——きっと自分に都合のいい夢を見たのね。

 名ばかりの夫……アレクシスの、まるで鉄仮面のように動かぬ顔面から優しい言葉が発せられるところなど想像すらできやしない。
 それどころか顔を合わせるたびに向けられる、あの冷やかな視線を思い出して身震いしてしまう。

 無表情で冷徹な夫、アレクシスが。
 エリアーナに笑顔を投げかけ、労わりの言葉をくれたかどうかなんて、今となってはもうどちらでもいいのだった。

「ちゃんと起きなきゃ……遅れちゃう」

 幼かったエリアーナの瞳に、鮮烈な紅い記憶を残した婚約の日から七年が経った。
 七年ぶりに会ったと言うのに、結婚式の日ですらアレクシスはエリアーナと目を合わせようともしなかった。


 エリアーナは、世に言う『お飾りの妻』である。


 夫のアレクシス・ジークベルトにはお屋敷の離れに住まわせている愛人がいて、結婚から二ヶ月目を迎える今日までただの一度も——結婚初夜でさえ——エリアーナの寝室を訪れたことはない。

『僕の大切な婚約者(エリアーナ)が、怪我をしなくて良かった』

 夢の中で紡がれた言葉が頭の中でぐるぐる回る。
 

 —— 遠いあの日、旦那様が「大切だ」とおっしゃったのは。
 私じゃなく『アビス一族が継承するの異能』のことだったのですね。

 旦那様が冷たいのは、私に期待していた異能、『王の()』が発現しなかったからですよね?

 私が、侯爵家にとって何の利益をもたらさない『無能嫁』だから——。