心感を覚えた。
「ごめん、もうちょっとこうさせて」
彼の心臓はとても働いている。
体温が伝わってきて恥ずかしくなってしまう。
私は無意識に彼の背中に手を回した。
するとバチっと目が合った。
色っぽい目をしている彼に溺れてしまいそう。
段々顔が近づいてくる。
まさか、と思ったら彼はハッとした。
「危ない。まだ手を出さないんだった」
そう言って抱きしめていた腕を戻す。
寂しかった。
このまま一緒にいたいと思った。
「ちょっと今日はこのままだと理性が切れるから帰るな」
そう言ってすぐに消えていく。
どれだけ私を弄ぶの。
何かモヤモヤしていたものがストンと落ちた。

私って、あの人のことが好きなんだなって。


日にちは経ち、2年生は飯盒炊爨ができる川の辺りに来た。
空気は澄んでいて新鮮だ。
1班は6人で班ごとに夕食を作る。
女子2人、男子2人と私と来海。
「藍川さんと来海くんは、飯盒の方をやってくれる?」
ほらきた。
男女4人は仲のいい方だからやりたがるんだろう。
「分かった」
当然、私に拒否権なんてない。
薪と新聞紙を持ってきて、ライターで火をつける。
だけど上手くつかなかった。
「あの、これをやってくれ、」
来海にそう話そうとしが言葉が止まってしまった。
「何?」
前にいたはずの来海が私のすぐ後ろにいたのだ。
距離が近い。
「これを、もうちょっと間隔を空けて置けば上手くいく」
今は機嫌がいいらしい。
「ありがとうございます」
あんまり気にしてなかったけど、だいぶ綺麗な顔してるなぁ。
私はまたテキパキと動き出す。
米をといで、水を入れた。
来海は火を見ててくれている。
「なあ、先週の電車。ありがとな」
「…はい?」
思わぬ言葉に聞き返してしまう。
「俺、あの後眠すぎてまた寝ちゃったけど。また寝過ごしそうになったら叩き起こしてな」
「叩き起こしたら私が不審な目で見られる」
「それもそうか」
火を団扇で仰ぎながら、笑う来海。
「とりあえず、ありがとう。俺寝起きめっちゃ悪いからさ、変な態度取ってたらごめん」
「大丈夫」
作業をしながらこう話す。
学校でこんな世間話をしたのは初めてかもしれない。
それに来海の印象がガラッと変わった。
「藍元さん、来海くん、そっち終わった?」
1人が確認しにきた。
「うん、もう炊いてるよ」
「そっか!こっちも後は煮込むだけだよ」
そして完成した。
レジャーシートを敷いて食べる。
「なんか…、ニンジン硬くね?」
来海がそう言う。
「それはそう」
「来海。ニンジンどころか玉ねぎも硬いからな」
1人の男子がそういうと、班に笑い声が溢れる。
「米はちょうどいい。来海の愛情たっぷりだからな」
「俺はほぼやってねーし。そしたらお前らの愛情カッピカピのルーだよ?」
「確かに」
私はみんなが話してるのを聞いて笑うことしかできなかったけど、楽しかった。

数日後。
私は学校が終わってすぐに帰る。
「お母さん、進路調査票貰ったよ。はい」
正直私は進路調査票なんて出したくない。
だけど、期限が迫っているのだ。
「はい」
私はすぐにその場を立ち去った。
だけど、夕食の時この話が出てきた。
「月羽。どこの大学がいいか決めてる?」
お父さんが突然私に聞いてきた。
「…いや」
一気にテンションが下がってしまう。
「とりあえず大学は行きなさい。俺はそこの香芝大学か小鈴大学がいいと思ってるけど」
「香芝大学に行ったらその後は楽よ?法学部の偏差値も高いし」
やっぱり、警察になることは当然なんだ。
だけど、警察になりたくない。
もしそうなってしまったら、あの人と会えなくなってしまう。
いやだ。
「あのさ」
「何、月羽」
「私は警察になりたくない」
そう宣言すると、お兄ちゃんが焦った。
「何言ってるの、月羽」
「月羽。この家系のことは知ってるよな?」
お父さんが怒っている。
だけど、私はそこまでひ弱じゃない。
「知ってる。それも重々承知した上で言ってる」
「代々続いてきた伝統を壊そうと言うのか」
「私のやりたいことを言って何が悪いの?」
「お前の勝手が他にも迷惑をかけるって言ってるんだ!」
お父さんが立ち上がる。
「警察にならないことで何の迷惑になるの?後継ぎだってお兄ちゃんがいるし、給料が気になるなら私はもっと上を行ってやるよ」
こんなこと言って、何の役にも立たないことは知ってる。
だけど、私の人生をなぜ人の言いなりのままにしないといけないのか。
「俺は警察以外は認めない。頭冷やして来い」
そう言ってお父さんは外に出て行った。
「月羽、」
お母さんが私の名前を呼ぶ。
「何!?お母さんもお父さんみたいなこと言うんでしょ!?」
「落ち着け」
「私だって意思はあるの!」
私は楽しみだったミネストローネを残して自分の部屋に行く。
あー、ミネストローネだけ持ってくれば良かったかもしれない。
もう暗い外を見る。
私は風呂に入って歯磨きもしてまた戻ってくると、人影があった。
「3週間ぶり」
そう言った彼に思わず涙が出てしまう。
そうだ。
今日は12月5日、半月だ。
「どうしたんだよ」
「ごめん、気にしないで。大丈夫だから」
「俺には大丈夫には見えないけど」
私は言葉が止まらず、全て話してしまった。
「やっぱり、意思は通らないのかなって」
「まあ、俺も結局なってしまったんだしなぁ。変に慰めてもお前嫌がるだろ」
「分かってるじゃん」
なんでそんなに分かるんだ。

