婚約を知らされた時はアレクシスも若輩であったし、エリアーナはまだ十歳の少女であった。

 互いのことを何も知らない政略的なものだった。ただひとつわかっていたのは、相手が『王の眼を継ぐ者』——それだけだ。

 政略的な結婚であるからこそ、木から落ちた婚約者を救うのは当然だった。一族に繁栄をもたらす筈の少女を『僕の大切な婚約者《エリアーナ》』と呼んだことも。


 ——そんな俺の野心を、熱い恋心に変えてしまったのは。


 バサリ———アレクシスの耳元で大きな羽音がした。
 目に焼きついて離れない《あの日》の光景が、陽炎のように眼前にゆらゆらとよみがえる。

 橙色の夕陽を背に、大きな翼を羽ばたかせながら舞い降りた白夜鳥(びゃくやちょう)をその細い腕に立たせ、彼女は天使のように優しい微笑みを浮かべていた。
 犬狼を喰らうほど獰猛な白い鳥はまるで甘えるように首をもたげ、彼女の頬に頭を擦り寄せる。

『怖かったわね。でも、もう大丈夫……』