11月2日。
私はいつも通りの時間に起き、1階に降りた。
今日は月曜日。
さあ、地獄の始まりだ。
今日から5日間、学校という地獄の場所に行かなければならない。
拷問かなって思ったり。
「おはよう、月羽」
リビングにある椅子に座っているお父さんが新聞から目を話して私に話しかけた。
「おはよう」
このごく普通の家庭のように見えると思う。
だけど、父も母も兄も細かな役職は違えど、みんな警察だ。
これは今の家庭だけではない。
確認されている先祖から私の代まで、藍元家に嫁いできた者、生まれてきた者は警察。
生粋の警察の家系だ。
私が席に座るとベーコンのいい匂いがしてきた。
今日の朝ごはんは洋食だ。
「そういえば、月羽。進路調査票みたいなのまだ貰わないの?」
お母さんがキッチンから覗いてこう言ってきた。
「え?進路調査票?そんなのまだ何も話されてないよ」
「もうそろそろだと思うんだけどなぁ」
私は朝食を食べた後、コンタクトをつけ、髪を一つ括りにして学校に行った。

その日の放課後、私は週1の部活もなく家にまっすぐ帰った。
私の通っている綾衣高校は全員が部活動に入らないといけない。
そんなわけで私は1番出席日数も出席時間も少ない社会科クラブに入っている。
ただ単に学校から離れたかっただけなんだけど。
すると、家族はスーツを身に纏って忙しく準備をしている。
「どうしたの?」
私がそう聞くとお兄ちゃんが答えた。
「今日は珍しくみんな休みの日なのにさ。予告状が届いたんだってよ」
「予告状って」
漫画かよ、と言いそうになったけど飲み込んだ。
「月羽も連れて行く」
お父さんがそういう。
「待って、月羽はまだ高校生だよ!?何考えてるの父さん!」
お兄ちゃんが反論する。
私には何かと優しいお兄ちゃんだ。
「どうせ将来は決まってるんだ。ほら、月羽も着替えろ」
「待って、」
「早く!」
お父さんの怒鳴りに何も言えなくなってしまった私。
用意された着たこともないスーツに腕を通す。
「あれ、月羽似合ってるじゃない。ザ・キャリアウーマンって感じ」
お母さんも私が行くことに対して抵抗がないらしい。
娘を事件現場に連れて行くって…、何を考えてるんだろう。
「出発だ」
私は強引に車に乗せられ、連れて行かれた。

行き先は邸宅だった。
持ち主は西園寺という如何にもお金持ちな名前。
いや、お金持ちだから西園寺さんなのか。
私はお父さんの後ろに隠れ気味で門の前に立つ。
自動でドアが開いて中に入ると、とても大きな家と手入れが施されている大きな庭園が姿を露わにした。
「入るよ」
私が見惚れていると、お兄ちゃんに手を引かれる。
「失礼します。藍元智(さとし)です」
「藍元花華(はなか)です」
「藍元啓介(けいすけ)です」
「あ、藍元月羽です…」
わたしはオドオドしながら言う。
家族が仕事モードに入っていると別人に見えて少し違和感を感じた。
「どうも、西園寺奈緒美(なおみ)です。ようこそいらっしゃいました。上へどうぞ」
そう言ったご主人は若くはないが綺麗な貴婦人だった。
そして予告状を見せてもらう。
白い硬い紙に文字が印刷してある。
おまけに金箔もついているとは。
これを作るのにどんだけ時間かかったんだろう。
『今宵午後10時、西園寺家1番の宝を頂戴する。 ルクス』
「え、何これ」
私は口に出してしまった。
「あっ、ごめんなさい」
「ふふ。大丈夫よ、正直私もそう思ったわ」
微笑むご主人。
「私ももう70のおいぼれですから、1人じゃ守れないんです。どうか、警察の皆さんのお力を貸して下さい」
丁寧にお辞儀をする。
いや、70代の綺麗さではないよ、ご主人。
てっきり50代前半ぐらいかと思ってた…
「精一杯守らせていただきます。もう少し時間はかかりますが他の者も来ると思いますので」
その後私はみんなの輪の外だった。
もちろん邪魔しちゃいけないし、私なんて足を引っ張るだけなんだろうけど。
私を連れてきた意味よ。
今頃小テストの勉強ができるじゃないか。
最近成績落ちてきてるんだよ。
ちょっとお屋敷を回ってきてもいいかな。
パトロールって言う言い訳で。
「お父さん、ちょっと回ってきてもいい?」
「いいけど…、安全の保障はないからな」
「大丈夫」
私は暗い廊下へ足を運んだ。
やっぱり大きいから気をつけないとすぐに迷子になる。
少し光があるところを見つけて近寄ってみる。
何かと思うと月の光だった。
窓に手をかけて月を見る。
今日は満月ではない。少し欠けていた。
すると、微かだが後ろに気配を感じた。
振り返ってみると、中世の騎士のような服装をして仮面をした男が1人現れた。
手には大きなダイヤモンドを持っている。
「あれ、人いたんだ」
そう言うとあっという間に逃げ去る男。
私は必死に追いかけて外へ。
ドアを開けると、男は立ち止まっていた。
満たしていない月が彼にスポットライトを当てるように照らす。
彼は美しかった。
「警察…、ではないな、お前は」
仮面をしているからよく分からないけど、中性的な顔だちをしているであろう彼の声は思ったより低かった。
「そうだけど」
すると私の方に歩み寄ってくる。
もう私が触れることができる距離。
危機感がないのだろうか。
すると、私の手に触れてその上にダイヤモンドを置く。
「えっ!?」
何をしているのだろうか、こいつは。
せっかく盗み出したのに。
「なんで…」
「なんで、って、これを取り返すために追いかけてきたんじゃねーの?」
そうなんですけど。いや、そうなんですけども。
私はひたすらに驚くしかなかった。
すると次は私の顔の方に手を持ってくる。
頬をさっと撫で、顎に手を回してクイっと上にあげる。
彼と目があった。
形の良い目と不敵な笑顔。
私の心臓が仕事をするのも当然だ。
「これなんかよりももっと欲しいものを見つけた」
私を見てこう言う彼。
彼から目が離せなくなる。
「今日は幸運だな」
「え?」
「満月…は長いから半月。半月の夜にお前に会いに行く」
そう言って私から離れた。
最後耳元で囁く。
「———」
言い終わるとすぐさまいなくなった。
理解ができなくて、少し立ち尽くす。
私ははっと我に戻って手に持った宝石をぎゅっと抱きしめてお父さんの元へ向かう。
「お父さん!」
私がドアを開けるとみんながこっちを見た。
「おい、月羽。その宝石って…」
「えっと、取り返してきた…?譲ってもらった?」
あれはどう表現すればいいのか分からないため、戸惑ってしまう。
「よくやった」
お父さんが私の頭を撫でる。
「さすが俺の娘だ」
宝石を取って、ご主人に渡す。
「月羽さん、どうもありがとうございました」
深くお辞儀をするご主人。
役に立てて嬉しいはずなのに。
お父さんに久しぶりに認めてもらえて嬉しいはずなのに。
なぜか私の頭はあの人のことばっかり考えていた。