「…奪って行ってやろうか」

そう言われてびっくりした。
「一夜限りだけど、このままだと寝れないだろ」
何でもお見通しなんだな。
「うん、連れてって」
そう言うと優しい表情をした。
「こっち来い」
私はバルコニーに出る。
「あれ、コンタクト取るの忘れてるわ」
「泣くのに忙しかったんだろ」
彼はそう言うと、私を抱き上げた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「うわっ」
体が硬くなる。
「俺に委ねて」
耳で囁かれる。
くすぐったくてもっと硬くなってしまった。
「これでやっと怪盗っぽくなっただろ」
「本当だね」
胸の高鳴りは抑えられない。
2mくらいある壁をヒョイっとジャンプで乗り越える彼。
「ちゃんと捕まってないと落ちるよ」
「うわああっ」
そのまま地面に降りる。
「落ちるよ、じゃなくてさ!降りるよって言ってほしい!」
「うーん、考えとく」
考えとくってなんだよ。
「人気がないところ通るからな」
「うん」
そして走り出す。
なんで走り出したんだろうか。
「やべぇ、時間がない」
「どこ行くの」
「裏社会のパーティ的なところかな」
すると、こんなことを言った。
「なあ、この仮面、外してくれる?」
「…は!?」
「邪魔なんだよ」
「私に見られてもいいの?」
「お前だったらいい」
その言葉に思わずドキッとしてしまう。
不可抗力だ。
私はそっと耳にかけてあるゴムを取って外す。
と、予想外のことが起きた。

「…来海!?」

直感だった。
「あれ、分かってたんだ」
今思うと、確かに来海と彼は似ていた。
いや、同じなのか。
「う〜わ、クラスメイトに泣き顔見られたとか最悪」
「学校じゃあほぼポーカーフェイスだもんな」
「まあそうだね」
来海の顔を見れば見るほど、綺麗だ。
まじまじと見てしまう。
好みどストライク。
で、その人に抱っこされていることを改めて知って赤面する。
「俺の顔見過ぎじゃない?」
「見つめられると目が離せなくなっちゃうから見ないで!」
「何そんな可愛いこと言ってるんだよ」
もう何も言わないでほしい。
「もうすぐ着く。意地でも名字を晒すんじゃないよ」
藍元って知られたら死ぬからねと、念に念を押された。
大きな屋敷に到着すると、メイド姿の女性が何人も並ぶ。
「この子、着替えさせて」
「了解しました」
私は強制的に連れていかれ、脱がされ着せられ来海のまえに出される。
「お嬢様は元がよろしいのでお顔はあまり触っておりません」
「うん、それでいい」
ピンクのドレス。
…うん、絶対高級。
私なんかが着ていいものじゃない。
「似合ってるじゃん」
「そう?」
すると、このやりとりを見たメイドさんが今度は来海を連れて行く。
「うわっ」
そして1分くらいで出てきたのはキッチリと髪がセットされた来海。
「…似合いすぎて萌える」「いや、それな」
なんてメイドさんの本性が見えたので思わず笑ってしまう。
「行ってらっしゃいませ、来海様、お連れ様」
中のドアを開けるとそこは物語で出てくるパーティそのものだった。
「すごい…」
「ちなみにお前は全て無料。好きなだけ楽しめ」
「え、本当?後から請求してこないよね?」
「するわけないじゃん。でも、俺とは逸れるなよ」
何だろう、この安心感。
「分かった」
すると、誰かが近寄ってくる。
「来海くん、久しぶり」
スーツを着た40代くらいの男性。
「茶川さんお久しぶりです」
「何ヶ月?半月ぐらいかな。っと、隣のお嬢さんは?」
「ああ、彼女です」
えっ…
「おお、ついに来海くんもか!それにしても彼女さん別嬪さんだね。来海くんをよろしく」
「えっ?あ、はい」
私は失礼するよ、と輪の中に戻ってしまった。
「別嬪さんだって」
「お世辞でしょ。このくらい知ってるよ」
「そうでもないと思うけどなぁ」
すると、腕を出してん、と言う。
「何?」
「いや普通分かるだろ。腕に掴まって」
これが普通にできる来海は何を教えられてきたのだろうか。
そして絶対高級な食べ物を食べ終わると来海に腕を引っ張られる。
「父親じゃね?」
「えっ?」
それは紛れもなくお父さんだった。
緊急で警備が入ったのだろうか。
「バレたら即終了だな、これ」
どうしよう。
「逃げよっか」
ニヤッと笑う来海。
そんな表情までもかっこいい。
ダメだ、なんか理解が追いついてない。
「ほら、走って」
腕を引っ張られ、急いで外に出る。
「このドレスって、」
「後で全部返しとくから大丈夫。いや、似合ってるから買おっか」
なんて男だ。
ボンボンじゃないか。
「返してください!」
「残念」
そう言った来海の顔を見るなり私の鼓動は高鳴る。
えっと、私は怪盗ルクスである彼が好きなのであって、決して来海が好きなわけではなくて。
でも、怪盗ルクスは来海だ。
ってことは、来海が好き?
「そんなわけあるか」
「何がだよ」
「…何でもない」
「今日のことは夢だと思ってて」
「なんで?」
「俺がかっこ悪いから」
何だそれ、と笑う私。
来海は握っている私の手をグイッと引き寄せ、私の腰に手を回す。
「これは夢だった。いいな?」
急に真剣な声にびっくりしてしまう。
「えっ?」
おでこをピッタリと合わせ、見つめてくる来海。
「じゃあな」
おでこに優しくキスすると私の瞼はゆっくり閉じてしまう。
そのまま私は深い眠りに着いた。
「ごめんな、月羽」
そう言った来海の声は届かなかった。

翌日午前5時32分
私はベッドの上にいた。
あれ…、昨日は来海と一緒に…
って何で来海が出てくるんだろう。
えーっと、怪盗ルクスは来海で…
あれ!?怪盗ルクスは来海なの!?
なんて考えていると、時間がないことに気付いた。
私は急いで支度をして下に降りる。
家族はいつも通りだった。
「行ってきます」
そして猛スピードで行ったわけだけど。
「誰もいないじゃん…」
今日は平日。
時間は…、7時30分!?
時計が止まってたのかな。
私は落ち込んで席に着く。
ちなみにSHRは8時30分から。
1時間もある。
って言うか、誰もいない教室って新鮮だな。
それから5分ぐらい経つと、ドアがガラッと開いた。
ドアの方を見てみると、来海が来ていた。
「っ!」
動揺してチャックの開いていた筆箱を落とす。
盛大な散らかりようだ。
来海は何も喋らないが、いくつかペンを拾ってくれた。
「ありがとう」
2人とも席について気まずい空気を過ごす。
って言うか、本当に昨日のは夢?
現実味がないことはないけど。
私は気になって来海に話しかけた。
「つかぬことをお伺いしますが、そのメガネは度が入っておられますか?」
来海はキョトンとする。
「そりゃあ…、まあ」
曖昧な返事だ。
「マスクとメガネを取ってもらうことって可能ですか?」
「え?」
きょとんとする来海。
「確認だけですぐ終わりますので」
私は席を立って、来海のメガネに手をかける。
「失礼します」
メガネを外して、マスクの紐を耳から外す。
「…マジか」
昨日の夢の彼の顔同じではないか。
「何可愛いことしてくれてんの?」
ぐいっと引き寄せられ、来海に寄りかかる体勢になる。
「ちょっ」
「昨日ちゃんと寝たのにな?記憶残ってたか」
熱を測るようにおでこに手を当てられる。
その喋り方は彼そのものだ。
…ってもしかして…、
「夢じゃないんだ」
「うん」
うん、って。
はっきり肯定しちゃったよ。
「って言うか、本名まで知られたらそろそろヤバいんじゃない?」
「へぇ。やっぱり言うんだ?」
ニヤッと笑う来海。
「いやまあ言わないけどさ」
私は早口になってしまう。
「藍元が言わないから昨日仮面を外したんじゃん」
そっか。
「っていうかそろそろ離して!」
「何で?」
とうとう目が合ってしまった。
また目が離せない。
「ダメ!見たら本当にダメです」
赤くなって俯く私に微笑む来海。
「笑うとこなかったでしょ」
「いや可愛いなって思って」
やめてくれ、本当に。
自分が壊れてしまいそうになって、私は無理矢理離れる。
すると少し傷ついたような顔をした来海が見えた。
来海は机に突っ伏して、顔を隠す。
また気まずい空間が流れる。
どうしよう。傷つけちゃったかな。
複雑な気持ちがぐるぐると駆け回る。
まさか、次の日から来海が学校に来無くなってしまうとは思いもせずに。